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hormonic2020
亡くなってからわかる、二度と食べられない母の手料理の大切さ。
Future is Persona, maybe. デルロットです。
しめっぽい話って、基本的に嫌いなんですが。なんか母のことをネットに記録しておきたい。なんか今、そんな気分です。
家族で食べ物のはなしになったんですが、築地の寿司がうまかったとか、北海道のアレはとかのはなしだったんですが、自分は母の手料理を思い出しました。
母が健在の人は心にとめて欲しいんですが、母がいなくなったら、二度と食べられないんですね。いわゆるおふくろの味。
自分の母はそんなに料理が得意だったわけじゃないんですね。考えてみれば、母と言っても自分が子供だったときにはまだ35歳前後。料理がうまいというのは難しいと思います。今40の自分は基本的なモノしかできない。
幼少の頃は、母のちょっとこげめのからあげが好きだったと思います。大変ですよね、お母さんって。毎日のように、いや、ほぼ毎日料理などの家事をするんだから。今では尊敬しています。
自分が歳を重ねるにつれ、母の料理の腕もあがってきました。手作りハンバーグや、餃子、春雨などが好きでした。
今思えば、母が亡くなる前に料理を教えてもらえばよかった。でも、母には余命を伝えてなかったので、死期を伝えるようで、教えてもらうのははばかられた。
母が亡くなってからもうすぐ17年。自分が24歳の時だったので、あと7年もすれば、母と過ごした日々が自分の人生の半分になってしまう。はやいなあ。
繰り返しますが、父、母、ともに生きているうちに親孝行しましょう。亡くなってしまってからでは料理もぜったいに食べられない。何でもないようなことが、幸せだったと思う。虎舞竜っす。ロードっす。
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