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本を愛する人のための本ーミニ読書感想「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」(内田洋子さん)

内田洋子さんの「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」(文春文庫)は、本を愛するすべての人に捧げられたノンフィクションだった。イタリアの険しい山中に、多数の本の行商人を輩出した小さな村があった。歴史の片隅に埋もれた小さな物語を、内田さんは掬い上げてくれた。


その村、モンテレッジォは特産品があるわけではなく、中世期には交易路の関所として役割を果たしてきたそうだ。しかしながら村の主要産業がないことは悩みの種で、稼ぎを生むために村人が選んだのが行商だった。

とはいえ売るものはなく、近くの川で取れた石材くらいだった。目的地に届けた後、空いた籠に入れられるものはないか。その時、知識人だけではなく市民も手に取り始めた本が目に止まった。

モンテレッジォの行商人が売り歩いたのは、あくまで大衆に向けた廉価な本だった。知りたい、学びたい。そうした知識欲に応える行商人の活動は、イタリアの独立運動の礎になったと内田さんは語る。

生きるために本を売った。そんな人たちがいた。だけれどそれは、仕方なく、ではない。行商人は機動力を発揮し、一冊一冊を望む人のところへ届けた。時には禁書を運び、取り締まるはずの憲兵にセクシー系の書物を売ったという話も飛び出して、思わず微笑む。

モンテレッジォの行商人を生かした市民の存在にも目を向けたい。本を愛する市民が、生きるために本を売る行商人を支えた。市民にとってもまた、本は生活必需品だったといえるかもしれない。本を巡る優しく大きな輪が浮かぶ。

この行商人の子孫がベネツィアで店舗型書店を設けていた。この本屋に魅せられ、常連となったことで、内田さんはモンテレッジォという村の存在を知り、その歴史を紐解くことになる。ここでもまた、本好きが扉を開き、バトンを繋いだ。

最初のページから最後のページまで、本への愛が溢れ、読者の心を温め、より一層本を愛したいと思わせてくれる一冊だった。

つながる本

内田さんと同じくイタリアに拠点を置いた作家、須賀敦子さんの人生を辿る「須賀敦子の旅路」(大竹昭子さん、文春文庫)も、同国の美しい情景を浮かび上がらせてくれます。

最近読んで感銘を受けたイタリア小説として、マッシミリアーノ・ヴィルジーリオさんの「見捨てられた者たち」(清水由貴子さん訳、ハヤカワ文庫)もおすすめしたいと思います。ギャングが跋扈するナポリを舞台に、アウトローの息子と銀行員の息子の友情を描いた青春小説です。

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