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『ガリレオ裁判ー400年後の真実』


『チ。−地球の運動について−』アニメ化

マンガ『チ。-地球の運動について-』のアニメ、10月からの放送開始も迫り、本PVもつい先日公開されました。
15世紀ヨーロッパのP王国で、地動説を追究する学者、そして地動説を取り締まるC教異端審問官と、1人の少年が出会ったことから始まる物語。
この1冊だけでも物語として完成しているマンガ第1集、その展開が議論を呼んだ最終第8集がアニメでどう表現されるのか、今からとても楽しみです。
第1話第2話が無料で公開、2024年11月5日までは第1集第2集が丸ごと期間限定無料公開されているので、未読の方はぜひお試しを!)

田中一郎『ガリレオ裁判ー400年後の真実』

放送開始が近づいて来ると、マンガを読み返すだけでなく、なにか関連本も読みたくなってきてしまいます。
そんな気分にまかせて手に取ったのが、田中一郎『ガリレオ裁判ー400年後の真実』岩波新書 2015年

『チ。』で主題となっている地動説と異端審問というと、やはりクライマックスはガリレオの宗教裁判。
異端審問の判決後に「それでも地球は回っている(動いている)」という伝説的な発言をつぶやいたと言われるこの裁判。
その裁判の実際の姿はどのようなものだったのか。
20世紀末に発見されたカトリック教会側の新資料も加味して、ガリレオ裁判を記述した新書です。
著者は、ガリレオの晩年の助手による世界最初のガリレオの伝記を翻訳したり、自らも中公新書からガリレオの生涯を扱った単著を出版している科学史家の方です。

今更ガリレオの宗教裁判についてあらためて語ることはあるのだろうか?

しかし、有名すぎて語り尽くされた感もあるガリレオ裁判。
たとえば『ローマのガリレオ』など、ガリレオ裁判をメインに取り上げた本も何冊かあります。

新資料を利用したとしても、いまさら何か新しく興味を引くような話はあるんだろうか?
自然とそう思ってしまいます。

しかし、そんな思いをこの『ガリレオ裁判』は裏切ってくれました。
この本が他のガリレオ裁判について扱った本と違うのは、通常の異端審問がどのようなものかを十分に考慮していることです。

本書の前半では、異端審問に関するヴァチカンの文書の遍歴や、当時の異端審問の制度と進行について説明してくれています。
そこから、ガリレオ裁判が通常の異端審問とどう同じか、どう違うかをふまえて、ガリレオ裁判の展開を追っています。
そうすると、ガリレオ裁判での教会側の思惑が、今までとはまた違ったように見えて来るのです。

例:判決文の署名の有無がもつ意味

たとえば、ガリレオの異端審問の判決文への署名の有無から、ガリレオ裁判の意義を推定しようという解釈が従来ありました。
日本語で書かれた最高峰のガリレオ研究書(ガリレオの運動論が主題で、ガリレオ裁判がメインではないものですが)にすら、この解釈が註で言及されています。

当時ヨーロッパは30年戦争(1618年~1648年)の最中であり、列強国が2つの陣営に分かれて争っており、法王の政治姿勢が厳しく問われる状況にあった。
法王批判の急先鋒の一人がこのガリレオ裁判の審問官の筆頭に名前の挙がっている枢機卿ガスパロ・ボルジア (法王と対立していたスペインの利益代表でもある)であり、 その彼が判決文に署名しなかったのは裁判の性格を物語っているだろう。
ガリレオの「宗教裁判」 といわれるものは、実は、ガリレオを出汁にした「国際政治の代理戦争」 の性格を色濃く持っていたのである。

高橋憲一『ガリレオの迷宮』270頁

このような解釈に対して、本書は他の異端審問のケースを参照してバッサリ論破しています。

判決文については、出席していた枢機卿の全員が準備されていた書類の末尾に署名し、欠席者は署名することができなかった。
それだけのことである。
三名の署名が〔引用者註:ガリレオへの判決文に〕ないことに深い意味を見つけようとしても、徒労に終わるだろう。

田中一郎『ガリレオ裁判』190頁

当時の書類作成の慣例からすると、判決当日に出席しなければ、欠席者の署名がないのは当たり前だったというわけです。
他の異端審問の判決文には、枢機卿10名中2名しか署名はないものすらあるそうです。

そして、ガリレオ裁判の政治性を示す状況証拠として名前が上がっている枢機卿ガスパロ・ボルジアは、このガリレオ裁判だけ欠席したのではなく、ほとんどの集会に欠席していました。
ガリレオ裁判の判決文に署名しなかった他の2名のうち、1名はローマに不在、もう1名はペスト対策の仕事で集会に欠席していました。
そのため、ガリレオ裁判に署名がないことは裁判について何かを物語る根拠にはならない、というわけです。

「ガリレオ裁判」についての実証性の高い記述

このように、通常の異端審問とガリレオ裁判を比較することで、何がガリレオ裁判で何が異例なことだったか、何が本当に注目に値することだったのか、確認しながらガリレオ裁判の展開を追っているのが本書の特徴です。

後世で宗教批判の象徴的な事件として扱われたことで、ガリレオ裁判という物語にはさまざまな尾ひれがついてしまいました。
教会批判に利用したい者、教会の非を小さく見せたい教会側、両者の思惑によって、ガリレオ裁判は真偽不明なさまざまな語られ方をしてきたわけです。
これらの多様な解釈に対して、本書『ガリレオ裁判』は実証性の高い記述をしていて、他書とは一線を画する内容になっていると思います。

異端審問への入門書にも使える1冊

また、『ガリレオ裁判』では、異端審問の手続きについても、一章を割いて説明しています。
『チ。』や、大西巷一の『乙女戦争』(たとえばジャンヌ・ダルクが登場する第10巻『ダンス・マカブル』のような、異端審問が登場するマンガを読んだ方にもおすすめできるのではないかと思います。

余談: 大西巷一『乙女戦争』

いま検索して気づいたのですが、いま『乙女戦争』全12巻がすべてKindle Unlimited で読めるようです。(2024年9月8日現在)
知らない間に外伝も3冊出ていたのですね…
外伝第1巻もKindle Unlimited で読める模様)
 15世紀の宗教戦争、フス戦争をもとにした歴史戦記のマンガ、『乙女戦争』。
もっと多くの人に知ってもらいたい名作マンガです。
未読の方はぜひこの機会に試しに『乙女戦争』を読んでみてください!


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