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集団狂気不条理銃撃戦映画

Cloudを観る。
俺にとって黒沢清の『回路』という映画は、黒沢清という映画監督と、邦画という区分の映画全般をいっぺんに嫌いにさせたとんでもない人物である。
初めて観た清映画だったこともあり、わけのわからねえ不条理な作劇と思わせぶりな演出、つまらねえワンカットを多用するもっさりした画面の動きに辟易させられ、「二度と清映画は観ぬ」と誓った。
なので当然清の新作など観るつもりは欠片もなかったが、さる信頼できる筋が「面白い」とコメントしていたので、観ることにしたのだった。ゆるい誓いだ。
結果は大当たり。同日にジョーカーやシビルウォーといった、今をときめく期待の新作も観たのにもかかわらず、この映画がいちばんエンタメエンタメしていて、とても面白かった。

「主人公の転売ヤーが犯した悪行に感化された人々が、そいつを殺しにくる」というあらすじは、一見すると転売ヤー成敗物語のようである。しかしながらこれは決して転売くそくらえ映画などではなく、それよりかは不条理劇に近い。
そう、清映画は実に不条理劇的だった。そこがつまらない部分だと思っていたが、しかし今回のCloudに関して言えば「不条理だからなんでもやってよし」という、元々不条理であることを逆手に取って、最早ギャグになってしまうレベルで大暴れしているのが好感触だ。後半いきなり銃が出てきてタガが外れたようにドンパチしまくっても「まあそういうものだし」で納得できてしまうのは、これまでの清映画の積み重ねがなければできなかったのではないかと思う。
これは清の回路的な不条理劇と蛇の道的なVシネ?要素を融合させた不条理アクション映画と言えよう。
回路は、インターネットから漏れ出たウイルス的なタナトスが集団に感染し、それが社会全体に蔓延して人が死にまくっていく的な不条理極まりない出来事が起こる映画だった(気がする。あんま覚えとらん)。このCloudにおいては「菅田将暉演じる主人公吉井の悪行から生じた狂気が周囲に感染し、やがて巡り巡って原因である吉井自身に牙を剥く」という要素が、それに該当するだろう。
一方で蛇の道は街中にもかかわらず平然と銃をぶっ放す「細けえことは気にすんな」とでも言わんばかりの大味な銃撃戦映画だ。Cloudでは後半の快刀乱麻が該当するだろう。
それらの良いところを引っ張ってきて見事に調和させているのだ。
つまりCloudは清映画最良の部分が出ているの素晴らしい作品なのである。
だからこの映画は清を履修している人向けの用に思う。清映画は抽象的で不可解な部分も多いが、俺は回路で免疫ができていたため、粗も「清だから」で許せるようになっていた。こんなことを可能にさせる監督は、俺の知っている限りマイケル・ベイしかいない。とすると、ひょっとしたら清は天才なのやもしれぬ。

この映画の最良の部分は登場人物の造形であると言っていい。
どいつもこいつも上っ面だけで生きており、何一つとして共感できないキャラクターだ。
登場人物はいずれも感情が薄く、また、そこから来る人物像は大変しょうもない。だが不思議なことに、それがかえって彼らが法や倫理を逸脱することに対する躊躇がない様に説得力を与えているのだ。
拷問にかけられようとしているのに謝る素振りも見せない吉井のどうしようもなさ、吉井の恋人のバカさ、襲撃者たちの倫理観のなさや、迷いのなさ。そうした見境のなさが、映画を面白くしている。
どいつもこいつも狂った奴ばかりである。ただ、ナイフペロペロするようなステレオタイプ的な狂人ではなく、狂ってることに対して無自覚なのが良いところだ。そういう倫理観のなさは大変好ましい。居留守使ったからって真顔で猟銃持って殺しに来る頭のおかしさよ。キヒキヒ笑ってナイフ舐めるなどド三流のやる演出である。

それを実現させる役者の存在や監督による演技指導も、邦画のくせに大変良い。
主人公の吉井は大変しょうもない人物であるが、顔と声が良い菅田将暉を主演にすることで、画面が大変華やいだように感じる。他にも窪田正孝等々の、いわゆるイケメン俳優たちとのタッグが清映画の不快な部分を中和しており、観ていて楽しい。映画においてはセットや小道具と同じく、俳優の顔もまた大事な要素なのである。
演技も乾いており、邦画にありがちなウェットさが払拭されていることがまた大変良い。どんなやばい状況でもあまり感情を表さないところも俺の好みで、取り乱したりすることに尺を取らないため、テンポがよくなっているのである。
邦画ってガハガハ笑ってみたり、無理に怒鳴ってみたりする演技が多い印象があるのだが、陽キャのアメ公と違って日本人など陰性の気質なのだから、それなりに抑制されたくらいがちょうどいいのである。そうすることでこの映画の世界観とそこに生きる軽薄な奴らが綺麗に調和し、ある種のリアリティ(「リアル」でないところに注意が必要)を生み出しているのだった。

俺がとくに「お!」となったのは吉井のアシスタントである佐野くんである。「元“組織”の若き殺し屋という出自ゆえに仕事にありつけなかったところを吉井に拾われた」というジャンプラの読み切りに出てきそうなジョン・ウィックを思わせるわけわからねえキャラで(組織ってマジでなんなんだよ)、登場人物の大半が吉井に悪意を向けてくる中、こいつだけが「吉井さんに一生ついて生きます」と尻尾振ってくれるのがなんともありがたい話である(ちなみにこいつに銃を届けてくれるのが松重豊で、「こんな端役で使い捨てるとか贅沢やなあ」と笑った)。
それだけでなく真顔で淡々と人殺せるし、守ってくれるのでホント惚れちまう。女性はぜひ観に行ってほしいものである。
俺はやはり男同士の関係性というかブロマンスに興味があり、男が描く男同士でないと表れない雰囲気があると思っている。そうした意味で吉井と佐野くんはホントにいい関係で、吉井は佐野くんに守ってもらえるし、佐野くんは佐野くんで「吉井さんすげえ」と一生言っているのでWIN WINの関係である。
その結果が「信用できねえ女と愛のない結婚するよりも自分のことを一生守ってくれるイケメンの野郎と地獄行く方がいいわ」という開いた口が塞がらないENDなのも素晴らしい。
しかもその際に吉井が、悪いことしたせいで泥沼にハマっていく自身の境遇に対して「結局悪いことはするもんじゃねーな」とでも言いたげに「地獄の入り口かあ」と他人事のようにボヤくのがどうにも面白くてならない。この期に及んでそれかよと思うが、それでもこいつは今まで通り生きていくのだなと確信させる。そういうクズゆえの強かさが、陰鬱になりそうなこの作品に爽やかさを与えており、ちょっとした感動があるのだった。
良い映画だ。

銃撃戦も注目だ。
どこかで読んだが、清はスピルバーグの影響を受けているらしい(今どき影響受けてない人のが珍しいと思うが)。だからワンカットで人間から肉塊と化す描写が多く、加えて今回は蛇の道に比べてかなり洗練されていると感じた。
また、同じ日に観たシビルウォーに勝るとも劣らぬいい銃声が響いており、こちらの音響も凝っている。シビルウォーの方が割と発砲に対して禁欲的であったのに対し、Cloudの方は軽快にぶっ放すので、こちらの方が圧倒的にお得感が強い。

面白かったのでまさかのパンフレット購入に踏み切った。蓮實重彦の寄稿が超適当で中々面白い。自身を無駄に大仰に卑下してほめ殺すことで、菅田将暉のことを若干バカにしてそうなところがなんとも可笑しいのだった。1000円くらいなので観るついでに買うといいよ。


追記:タイトルのCloudの意味。多分Cloudに情報が集まることから着想して、吉井というクズに同じくどうしようもないクズが集まってワチャワチャするということなのだろう。

追記その2:傑作だと思うが、しかしこんなのがオスカー日本代表とか大丈夫なのか???

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