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「言葉を散らして掃き寄せる」#シロクマ文芸部

「花吹雪」と題した文章を、こんな風に締めた。

 桜吹雪の下を妻と手を繋いで歩く。それが過去の思い出の映像だけになってしまわないように。ここまで生きた。ここからも生きる。ここまで書いた。ここからも書く。

音楽随筆集「花吹雪」より

 そんなことを書いてから約一か月半が過ぎた。まだ生きている。まだ書いている。妻と買い物に行く際には隙あらば手を繋ぐような間柄だが、桜吹雪の下は歩かなかった。お互い花見に行くほどの気持ちを桜には抱いていない。命はどうにか繋がっている。就労支援の相談も来週から始まる。夜勤の時間を延ばす予定だった妻は、結局体調が戻らず長く会社を休み、先日退職が決まった。

 一番の仲良しの子と離れてしまうので、息子の小学校入学後の孤立を心配していた。しかし同じ幼稚園出身者三名と同じクラスになれたばかりでなく、同じ登校班の子ともすぐに仲良くなり、公園で出会った同じクラスの女の子と放課後遊ぶ約束までして、楽しくやっている。宿題まで「遊んだ後だと疲れるから、さっさと済ませて公園行く!」と言ってくれる。

 五年生の十月以降、ほぼ不登校だった娘も、六年生の始業式から一度も学校を休んでいない。先生方の配慮もあり、級友を仲良しで固めてくれたおかげでもある。

 過去作を引っ張り出してきて書き写す作業をしていた。17年くらい前に自作した冊子から文字を拾う。今の作風と変わらぬ部分もあれば、「何考えてんだこの作者は」というのもある。

 たとえばこんな。

「お酒やめなよ」と妻に言われた頃にはもうやめていた。「お酒やめなよ」と数年後娘に言われた頃にもやめていたし、「お酒やめなよ」と、妻子と別れた後に出来た年若い恋人に言われた時だってやめていた。いくらテーブルの上に酒瓶とグラスが置かれていようと、やめていたのだから飲むはずがなかった。どうしてこんなものを私の目に付くところに置くのだろうと、妻や娘や恋人をいぶかしく思うこともあったが、誘惑に耐えて私は一滴も酒を飲まなかった。

楢山孝介「雲の降る日」より

 たとえばこんな。

 蝶雪現象は数十年に一度、紋白蝶が異常発生する年に起こる。数百万頭の蝶により形作られる、雪崩れにも似た蝶雪に巻き込まれると、致死量の鱗粉を吸い込んでしまうことがあるので危険だと、先ほどラジオで得たばかりの知識を言って聞かせたが、彼女は生返事を繰り返すばかりだった。
「蝶を取りに行くなんて、子供じゃないんだから。あなたじゃないんだから」
 そんな話はしていないのに。

楢山孝介「蝶雪予報」より

 桜は苦手だ。
 咲き始めは「綺麗だな」くらいには思うのだが。
 満開になると「綺麗でしょ」「みんな凄いでしょ」「綺麗って言いなさいよ」と詰め寄られている気になる。同調圧力の象徴のように思えてくる。子どもたちの桜に対する態度を見ていると、「綺麗だね」とは言っても、写真を撮って欲しいとか、じっと眺めるとかいうわけでもない。感受性も遺伝しているようだ。先日、巨大な屁とげっぷを放った娘に向かって「お見事。もう教えることは何もない」と伝えて拍手を送った。妻が呆れていた。

 買い物をする。家事をする。水分を摂る。塩分タブレットを噛む。料理もする。たびたび市役所にも行く。済ませるはずだった用事をいつも一つ忘れてしまう。止まない耳鳴りを打ち消すために音楽を流す。The Birthday「SAKURA」を流す。

 桜吹雪が舞い踊る、と繰り返しチバが歌う。私は公園の片隅に掃き寄せられた桜の花びらを想う。土に背中をこすりつけて暴れていたゴールデン・レトリーバーを想う。私が過ごせなかったような少年時代を今過ごしている息子の胸中を想う。書き散らす、という言葉があるように、書いた言葉も花びらのようだ。書き散らされた言葉が掃いて固められて燃やされていく。チバユウスケの喉は焼けて煙になった。煙が雲になり雨になりそれらも言葉になる。言葉の果てに雨が降る。これは別の人達の曲だ。

Hermann H.&The Pacemakers - 言葉の果てに雨が降る

 雨を書く。言葉が降る。言葉が散る。
 いい音で鳴る石を息子と女友達が探していた。私は石で叩けばすぐに割れる石を見つけたので、子どもらに見せに行こうとした。しかし地面にしゃがみ込んで二人で石を探す姿があまりに眩しくて、邪魔したくなくて、近づかなかった。黄金時代はあっという間に過ぎる。その時間を親の横槍で削りたくはなかった。そんな様子を記した言葉だけをここに散らす。散らした言葉を掃き寄せる。やがて煙に。やがて言葉に。

(了)

今週のシロクマ文芸部「花吹雪」に参加しました。以前同じタイトルで書いたことがあったのを引っ張りだして、現況と比べてみたり。いろいろ思い出したり。書き散らした物を掃き寄せてみたり。



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泥辺五郎
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