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「お」の抽斗をつくりたい
拝啓
この冬で一番の寒気が近づいているなかで、あなたの言葉一つひとつが胸をじんわりと暖めてくれました。ありがとうございます。
あなたが触れていた向田邦子は、「う」と書かれた抽斗を持っていたそうです。「う」は、うまいものの略。送ってもらって、もう一度食べてみたいと思った地方の名産品や、耳にした評判のよい御飯処。作ってみたい料理のレシピ。自他ともに認める悪筆、乱筆の向田邦子ですが、それらの「うまいもの」メモやリストは、あとあとまで読める字で書き、その抽斗にしまっておいたというのです。
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ならば私は「お」の抽斗をつくりたい。もちろん、おもしろい本の略です。そして、おもしろい本を読んだときには、メモを抽斗にしまうだけでなく、同じ本好きの人に、そのおもしろさを伝えたい。あわよくば、その本好きの人が読んだおもしろい本を教えてもらいたい。そう思って手紙を書いています。食いしん坊って、そういうものですよね。
そして、なぜ手書きなのか。あなたは自己紹介で、「時間をかけて最適な表現を吟味することに興味がある」と書いてありましたね。それと同じ理由です。
パソコンのキーボード入力ならば、思考のスピードに合わせて文章を書くことができます。しかし、私の場合は手書きのほうが、言葉や言い回しなどをじっくり吟味しながら文章を書くことができると感じるのです。見ている人は観ているのですが、便箋の文面と、投稿された文面は、わずかに異なっています。どれが自分の感覚に最もふさわしい表現なのか、考えながら便箋や原稿用紙に書いていますが、それを入力するときにも推敲しています。誤字脱字も修正します。自分には、手書きこそ思考スピードに合っている書き方なのです。
「同じ書物を読む人は遠くにいる」という言葉が好きです。読書はとても孤独な営みです。苦行だという人もいます。しかし、この本のおもしろさを分かってくれる人が、世界のどこかにいるはずだ。何を学ぶか、どのように感じるかは違っていても、「おもしろい」という気持ちは共有できるはず。そう考えて日々、読書を楽しんでいます。
「文は人なり」とも言います。かつて、向田邦子全集を3か月かけてすべて読み、彼女の「言葉」に賭ける想いと、ほんの少しだけにじませる女の淋しさを初めて感じました。私がもっとも好きなのは、小説『隣りの女』。壁の薄い賃貸アパートと摩天楼と呼ばれたニューヨークが舞台のほろ苦いラブストーリーです。桃井かおり主演のドラマは、まだ観ていないのが残念ですが。
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手書きでなくてもかまいません。あなたが「おもしろい」と思う本を、ぜひ教えてください。文学・小説だけでなく、詩集も読みます。そうやって教わるがままに本を買い求めて読んでいたら、書棚からあふれてしまったのが、いまの嬉しい悩みです。
あなたの「手紙」、待っています。
既視の海
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