ガリレオ『星界の報告』
『チ。-地球の運動について-』アニメ放送が間近となったのに触発されて、天文学の金字塔的著作、ガリレオ『星界の報告』を読む。
ガリレオ『星界の報告』
天文学に革命を起こした書
天文学のクライマックス的なシーンというと、それこそ『チ。』でテーマになった、天動説から地動説への転換が挙げられるでしょう。
しかし、それ以上に大きな画期的な天文学上の出来事は他にあります。
天動説と地動説との間の断絶よりもっと大きな飛躍、それは、望遠鏡で空を覗いたこと。
今でこそ、天文観測には望遠鏡がつきもの。
しかし、望遠鏡で天体を観測し始めたのは、17世紀初頭。
ガリレオ・ガリレイが、自身で改良した望遠鏡を使って、星空を覗いてみたのが始まりです。
そして、ガリレオの『星界の報告』こそ、望遠鏡を使って観察された宇宙について書かれた人類初の著作。
天文学は、ガリレオ『星界の報告』以前と以後に分けられるとしても過言ではないでしょう。
『星界の報告』の魅力
邦訳では、岩波文庫版でも講談社学術文庫版でも、80頁弱のとても短い作品。
ガリレオが望遠鏡を夜空に向けて、何が見えたのか、見えたものから何が推測できるかを書いただけの小品。
だから、むずかしいことは書かれていないし、読み通すのに時間もかからない。そして、「月の表面はデコボコしている」やら「空で川や雲のように見えるものは、実は星の集まりだ」とかいう、この『星界の報告』での主張は、今となっては特に驚くような内容ではもはやなくなっている。
こんな風に書いてしまうと、『星界の報告』は、さぞつまらない本に思えるでしょう。
しかし、実際に読んでみると、これがなかなかどうして面白い。
月の表面の明暗、星空にある川や雲に見えるもの、木星の付近で動く未知の星…
ガリレオは望遠鏡を覗いて、これらに出会った。
そして、出会った新しい観測結果から「事実」を推測しようとする。
そのために、自分が見聞きした地上での体験から似たような出来事を取り出してみる。
既知の体験から類推することで、新しい現象についての説明を試みる。
たとえば、月の明暗の境界や斑点的な分布を観測し、地上の山地での明暗との類似から、月の表面がデコボコしていると推定している。
これは、とても素朴で初歩的な科学の営みだ。
素朴すぎるからこそ、ガリレオは月が真円に見えることを説明しようと、月に蒸気のようなものを想定するという間違いもおかしてしまったりもしている。
しかし、科学的な真理とは無関係に、そこには根本的な楽しさがあるように思う。
だからこそ、今『星界の報告』を読んでもなぜか退屈しないのではないだろうか。
岩波文庫版『星界の報告』の併載: ガリレオ『太陽黒点論』第二書簡
『星界の報告』の邦訳には、講談社学術文庫版のほかに、岩波文庫版が存在します。
講談社学術文庫版は『星界の報告』だけ収録されていますが、岩波文庫版の方には、ガリレオ『太陽黒点論』から「第二書簡」を取り出して併載している。
(邦訳タイトルは、「太陽黒点にかんする第二書簡」)
この『太陽黒点論』は、太陽と重なって黒点として見えるものが、星であるかそうでないか、どこに位置しているか、どんな運動をしているか、という問題を扱ったもの。
ここでも『星界の報告』と同じように、観測されたこと、観測されたことから推定させることを平易に述べている。
そして、黒点が天体の影などではなく、太陽の表面に近い付近で発生する現象であると導いている。
『星界の報告』と同じく、素朴な科学的営みの面白さを味わえるようになっている。
ただ、この「太陽黒点にかんする第二書簡」が有名なのは、天文学的な意義とは別のところにあるそうです。
ここでは、慣性の法則への第一歩が表明されている。
物理学の授業の中では味気ない話も、このような発想の原点を知るとなかなか面白く思えてきます。
ガリレオの天体観測についての参考書
伊藤和行『ガリレオー望遠鏡が発見した宇宙』中公新書
『天界の報告』と、第二書簡以外を含めた『太陽黒点論』については、詳しい概説書があります。
伊藤和行『ガリレオー望遠鏡が発見した宇宙』中公新書です。
(著者は、講談社学術文庫版の『天界の報告』の訳者でもあります。)
望遠鏡を作成して天体観測での発見に注力していた1609年から1613年という短い時期のガリレオに話題をしぼった本です。
(この期間はちょうど、『天界の報告』と『太陽黒点論』を刊行した時期にあたります。)
『天界の報告』と『太陽黒点論』の内容の概説はもちろん、当時の他の天文研究者(とりわけ『太陽黒点論』の論敵シャイナー)の主張も解説した好著です。
我々にとってはもはや特に驚くことのないガリレオの天文学上の報告や主張が、当時の人々にとってどんな(衝撃的な)意味を持っていたかを教えてくれます。
個人的には、ともに正確な太陽黒点の観測を行っていたガリレオとシャイナーが、同じ材料からまったく異なる結論を導いてしまった経緯がなかでも面白く感じました。
『みんなで見ようガリレオの宇宙』岩波ジュニア新書
上記の本は同時代の横方向へとガリレオを延長したものですが、後世というタテ時代に延長した良書もあります。
『みんなで見ようガリレオの宇宙』(岩波ジュニア新書)という中高生向けの本です。
現在市販されている望遠鏡は、ガリレオが使用していた望遠鏡よりはるかに性能が良い。
だから、ガリレオが実際に『星界の報告』などの著作で報告した観測結果を、自分たちでも観測することができる!
それなら実際にやって見よう!という趣旨の本。
ガリレオの天文学上の業績を紹介しながら、実際の天体観測の方法を説明。
さらには、「こんな話を聞いたら、ガリレオでさえ現代の天文学者をローマ法王に訴えたかもしれません」(134頁)というほどガリレオの時代からかけ離れてしまった、20世紀末までに判明した天文学の最新知識まで案内してくれる、科学教育の好著でした。
残念ながら、現在では図書館以外ではアクセス困難なのは残念。
代替品といってはなんですが、共著者の1人である渡部潤一氏がこの本の簡約版のような類書『ガリレオがひらいた宇宙のとびら』を出版しています。
渡部潤一氏には、他にも天文学関連の入門書や概説書が多数あり、『眠れなくなるほど面白い 図解 宇宙の話』は(Kindle Unlimited に入っているのも影響しているのでしょうが)宇宙学・天文学カテゴリーのベストセラー1位(2024年9月24日現在)になっているようです。
閑話:ガリレオは海王星を見ていた
『みんなで見ようガリレオの宇宙』ではじめて知った話。
海王星は肉眼では観測されず、19世紀になって発見された「惑星」です。
しかし、17世紀初頭、たまたま木星に接近していた海王星を、木星の周囲のモブ「恒星」としてガリレオが観測、記録していたということです。
(周囲の恒星と動きがズレているとガリレオは認識していたとする異説あり)
ガリレオ研究の世界的権威ドレイクによる『ガリレオは海王星を見ていた』という邦題の論文集(未見)があったり、Wikipediaの「海王星」の項目にも記載があったり、実はそれなりに有名な話だった模様。
ただ、ガリレオの概説書や邦訳解説で見かけた記憶がないのは不思議です。
ガリレオ研究と天文学研究との学問のタコツボ化の弊害というやつでしょうか。(無責任な憶測)