自分のかたちを探してー読書感想#18「シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた『家族とは何なのか問題』のこと」
タイトルでもう優勝。花田菜々子さん「シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた『家族とは何なのか問題』のこと」が面白すぎて、一気読みしました。家族の話であり、人生の話。人となじめないとか、「普通」と違うことに悩む人にはきっと刺さる。これは「自分のかたち」を探す物語。
欠けてるのではなく完結してる
あらすじはタイトル通り。花田さんが「彼氏」として付き合うことになった男性トンさんには、小学5年のミナトくんと2年のマルくんという2人の子どもがいるシングルファーザー。花田さんは母親(2人にとって新たな母)になることを自明とは思ってない。だから2人とどういう距離感で臨めばいいのか、「家族とは何なのか問題」に悩むことになる。
この格闘が読みどころ。花田さんは慎重。それは薄氷を踏むようにというか、逆にあらゆる氷が刃にならないようにちゃんとシャーベット状にして進んでいくように、慎重にミナト&マルに接していく。
たとえば、二人が意味もなく「チン○ン」を連呼したり、該当物を見せてきたりする。これにどう応じればいいのか。あるいは、「かわいいな」と思って何気なく収めた写真で、ミナトくんが顔をうつむけているのを見つける。嫌だったのかな。嫌と言っていなかったから大丈夫、と思ったとしたら、それは「性加害者の言い分と同じじゃないか」と悩む。
そうやって悩むからこそ、日常から発見する。花田さんは探そうとしてるからこそ、大切なことを見つけだす。
ある日、コンビニでミナト・マルが殴り合いのけんかをした。家の中ではよくあることだけど、外でもやるんだ。そう思って口に出すと、ミナトくんはこう返した。
半ば呆れて感想を伝えるとミナトがちょっとおどけたように両手を広げて言った。
「そうです。これが僕たち3人の生活でーす」
ミナトのちょっと得意そうな、うれしそうな、顔。あ、こういうことなのか、とそのときすべてが腑に落ちた。
彼らは3人で完結しているのだ。「母」が欠落した家族をやっているわけではない。ミナトはそのことに自信を持っている。(p101)
母が欠けた家族じゃない、3人で完結した家族なんだ。花田さんはトンファミリーの「かたち」を理解します。一般的な家族像から引き算するのではなく、そのままのかたちで。それは目で見るのではなく手で感じるように、この家族と「格闘」したからこそ分かったことでした。
この「かたち」について、もっとズバッと、視界が開けるような花田さんの言葉があります。「家族とは何なのか問題」の終着駅(暫定的なのはもちろん)と言っていいような。でもそれは、ぜひ本書を開いて出会ってほしい。
本とともに生きる
実は本書は糸のような構成になっています。1本はトンファミリーとの格闘。そしてよじるように重なるもう1本が、花田さんの転職問題です。当時、「自分の城」と言っていいような裁量の大きな小さな書店の店長をしていたのだけれど、「女性のための本屋」を目指す新店「HMV & BOOKS HIBIYA COTTAGE」(日比谷コテージ)の店長就任を打診される、という話。
「本」が花田さんの「格闘」に入り込んでくる。これが面白い。本は花田さんを悩ますし、同時に助ける。花田さんは本が好きで、だからこそ本から逃れられない。こんなシーンが印象に残ります。
マルちゃんがあるオンラインゲームにハマる。それを薦められて、花田さんもハマり出す。仕事に悩んで行き詰まっていた花田さんにとって、ゲームは避難所の役割を果たした。そのとき、ふと思う。
星野源が、自らのエッセイ『よみがえる変態』の中で、自身が病気で倒れて、活動ができない日々の中で「星野源」のアカウントで発信することがつらく、一般人のフリをしてツイッターに紛れ込んだ話を書いていた。無名の自分でも誰かに話しかけたり挨拶をして関わっていくことで、やりとりをしてもらえるのだと知り、癒しになったという。
知らない人との何でもないやりとりが、自信につながるというのはこういうことだと思った。(p143)
ゲームで心がほっとしたとき、かつて読んだ星野源さんの「よみがえる変態」というエッセイ本を思い出す。星野源さんが無名のアカウントでツイッターをして、知らない人とのやりとりで心を回復したことを「こういうことか」と納得する。
本の学びが血肉になる。あるいは、現実の手触りが本によってクリアになる。本書では、そういうシーンがちょいちょい出てくる。花田さんが「本とともに生きる」のを見て、読者も思わず、本っていいなって思う。
本を頼りに格闘を続ける。面白いのは、本書そのものが、シングル家庭だったり、言いようのない関係に悩む人にとっての大いなる頼りになっていること。大丈夫、大丈夫。格闘していけるし、格闘しようぜ、という声が、本書から聞こえてくるような気がする。(河出書房新社、2020年3月20日初版)
次におすすめの本は
オードリー若林正恭さん「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」(KADOKAWA)です。しっくりしない自分を抱えて、社会とのずれにぐじぐじと悩むのが、ある種持ち味の若林さん。彼がキューバを旅して感じたことは、花田さんが格闘の末に見つけたこととリンクします。軽妙で読みやすいのも似てる。
花田さんの前作「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」もとっても面白い。感想はコチラ。
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