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シマウマの中のワシーミニ読書感想『脳はみんな病んでいる』(池谷裕二さん、中村うさぎさん)

脳科学者・池谷裕二さんと作家中村うさぎさんの対談本『脳はみんな病んでいる』(新潮文庫、2023年8月1日初版発行)が面白かったです。魅力的なタイトル。認知症や統合失調症、ギャンブル依存症、そしてASDなどの発達障害といった脳、認知をめぐるテーマを縦横無尽に語り合い、「正常と異常」の境界を問いかけます。


小説ではないので、多少のネタバレは許されるかなという気持ちで書くと、本書ではある症状に関して2人が精神科医を受診し、診断が下るかどうかをチェックするという場面があります。同様にお二人が対談した前著では、二人揃って遺伝子検査を行い、その結果を掲載されたそう。

プライバシーの最たるものである診断結果を本に載せてしまうという発想が、二人の「ぶっ飛び加減」を表している。そんな二人が語らう「正常と異常」は、タブーはないし、反対に常識の押し付けもない。この手のテーマで陥りがちな、異常者への嘲笑や、正常というより有能を目指そうとする打算もありません。

面白かったのは、精神科医「ドクターX」を受信した際、彼が語った「ワシ人間とシマウマ人間」というメタファーでした。ASD(自閉スペクトラム症)は、シマウマにまじったワシだという例えです。その上で、こう語ります。

 無自覚にシマウマ人間を演じているから、つらいとは感じていますが、そのつらさの原因がどこにあるのか当人にはわからない。なにせシマウマだらけの世界に生まれ育っていますから、自分がシマウマでないという可能性に思いを巡らせるきっかけがないわけです。この場合の一番の対症療法は、自分がワシであることを知ることなのです。自閉スペクトラム症女子であっても、自覚的にシマウマをかぶって擬装することができれば、かなり楽な生き方になりますよ。

『脳はみんな病んでいる』p313

「自分はシマウマのはずなのに、なぜ周りのシマウマと合わせられないのだろう」とモヤモヤするより、「そうか私はワシなのにみんなシマウマなのか。まあ合わせるしかないな」と思えれば楽になる。これが「診断の効用」なのだな。

同じような考えは平岩幹男さんの『自閉症スペクトラム障害』(岩波新書)でも指摘されていました。精神科医の平岩さんがASDの診断を当人に開示するかの判断は、診断を知ることでセルフ・エスティーム(日本語で言う自尊心)のアップにつながるかどうか、が判断基準になるそうです。

ポイントは、ワシがシマウマになる必要はないということ。ワシはワシとなら気が合うかもしれない。ドクターXは、ASDは「ハマる人にはハマる」と説明する。実際、本書の著者二人の対談が盛り上がるのは、それぞれ変わり者同士だからだと二人は笑っています。

ワシにシマウマになれと言わない。いつか、ワシにワシだと気付いてもらい、シマウマ社会の生き方や、ワシ仲間の探し方を考えてもらう。発達障害のある子を育てる親にとってもヒントではないでしょうか。

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