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436 命を救う授業で命が奪われる


はじめに

夏の体育の授業と言えば、水泳ですが、この水泳についてはここ10年ほど、多くの学校教育者の間でも「水泳不要論」というものを聞くことがたまにあります。
私個人の意見としては、水の危険から身を守る運動能力を身につけたり、全身の持久力や水中における体の調整力を養ったりするためにも水泳は効果的な運動の一つだと考えています。しかし、近年の教員不足や何よりも施設の老朽化が著しい地域で、慣れ親しんだプールではなく他行の学校などの施設を借りて行っている、「間借り授業」についてはその危険性を昔から訴えてきていました。
安全確認や管理というものは、場所が変われば一から立て直さなければならないことは常識です。ただ単に下見をしてどのような施設であるかを認識し間借りして行う「水泳授業」ほど危険な物はありません。
今日の教育コラムは、そうした心配が現実になってしまった不幸な事故について少しお話してみたいと思います。これから夏本番を迎えるわけですが、大切な命が守られることを願い、また、事故にあわれた大切な命とご家族のお心に御悔やみを申し上げ、お話をしていきたいと思います。

危険な行為

先週、高知県のとある小学校で水泳授業中に死亡事故が発生しました。小学校中学年のその児童は、水泳が苦手でした。
自分の身長よりも水深の浅いプールで普段は授業をしているわけですが、今年の授業は、小学校のプールの故障で近くに中学校のプールを借りて授業をしていました。事故は、自分の身長よりも10cm以上も水深の深いプールで起こり、最悪の結果を招いてしまいました。
ここで行われたような授業を「間借り授業」と私は呼んでいます。自分の庭の様に熟知している教室や運動場、プールとは別の場所で授業や活動をする時は、いつも以上に危険に対する察知能力が低下します。
誰しもが、初めての場所にはどのような危険があるか認識するまでに時間はかかるものです。ましてやその場所専用の安全管理システムを構築していない場合はその危険度は上昇します。
40人程度の児童を3名の教員で引率し、授業中監視していたようですが、2名は水中に入り指導をしていますので、残りの児童を俯瞰して監視できたのは1名です。人数の上では安全管理上必要な最低限度の監視体制は組めていたのかもしれませんが、中身はどうであったのでしょうか。監視台から見ていたのか、点呼の時間を定期的にとっていたのか、教員の配置場所は適切であったのかなどなど、業務上過失があったか無いかはしっかり見定めなければいけません。しかし、問題は、それ以前に発生しています。

水深の深いプールを許可した市教育委員会

人がおぼれるときは、自分が思っていた以上に深い場所に歩いて行った時や足をつこうとしてもつかない時などに慌ててしまい、水を飲んでしまい呼吸が困難になるときなどがあります。
日本の多くの学校でプールの老朽化が進んでいます。今回事故が発生した学校でも、ろ過機の耐久年数は10年を超えていて、故障していました。そのため自前のプールが使えず、近くの中学の水深が10㎝以上深い場所を使うことになりました。そもそもそのこと自体を許可した関係機関の責任は重大ですし、そうした判断にいたった学校長はその考え方自体を改める必要があります。しかし、回収費用が数億円にもなるようなこうした施設の問題は、各地方自治体の責任でもあり、文部科学省や国の行政の責任とも言えます。教育にお金をかけない日本の影の部分がこうして実際に悪影響を及ぼしているのです。
日本でプールを含む公立学校施設が多く建設されたのは、1970年代から80年代となり、築年数の経過によって建物や設備の老朽化が進んでいます。皆さんの地域の小学校でも老朽化が進み、今年の夏は近くの中学校のプールを使いますなどといったお知らせが来たことがあるかもしれません。そうしたときに水泳が苦手な子どもたちは、いつもより深いプールに恐怖しながら授業を受けているのかもしれないということを想像してほしいのです。
実際に、高知県の事故のあった小学校でも複数の子どもたちが深くて怖いと思いながら授業を受けていたようです。

おぼれた児童を引き上げたのは児童

今回の事故において、授業現場で全体を監視している人が誰もいなかったことも問題だと考えられます。授業では、36人の児童を水泳が得意な児童と不得意な児童で分けていました。
3人で分担して、2名が水中からバタ足の指導を不得意な児童に行っていました。もちろん水中からではプール全体など見渡せるわけがありません。反対側のプールサイドにいた教員は泳ぎの得意なグループを見ていましたので、プールサイドから監視台に上がり見ていた職員は誰もいなかったことになります。その上、おぼれていた児童を引き上げたのは近くにいた児童ということですから、そばにいた教員2名は発生した事故に気がつけていなかったことになります。

全てがつながり大きな問題へ

不慣れな場所、水深を無視した判断、教員不足、指導上の安全管理の不徹底、すべてが一つにつながった時、事故は発生しました。そのどれか一つでもなかったら尊い命が奪われることはなかったでしょう。

高知市の市立小中学校などでは今年度、水泳の授業を中止する方針を取るのことです。来年度から水泳の授業が再開できるようマニュアルを策定するとしているそうですが、そうしたものが今までなかったのかと思えてしまうところがこの問題の根深さを感じさせます。

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