【二枚舌とは】 大河ドラマ 「鎌倉殿の13人」 第18話
サリエリ景時の二枚舌っぷりが大爆発した回でした。
冒頭では義経の理解者であるとアピールし、義経の信頼を得た上で阿吽の間の芝居まで打ち、あれ?景時マジで義経に傾倒してる?と思わせといてから、いともあっさりその掌を返す。
なんなら、頼朝との仲違いを決定的にしうる三種の神器まで奪取しこねてくれてラッキーくらいに思っていそう。
勝利が圧倒的であればあるほど、頼朝の猜疑心はそれに比例して大きくなる。何しろ九郎は、「すぐ調子に乗る男」なのだから。
落ちぶれて尚、最後までサリエリを信じていたモーツァルトのように、義経も最後までそんな景時を信じ抜くのだろうか。だとしたら、奥州でこの2人はどんな再会を果たすのか。見える、見えるよ。その瞬間に絶望する未来の自分が。
景時の動き方は、銀河帝国的にはオーベルシュタインのナンバー2不要論と被るし、義経のこの嘆きは、まんまラインハルトの心の動きに擬えられる。
戦の天才は、戦が無くなったらどう輝けば良いのか。そもそも生きている場所など存在するのか。「私は戦場でしか、役に立たぬ」のだから。
義経の人生のハイライトであり、源平の戦いのクライマックスでもある屋島の戦いから壇ノ浦が、バサっと数十分で処理されていることに、本作の姿勢が見える。
義経はやることやってあっさり退場だし、物理的な戦いも本筋では無い。この後の疑心暗鬼の心理戦の方に時間を割いていくのだろう。
忠義の話も一切不要。佐藤継信も那須与一も、みーんなカット。ふぇぇ。
安徳天皇の入水の瞬間に手を合わせた畠山や和田義盛の心根は尊いけれど、そういう人から消えていく。鎌倉マフィアとはそういうファミリーなのだ。
良い人になった瞬間に、ぶっとい死亡フラグがまた立った。
平家の方々も皆悪者に描かれていないから、ただただ哀れに見えてくる。なんなら潔しとさえ。
文楽「義経千本桜」(近日中に何か書く)の設定のように、平家の方々も、安徳天皇も、実はどこかで生きているのかも、と希望したくなるほどだ。
後白河法皇も言っていたじゃないか。「死んだとは限らん」と。
平家が落ち延びた伝説は各地に多々ある。史実ではなくても事実かも知れないのだ。
腰越でお約束したお芋さんもきっちり回収とか、死んじゃイヤと思わせといて退場させるの辛すぎる。
来週は誰も死なない... よね?
明日も良い日に。
アイキャッチは、egao2021さんのお芋!!!