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生殖記【この語り手何か違う…】

小説には”語り手”がいることが多いですね。

いわば、物語と読者を繋いでくれる仲介者的な役割です。

しかし、小説によっては語り手が厄介なパターンもあり、読者を困惑させるものもあります。

これまでも、語り手が特殊な小説(例えば"死体"!!)もいくつか読んできました。

今回ご紹介する朝井リョウさんの『生殖記』は、タイトルもなんだか奇妙ですが、この語り手はおそらく今まで無かったというか、こんなの誰も想像しなかったのではないのでしょうか?

以下は公式のテレビCMです。



ネタバレ無し
ですが、読んだ時の衝撃度をMAXに高めたい方は、事前情報無しの方が良いかもしれません。
ここから先は自己責任でお願いします🙇



○著者

朝井 リョウ
・戦後最年少直木賞作家
・前作の『正欲』や、就活を巡る人間ドラマを描いた『何者』のように読者の脳天をぶん殴る系をはじめ、学生が主人公の青春系や、爆笑エッセイなど、幅広いジャンルを扱う

○ジャンル

タイトルが『生殖記』ですので、あえてジャンルも"生殖記"にしておきましょう!


○あらすじ

ヒトは二回目ですが、オス個体は初めてです。
よろしくお願いします。

帯より

!!!???

誰がしゃべっているんでしょうか?
ヒト?2回目?オス?

この謎の語り手からしてみると、ヒトの世界は不思議なことがたくさんあります。


○冒頭の試し読みができる!!

こちらの小学館のサイトでは、冒頭の試し読みが可能です。
正直、冒頭の数ページだけでも、この物語の世界観に引き込まれてしまいます!


 差し当たって命の心配をしなくてもいいヒトの個体の場合、根詰めて考えると精神が病んでし まうような本質的な事柄に追いつかれてしまわないよう、常に鬼ごっこをするみたいに生きてい るように見える、という話です。
 ヒト特有の抜群に発達した知能や思考の丁度いい矛先になってくれるものを、常に探し続ける鬼ごっこ。

 そう考えると、学校のグラウンドでやる鬼ごっこはチャイムが鳴れば終われたので、気楽でしたね。

9pより

なんか、もう面白そうな雰囲気しませんか?


○感想(ネタバレ無)

【巧みな言語化】

・語り手の特殊性も特徴のひとつだが、「なんで、普段私が口には出さないけども、頭で考えていたり思ったりしていることが、こんなにもドンピシャで言語化されてるんだ!」という驚きが凄い。
まさに、自分の中のモヤモヤが言語化されて輪郭が浮かび上がってくる感じ。

・世間で言われている風潮に対する違和感が言葉にされているだけでは無くて、その風潮派の考えもしっかりと説明されたうえでの、こちら側の考えが言語化されているので、マジで頷くしか無い。

・しかも、これらを自己啓発やビジネス書、専門書のように直接扱うのでは無くて、物語というフィルターを通して成し遂げてしまっている。

・みんな薄々気づいているけど、言ってはいけないことにされている思いが、謎の語り手によって語られている。

・と、これら(↑↑↑)のことを思っていたが、読み進めると、こちらが怖くなるほど考え抜き通されており、自分がこの本を読んで思ったり、感じたりしたことさえも、まだ浅はかさでスカスカなものなのかもしれない……


【ヒトの特徴】

・戦争などの特殊な環境下でない限り、生命の危機に脅かされる場面が他の生物よりも少ない。そのため、「今ここ」以外のことを考える能力が発達している。(発達してしまっている。)

何かを考えるゾーンに入りすぎてしまうと、精神は病みやすくなるというのも至極真っ当。"考えすぎない"ができれば幸せなのだが、それがヒトは既に難しい。

・ただ、逆説的だけど、こういう本を読むことでかえって考えさせられてしまうというのもあるのが難しいところではある。

・冒頭で語り手が言っているように、「何気ない毎日が幸せだよねー」とかそういう話ではない。

・この本に登場する"擬態"は使えるようになると生きていくのが少しラクになる。私も使っている。


【特殊な語り手という手法】

生物学、資本主義、多様性、共同体、結婚、性行為、出産など……実はあらゆる分野が関わっており、また、根が深く、重い話を取り扱っている。
しかし、この語り手の視点によって、フランクになっている気がする。

・人によっては「はいはい、そんなこと言われなくてもわかるよー」的に捉えられてしまう可能性があることも、語り手の特殊性という奇抜さや不思議さが加わることで、思わず聞き入ってしまう。(読み入ってしまう?)

・この語り手だからこそ、聞く気になる。(読む気になる)
もしかして、これは中々の発明では?


【"次"や"しっくり"を見つけるということ】

・自分にとっての、"次"や"しっくり"を見つけることができるかどうかで、"考えすぎて動けないモード"から脱するかどうかが決まり、それをひたすら繰り返していくことが人生。

・ただ、その「"次"を見つけ続けなればいけない永遠のレース」と、「共同体(職場や社会)のためになるもの」というのが繋がり出すとしんどくなり、あくまでも自発的に自分の内側から自然と出てきた"次"、"しっくり"でないと自分の首を絞め続けることにもなりかねない。
難しいというか、人間ってめんどくせーとも感じる。

境遇や育ってきた環境、生まれ持った体質によって、生きやすさ、生きにくさは確かに存在し、お互いを正確に理解し合うのは不可能。
手を差し伸べているつもりが全く逆効果なんてこともあるし、その人のことを想像しようとしても検討違いなんてこともざらに起こる。
それでも自分の中の"次"や"しっくり"を見つけられるか否かで、その人にとっての生きやすさがだいぶ変わってくる。


【全体をとおして】

「共同体の成長に寄与」が望まれる生き方とする見方が多いなかで、そうしない生き方もアリというのを○○○○という視点から提示しているのがこの『生殖記』なのかもしれない。

・私は「この本読んでよかったな」、「衝撃を受けた!」と感じる本は、読んでる最中に、
 ・自分の価値観がひっくり返されていく感覚
 ・自分の中のモヤモヤがぴしゃりと言語化される腑に落ちた感
 ・この著者はどれくらい先まで考え抜いているんだろうという畏怖
 ・読み終わった後のザワザワ感
が、エキスのように頭や心の中にいつまでも残る感じがするのだが、前作の『正欲』に続き、今回の『生殖記』もまさにそれだった。


以上です。

今年読んだ本の中でも、衝撃度はなかなか高かったです。
こういう本があるので、読書ってやめられないんですよね。

皆さんも、変な語り手である○○○○の声に耳を傾けてみてください。



○関連記事

読書大学では朝井リョウさんの著書をいくつか紹介しています。

こちらは前作の『正欲』を紹介しています。これも中々の衝撃でした。


朝井リョウさんと言えば、青春系も多いです。


実は朝井リョウさんは爆笑エッセイのプロです。読書でこんなに笑かされたのは初めてです。


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