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私の講義での漫談も「ハーバードからの贈り物」のように意義があるといいな

私は担当する講義でよく漫談をする.担当科目には直接関係ないが,学生に伝えておきたいと思うことを話す.それは,私が学生のときに聞いてよかったことや聞きたかったことでもある.

「しょせん,人間は,自分が学べることしか学ばない」というメフィストフェレス(ファウストに登場する悪魔)の言葉がその通りだとしても,教師の役割は学生が学べる範囲を広げることだろう.

私が話すのは,「学生/技術者/研究者向けアドバイス一覧(随時更新)」にズラリと並べた記事のようなことだ.例えば,新入生対象の講義であれば,「大学新入生に伝えた(い)こと」のようなことを話す.

研究室配属を意識するくらいになった学生には,「大学や大学院で身に付けておきたい力」などを話す.

他にも,「お勧めする勉強方法1:自分の言葉で解説を書く」や「プレゼンテーション・アドバイス(1):プレゼンが成否をわける」など内容は多岐にわたる.毎年同じことを話すわけでもない.

このような漫談は,講義を担当するようになってから,ずっと続けている.かれこれ20年近くにはなるだろう.もちろん,私からの勝手なメッセージなので,心に響く学生もいれば響かない学生もいる.心に響く学生が1人でもいてくれれば…というと非効率すぎる気がするが,正直,1割もいてくれれば御の字だと思っている.

そんな私の漫談のような適当臭いものではなく,教授がその最終講義で受講生にメッセージを伝える伝統があるのが,ハーバードビジネススクールだ.もちろん私は講義を受けたことはないが,本書「ハーバードからの贈り物 – Remember Who You Are」でそうだと知った.

デイジー・ウェイドマン,「ハーバードからの贈り物 – Remember Who You Are」,ランダムハウス講談社,2004

素晴らしい本だ.図書館で借りて読んだのだが,早速購入して研究室の課題図書に指定した.

本書は,ハーバードビジネススクールの学生(一度就職してからMBA取得のため在籍)が,自分自身が感銘を受けた教授陣による最終講義での訓話を集めたものだ.ハーバードビジネススクールでは,最終講義の最後に,教授が学生に自分の体験に基づいた激励のメッセージを送るのが伝統となっているそうだ.「恒例の最後の授業にこそ,ハーバードの精神が息づいている」という卒業生も少なくないという.

収録されているメッセージは,いずれもリーダーやリーダーシップに関連している.これは,ハーバードビジネススクールの卒業生はリーダーとして活躍する人材であるという了解が両者にあるからだろう.それほどに人材育成に対する姿勢が明確なのだと言える.

本書には,15人の教授からのメッセージが収められているが,いずれのメッセージも教授各々の体験・人生に深く根差しており,読み応えがある.もちろん,著者も指摘しているように,すべてのメッセージがすべての人に感銘を与えるわけではない.読者が歩んできた人生に応じて,心を揺さぶられるメッセージもあれば,そうでないメッセージもあるだろう.

私がこの本を読んで凄いと思ったのは,ある1つの大学院の教授陣が,自分の体験に基づいて,これだけのメッセージを学生にきちんと伝えているという事実だ.教授が自分の人生観を自分の言葉で学生に伝えていることだ.本書で語られている訓話を抽象化してしまえば,どれもこれも既に語られていることだろう.世の中に,哲学,自己啓発,人生論,リーダーシップ論などの書籍は掃いて捨てるほどある.そうそう新しい理論が出てくるものではない.しかし,語られているメッセージは浅薄な抽象論ではない.教員が自分の人生を通して学び,学生に伝えたいと切望した内容だ.真剣に講義を受講した学生が,こういう話を最終講義で聴けば,強い刺激を受けるだろう.その場にいることができない者としては,せめて本書を読んで,雰囲気を味わうことにしよう.

ここでは,そんなメッセージの1つを紹介しておこう.最後に掲載されているキム・B・クラーク教授のメッセージからの抜粋になる.

今日,私の仕事は明日のリーダーを育てること−−より良い社会を作るための力を伸ばす手助けをすることだ.その力は,あなたたち一人ひとりのなかにある.(中略)あなたが将来,どこにいて,どんな組織で働こうと,あなたの周囲の人びとが「われわれはいったい誰を信頼できるのか?」と自問するとき,その答えは「あなた」であってほしい.これから未来へ向かって羽ばたくあなたには,大きな期待がかかっていることを肝に銘じてほしい.(中略)そこで求められるのは,最高レベルの誠実さと敬意と自己責任の確固たる基盤に立ち,社会に変化をもたらすリーダーだ.目標を高く掲げることを恐れず,大いなる夢と希望を持って,自分を信じ,周囲の人びとを信頼するリーダーである.あなたは,まさにそうしたリーダーの一人となる人間だ.だから私のアドバイスは簡単だ.入念に考え,賢明な選択をせよ.自分の人生を律する価値観や信条をしっかり見きわめ,それに忠実であれ.自分を見失わず,思う存分ハイカントリーを駆けよ.

私の漫談も学生に何かしら良い影響を与えていればいいのだが.

デイジー・ウェイドマン,「ハーバードからの贈り物 – Remember Who You Are」,ランダムハウス講談社,2004

© 2020 Manabu KANO.

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