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PTSDは回復できる──認知処理療法(CPT)ができること
最近、渡辺渚さんのフォトエッセー『透明を満たす』に対し、「回復が早すぎる」「静かにしているべき」などの声が上がっています。この反応から、多くの人が「PTSDは治らない」「PTSDの人は地味にしているべき」といった誤解を抱いていることが分かります。
しかし、精神科医として伝えたいのは、「PTSDは適切な回復の過程にのれば回復できる」「誰でもある一定以上のことがおこればPTSDの症状を抱える可能性がある」「今苦しんでいる人も、一生そのままではない」ということです。
また、支援を受ける際に、かつてのように詳細な出来事を語ること(デブリーフィング)が支援者から求められるケースが減ってきている点についても知ってもらいたいと思います。
PTSDに対する認知処理療法(CPT)とは?
性被害を受けた方が多く経験するPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療法のひとつに「認知処理療法(CPT)」があります。本記事では、認知処理療法の日本における臨床試験に携わった精神科医の視点からCPTの内容や考え方について解説します。
性被害を受けた直後の対応
性被害を受けた直後、警察や病院のどちらに行くべきか迷った場合、「ワンストップセンター」という相談窓口があります。
ワンストップセンターでは、医療(産婦人科での身体ケアや証拠採取)、警察対応、カウンセリング、法律相談などを一括して受けることができます。また、緊急避妊ピルの処方や性感染症の検査も行われることが多いです。
被害を打ち明けられた家族や友人も、どのように対応すればよいか分からないことがあるかもしれません。その場合、ワンストップセンターへの相談を勧めたり、付き添ったりすることで、被害者の方の負担を軽減できます。
PTSDの診断について
PTSDの診断は、DSM-5(精神疾患の診断基準)の「A基準」に該当する出来事があったかどうかを確認することから始まります。
A基準とは、以下のような精神的衝撃を伴うトラウマ体験を指します。
命の危険があった、または瀕死の状況
深刻な怪我を負った
性的暴力を受けた
トラウマの詳細を話すことが症状改善につながるとは限らないため、医療者や支援者に対して「どのような意図で聞いているのか」を確認してから話すのもよいでしょう。また、人を選び信頼できる相手にのみ打ち明けることも重要です。
PTSDの治療法
PTSDの精神療法として「持続エクスポージャー療法(PE)」と「認知処理療法(CPT)」がよく用いられます。これらの治療は安全な環境が確保されたうえで行われることが一般的で、必要に応じて抗うつ薬などの薬物療法が併用されることもあります。
本記事では、比較的新しい治療法である「認知処理療法(CPT)」について性被害をもとにして、詳しく紹介します!
認知処理療法(CPT)とは?
CPTでは、「トラウマとなる出来事が起きたとき、誰でもPTSDの症状は生じる可能性があるが、回復を妨げる思考があるため症状が持続している」という考え方をします。
特徴的なのは、「トラウマの詳細を語ることが目的ではない」点です。「トラウマの意味筆記」として、トラウマがもたらした影響について考えますが、恐怖や恥、怒りの感情を無理に味わわせたりひたらせることはしません。
PTSDは「心が弱いから起こる」のではなく、誰にでも起こりうるものです。時間が経つにつれて自然と回復することもありますが、性被害の場合は「恥の意識」や「周囲の無理解」が回復を妨げられる場合が多いです。
回復を妨げる思考とその修正
まず、【トラウマとなった出来事について】について考え直し、次に【今後について】5つのテーマ(安全、信頼、力とコントロール、価値、親密さ)で考え直します。
【トラウマとなった出来事について】
① 後知恵バイアス:「あのとき、こうしていれば…」
修正後:「その時点で生き延びるためのベストな選択をした」
私は悪くない。たまたま起きたこと。悪意のある加害者が悪い」「小さい頃に、悪いことをしたから悪いことが起きたと教え込まれているから自分が悪いと考えてしまっている。良いことをしていても悪いことは起きる」「周囲の人は、何か自分に過失があったから、悪いことが起きたんだと思ったほうが世の中が安全だと思えるから、自分が悪いと言ってきているだけ。周囲の人も動揺するようなことが起こったということ。家族などは私のことをを守ってやれなかったという罪の意識から、自分に過失があると言っているだけ。周囲の人が自分が悪いと言ってくるのは公正世界(良い人にはよいことが起きる、悪い人には悪いことが起きる)の信念を信じたいだけなので、そこに耳を傾けない」
② 公正世界の信念:「私が悪かったんだ…」
修正後:「加害者が悪い。良い人にも悪いことは起こりうる」
「私は悪くない。たまたま起きたこと。悪意のある加害者が悪い」「小さい頃に、悪いことをしたから悪いことが起きたと教え込まれているから自分が悪いと考えてしまっている。良いことをしていても悪いことは起きる」「周囲の人は、何か自分に過失があったから、悪いことが起きたんだと思ったほうが世の中が安全だと思えるから、自分が悪いと言ってきているだけ。周囲の人も動揺するようなことが起こったということ。家族などは私のことをを守ってやれなかったという罪の意識から、自分に過失があると言っているだけ。周囲の人が自分が悪いと言ってくるのは公正世界(良い人にはよいことが起きる、悪い人には悪いことが起きる)の信念を信じたいだけなので、そこに耳を傾けない」
③ 予見可能性・責任の問題:「予測できたはず」「私にも責任がある」
修正後:「多少の判断ミスはあったかもしれないが、被害にあうつもりはなかった」
「多少予見できた部分もあったり、多少の失敗はあったかもしれない。ただ、自分は被害にあうと思って行ったわけでも被害にあいたくて行ったわけでもない」「自分に何らかの非がある部分があるかもしれないが、意図してやろうと思ったり、悪気があったわけではない」「悪意ある人が悪い。自分を騙したが人が悪い」「スカートをはいて行ったが、スカートをはいている人は他にもたくさんいた。笑顔だったかもしれないが、それは礼儀を守っていただけ。誘惑をしたという人もいるかもしれないが、同意がないことをしていいという許可をだしたわけではない。店で店員がよそ見をしているからって万引きをしていいわけではない。たとえ道で裸で寝ていたとして、レイプしていいわけではない。自分のNOが聞かれず、相手に悪意があった」
【今後について】
④ 「外の世界は危険すぎる」
修正後:「確かに危険なこともあるが、確率的には低い」
⑤ 「人は信用できない」
修正後: 「一人の人にも良い面と悪い面がある。信頼は慎重に築けばよい」
「良い人、悪い人がいるというのではなく、一人の人にも良い面と悪い面があるので、さまざまな物差しで人を見るようにしよう。自分がNOと言ったことをしないでいてくれるか、秘密を守ってくれるか、お金を貸したら返してくれそうか、約束の時間を守ってくれそうかなどいろんな物差しで見るようにしよう」「人を信頼するのに時間をかけるようにしよう。急に近づいてくる人には警戒をしよう」
⑥ 「自分は無力だ」
修正後: 「治療を受けていること自体、力がある証拠」
「自分には力がある。トラウマ治療をしているということは力がある」「違う仕事になったけれど、今までの良いところをいかして仕事をしている」
「自分は発言をする力がある」
⑦ 「私は無価値だ」
修正後:「自分を大切にしよう」
「自尊心が傷つけられたことはあったが、今は自分を大切にしようと思える」「自分がいてよかったと言ってくれる人がいる」
⑧ 「誰とも親密になれない」
修正後:「自分を気にかけてくれる人はいる」
「親友がいる。自分を気にかけてくれる人がいる。あたたかい交流がある」「離れていった人もいるけれど、より親しくなった人もいる」「トラウマがあったかどうか気にする人はいるかもしれないが、その痛みをわかって、ゆっくり仲良くなってくれる人がいるかもしれない」
渡辺渚さん『透明を満たす』に見るCPTの考え方。何をされたかではなく、どう考えるかが回復には重要だということもみてとれます。
PTSDを公表している渡辺渚さんの著書『透明を満たす』では、CPTの理論と共通する部分が多く見られます。渡辺渚さんは持続エクスポージャー療法(PE)を受けて、トラウマを思い出させる食べ物なども克服できるようになったといい、みんなが適切な回復ができるようにメンタルヘルスにも貢献したいとあります。
① 「安全」について
タクシーで運転手と二人になるのが怖かったが、海外での活動もできるようになった。
② 「信用」について
信頼できる支援者がいたことで、話せるようになった。
③ 「力・コントロール」について
「黙らずに発言する」と決めたことで、主体性を取り戻した。自分の経験を生かした仕事ができている。
④ 「価値」について
自分を大切にしようと思えるようになった。仕事で我慢し過ぎたりするのはやめようと思った。
⑤ 「親密さ」について
恋愛や結婚について不安はあるが、前向きに考えられるようになった。
まとめ
認知処理療法(CPT)は、性被害によるPTSDの回復を助ける有効な治療法のひとつです。重要なのは、「回復を妨げている思考」を見つけて修正し、前向きな視点を取り戻すことです。
もし、PTSDの症状で悩んでいる場合は、一人で抱え込まず、医療機関や支援団体に相談してください。回復への道は、開かれています。
*PTSDになった出来事を詳細に聞くデブリフィーングは有効ではないことがわかり、聞かれなくなっています。ただ、思い出したくないことがイメージのままで脳に整理されないでおいておくと自分が思い出したくないときに勝手に思い出されてしまいますが、医療者や安全な人とと一緒に言葉にするなどして整理しておくと、ちゃんとしまわれると言われています。
*心的外傷に起因する症状を有する患者に対する心理支援は、令和6年度の診療報酬改定により保険の対象となっているので、保険診療でトラウマの精神療法を受けられる場合があります。