読むラジオー読書感想「人文的、あまりに人文的」(山本貴光さん・吉川浩満さん)
知的でやさしい会話が聞こえてくる。対談形式のブックガイド「人文的、あまりに人文的」は”読むラジオ”というのがぴったりの一冊でした。文筆家・ゲーム作家の山本貴光さんと、同じく文筆家・編集者の吉川浩満さんの掛け合い。ものごとへの視点の変え方、柔らかい考え方を学べる。本が開いてる時間がとても幸せなものに思える良書です。(本の雑誌社、2021年1月22日初版)
人文書をときほぐす
本書は東浩紀さんが編集長をつとめるメールマガジン「ゲンロンβ」に掲載された連載をまとめたもの。全20講は、それぞれの回2冊ずつを取り上げ、山本さんと吉川さんがワーワー語り合う形式を取っている。会話の中には関連する書籍も登場して、全体で登場する本は50冊、60冊を超えるんじゃないか。
パスカルの「パンセ」や、ルソーの「社会契約論」。ごりごりの学術書もあれば、読書猿さんの「アイデア大全」も俎上に上がる。その全てが人文書であることがポイント。「人の文(あや)」を扱った本たちだ。
何よりの楽しみは、それぞれの本をときほぐす2人の会話劇。たとえば、新井紀子さん「AI vs.教科書が読めない子どもたち」を巡る第18講。
吉川 この本で面白いと思ったのは、いま山本くんが言ったAIの憑き物落としという側面が一つ。それとももう一つは、そこから「人間がヤバいぞ」という様子が逆照射されてくるところだよね。
山本 人間、ピンチ。
吉川 ただし、巷でよく言われる、AIによって仕事がなくなるとかいうのとは一段違うピンチ。
山本 より根本的な危機。本の概要を整理しながら話そうか。(中略、p238)
「教科書が読めない子どもたち」がAI論を超えて人類の危機を描き出してることを、「人間、ピンチ」と軽い合いの手で表現する。さらに「ただし、巷でよく言われる、AIによって仕事がなくなるとかいうのとは一段違うピンチ」がリズミカルに畳み掛ける。
読みやすいだけではない。ただピンチと言っても人口に膾炙した「AIが人間を阻害する」という危機論とは違うんだよ、というところまで一瞬で連れて行ってくれる。このスピード感は、論考や書評ではそう簡単に味わえない。
会話を聞くことの効用がここにはある。本と向き合う時、そのメッセージを自分だけで読み解かないといけない。でも本書では、2人分の頭脳が手助けしてくれる。しかも読んでみて分かるように「山本くん」と「吉川くん」という、偉そうだったり堅苦しかったりしない、ふわっとした2人。仲間になるのはすごく心強い。
ああでもあるかも、こうでもあるかも
本書はさらに、「良い書評」のサンプルとしても読むことができる。加藤陽子さん「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(新潮文庫)をプッシュした第4講に目を向けてみてほしい。
吉川 厖大な細部に支えられた本書の内容自体を、ここで乱暴に要約してしまうことにはあまり意味がないので、歴史の論じ方という点で検討してみようか。
山本 そうだね。
吉川 この本は、加藤さんが中高生たちを聞き手として行った講義をもとにつくられたものです。
山本 そう、しかも講義といっても、先生が一方的に話すのではないのがいいよね。歴史にかんする本や講義は、ともすると「こういうことがあった」という細かな史実や仮説の列挙になる。もちろん専門書はそれでよいし、必要な手続きなんだけど、専門的ならぬ読者や聞き手にとっては無味乾燥なものになりがち。
吉川 重要なのは、むしろそうした細部を読み解いたり、束ねあげたり、文脈をつくる視点。その点どうかというと、加藤さんは、講義を通じて絶えず生徒たちに問いを投げかけている。(p47)
通常、書評は要約からスタートする。しかし、良書であるほど、しっかりした本であるほど、長大な学びを短くまとめるのは困難だし、下手をしたらその本の魅力を損なう恐れがある。そこで吉川さんは、「歴史の論じ方という点で検討してみようか」と、ちょっと角度を変えてみる。
そして加藤さんの「それでも〜」は、中高生への講義の中で加藤さんが「歴史の解」ではなく「問い」を投げかけていることに注目する。たしかに「それでも〜」を思い出してみると、加藤さんが生徒たちの問いを面白がって取り上げ、そこから歴史のありようをその場で考えるシーンが印象深く残っている。
「歴史の論じ方」という視点が見つかると、「それでも〜」の良さをうまく伝えるルートが見えてくる。こうした本を読むための良い視点を持った書評こそ良い書評だ。
実は、視点を柔らかく揺らして、変えてみることは「人文的な」ものの考え方でもある。本書の中では「懐疑主義」として紹介されている。
山本 すぐに役立つようなものではないけれど、なにかを考えるときに、視点を固定しないための技法と言ってもいいかもしれない。ああでもあるかもしれないし、こうでもあるかもしれない、そうした可能性を探るというのが、懐疑主義のありかただ。(p66)
本書に出てくる人文書はまさに、視線を固定せず可能性を探り、「新しいありよう」を読者に提示してくれる本ばかり。ああでもあるかもしれないし、こうでもあるかもしれない。そうやって「ここではないどこか」を想像する頭の使い方は、とっても楽しいし、豊かなものだ。
でも、1人ではなかなか難しい。孤独がつきまとう。本書は独学の前に、山本くんと吉川くんが付き合ってくれる知のストレッチと言えるかもしれない。最後のページを閉じた後、また新しい本を手に取りたくなるんだ。
次におすすめする本は
山本くん・吉川くんコンビが書いた別の本がありまして、そちらをおすすめします。「その悩み、エピクテトスなら、こう言うね」(筑摩書房)です。こちらも会話劇であり、これまた軽妙。しかもテーマとなるエピクテトスの「ストア派哲学」は、なんだか息苦しい今の世の中を渡っていくのに心強い支えになる。
詳しい感想はこちらに書きました。