発達障がいを発達障がいの本から学ぶべからず
1.はじめに お勧めの書籍
過激なタイトルですが、発達障がいの当事者であり、教員として発達障がいをもつ生徒さんの指導をした経験から思うことを書きたいと思います。
まずはじめに、表題と大きく矛盾するようですが、発達障がいに関するオススメの書籍を紹介します。
こちらの『発達障害大全』です。10歳から小児神経科にお世話になっていながら、発達系の書籍に目を通す機会がほとんどなかった私ですが、高校教員として働く中で発達について学ぶ必要性をより感じ、この本に辿り着きました。言ってみれば、自分のためというより、発達障がいをもつ生徒さんのサポートのために購入した側面の方が強かったのです。
ただ、この本に書かれていることには深く納得しましたし、自分自身の苦しみも軽減してもらうことができました。発達障がいの当事者の方や、家庭や仕事で発達障がいをおもちの方と接する方は、何かしらの感動を得られる本だと思います。表題と反しますが、ぜひ手にとって読んでみてもらいたい本です。
さて、私は発達系の書籍を手にとることがほとんどなかったと書きましたが、この『発達障害大全』を読んで一番核心を得たことは、
やはり、発達系の本を読んで発達に関する理解は深められない
ということです。このことは、当事者目線でも支援者目線でもいえると思います。
2.発達障がいは掛け算である
一つだけ『発達障害大全』の内容を紹介させていただくと、発達障がいとはこういう人のことを指すという明確な定義はなく、ある環境にうまく適応できなかった人が後付けで発達障がいと診断されるそうです。
例えば、同じジッとしていることが苦手、という人が2人いたとします。そして、1人(Aさん)は動き回るサービス業で、もう1人(Bさん)は落ち着いた環境の事務職に就いたとします。仮に、Aさんが自らのジッとしていられないということを特技に変えて仕事に取り組めた場合、Aさんは発達障がいとは認定されにくいです。一方、落ち着いた行動が求められる場所でBさんがジッとしていられなかった場合、BさんはADHDなどの発達障がいと診断されます。
このように、同じような性格や性質をもっていたとしても、所属の環境によって障がい者となることもあれば、その性格等を強みに活躍していけるわけです。
これを読んで、私の頭に浮かんだ言葉ですが、
発達障がいは掛け算であると思いました。
すなわち、同じ多動というタイプの人でも
多動×身体を動かす仕事= か
多動×落ち着いた仕事= で
=の先が発達障がいになるか否かは変わるのです。
発達障がいという固有の存在はなく、既に持っている性格や性質と環境が掛け合わさって生み出されるものが、発達障がいというラベルなのです。
それならば、世の中にオンリーワンの存在としてそれぞれ存在していて、各々が掛け算で生み出した私や生徒さんの具体的な苦しみを、書籍に書かれている一般論的な法則に当てはめて考えるのは不十分であると思いました。これが、発達系の本を読んで発達に関する理解は深められないの根拠です。
3.発達障がいから発達障がいは学べない
自らや自らの周りにいる人の発達障がいのことを発達障がいの本から学ぶのが難しいのではないかと思う理由は2の最後の通りです。ただ、もう少し付け加えをしたいと思います。
こんなことを言っている私も、場合によっては、本やYouTubeなどで発達障がいに関するものを探して閲覧するのも有効だと思います。
例えば、どうしても人前に出ると固まってしまう、あるいは、どうしても事務作業をしていると頭の中に色々な考えが浮かんでしまって集中できない、僕は私は発達障がいなのではないかと思い、情報を得て、安心を得たり対策を練ることができたりというのは良いことだと思います。また、既に発達障がいと診断されている人が、自分のどうしても苦手なこと、例えば予定が守れないということに関して情報を得て、対策を練る、そして自分が予定を守れないのは一種の障がいであって自分が怠けているわけではないのだとホッとするというのも情報の有効活用だと思います。
長くなりましたが、自分や自分の周りにいる人の困りごとを解決するためであったり、困りごとは自分が怠けているせいではないと安心したりするために本を読むのは良いことだと思います。
一方、私が読まないでほしいと思う読み方は以下の通りです。
僕は私は、あの生徒はうちの子は、このタイプの発達障がいを抱えていて、そのタイプは書籍によるとこんな仕事は向いていないと出ているからその仕事には就かせないように(就かないように)しよう、
僕は私は、あの生徒はうちの子は、このタイプの発達障がいを抱えていて、そのタイプは書籍によると落ち着きがないらしい、言われてみればペン回しをずっとしているし落ち着きないかもな
というような情報の使い方ははっきり言って最悪です。なぜなら、2に書いた通り、発達障がいは唯一無二の掛け算を解いて出た結果生まれるものだからです。たしかに、書籍に書かれているような前例と同じ過程で発達障がいになったり、同じプロセスで困りごとが生まれる可能性は0ではないかもしれません。しかし、絶対に書籍に書かれている通りの結果が出るとは限りません。
発達障がいの人の未来予測のために発達障がいの前例を当てはめるのはやめてください
と強く言いたいです。
実際に、私はASDの人に向かないといわれる塾講師で勤続年数的にも成績的にも結果を残しました。塾講師を始めようとした時にはネガティブにみる人もいましたが、良い方向に結果で大きく裏切ることができました。
4.社会から発達障がいを学ぶ
それでは、発達障がいの人は何を頼りに学んだり、先を読んだりすればよいのでしょうか。
私は思います。その手段は健常者と呼ばれる人と同じだと。
健常者と呼ばれる人の中にも、人前で話すのがとても苦手だったり、物忘れが激しかったりする人はいるでしょう。その方々は、その弱点に対してビジネス本や自己啓発本などを読んだり、上司に叱られたりする中で対策を講じると思います。余談ですが、私がお世話になった就労移行支援事業所のお偉い方で、私と対話している間もずっとボールペンをカチャカチャ鳴らしている方がいました。健常者といわれる方、なおかつ福祉的な現場におられる方でも、ついついやってしまうことは似たようなものなのかもしれません。
また、人生の先が読めないのは健常者と呼ばれる人も同様です。書店に、20代の教科書や30代の教科書といったタイトルの本が並んでいるのは、障がいの有無を問わずみんな先が不安だからだと察します。
だから、障がいと関係のない分野の本やメディアやYouTubeをたくさん読んだり見たりすることが、発達障がいの人にとっても最高の自己理解になると思います。
スポーツやタレントさんやドラマや映画や、そのような中にもヒントはたくさん落ちていると思います。
初めから発達障がいと枠を狭めて知識を拾いにいくのは勿体無いです。