弱さは豊かさにつながるーミニ読書感想『〈弱いロボット〉の思考』(岡田美智男さん)
ロボットとコミュニケーションの研究者、岡田美智男さんの『〈弱いロボット〉の思考』(講談社現代新書、2017年6月20日初版発行)が面白かったです。冬木糸一さんの『SF超入門』を特集した書店コーナーで見つけた一冊。ロボットなのに弱い不思議な存在を開発する岡田さん。そんな弱いロボットとの関わりが人間を柔らかく変えていく。弱さが豊かさにつながること教えてくれます。
ゴミを検知するだけで自らは拾えない「ゴミ箱ロボット」。相手の目をきにしつつ、オドオドと話す「トーキング・アリー」。そんな、不思議で、ある意味役に立たないロボットを作るのが著者です。
しかし不思議なことに、ゴミ箱ロボットがまごまごしていると、それを見かねた子どもらがゴミを拾ってくれる。人間の赤ん坊のように、弱くて何もできない存在が、周囲の助けを引き出して、目的を達成していく。
これは、発達障害のある子どもを育てていても感じる。もちろん、障害というのは美化できるものではない。しかし、その障害をサポートし、本人が生きやすい社会をつくろうとすると、周りにいる親や支援者は知恵を絞ることになる。ある種の「役割」を、障害がある我が子は与えてくれている。
なぜ、こうしたことが起こるのか。それは人間が「オープンなシステム」(p74など)だからだと本書では語られます。完璧な、独立した、「閉じたシステムではない」のです。
メタファーとして、車の運転が挙げられる。初心者が、運転席でいくら呻吟しても運転は上達しません。どんなに高度な頭脳を持つ人でも、運転席で座っただけで、ハンドルと車体の移動の連動や、どのタイミングでどう操作すればいいか、完璧に理解して実行することはできない。
運転が上手くなるためには、とにかく動かすしかない。動かし、風景が変わることで、自分がいま何をしたかを理解できる。「環境の変化」という外部要素がはじめて、「自分の行為の理解」につながる。外部・他者を通じて人は自己を知るわけです。
自分の中に閉じていては、自分を理解できない。闇雲にでも外部と関わり、摩擦することで、そこに生じた明滅は自己を照らし出す。
弱いロボットがやっていることは、本質的には私たち人間と同じなのでしょう。だからこそ私たちもまた、弱いロボットを助けたくなる。
まずは動いてみること。そこから立ち上がる自己を知ること。これは、遊びを通じて発達を促す療育の本質ともつながる気がします。ロボット工学の理論が、人間の発達心理にリンクするというのは、なんとも面白い読書体験でした。