マーガレット・アトウッド「侍女の物語」感想
翻訳物を読むのは久し振りになる。最初は、翻訳物特有の文体に苦戦していたが、徐々に慣れた。
他の作品の帯によると「ノーベル文学賞候補作家」らしいマーガレット・アトウッドの代表作らしい。
「らしい」が続くのにこの本を手に取ったのは、前に書いたが宇垣美里さんが「『侍女の物語』の続編が出るので楽しみ」という記事を見て読んでみようと思ったからだ。読書家としても知られる宇垣さんが奨めている作家なので、読んでみようと思った。
設定とか時代背景の説明は一切ないまま、主人公の女性の視点で現代に近いアメリカらしき国の、現代とはかなり違う奇妙な社会の生活が描かれる。
この世界では、ある階級(属性?)の女性は抑圧されていて、決められた服を着て制限された生活しかできない。富豪の家の家政婦のようではあるが、彼女たちの任務は「司令官」と呼ばれるこの家の主人の子供を妊娠することだけである。
侍女以外にも、定められた仕事だけを行う支配される人々や迫害され処刑された人々が存在するが、そのような社会になった経緯や目的は明かされない。物語は、主人公が自由だった時代の回想をはさみながら、「侍女」と呼ばれる女性たちの妊娠するための行為(要はセックス)と出産の儀式が淡々と語られる。
物語が終盤に進むにつれて、ようやく、この国がキリスト教原理主義者が支配する近未来のアメリカで、主人公のような教義に反する人々が抑圧されている社会を描いているのだとわかる。(主人公は、離婚経験者と結婚したことが原因で迫害されている)
この作品のような「暗い未来」の話は「ディストピア小説」と呼ばれるらしい。このジャンルの代表的な作品である「1984年」は政権批判の新聞記事などで名前が挙がることがあるので、聞いたことはあるが読んだことはない。
女性や有色人種が差別されない社会の歴史の短さからわかるように、現代では当然のように認められている権利や生活が、実は危ういものであるって事を言いたいのだと思う。
派手な場面はないが、読み終わった後になんとも言えない余韻が残る小説だった。
続編の「誓願」もそのうち読もう。
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