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【遭難体験】迷子になった日のこと

私はたびたび迷子になります。生きていくうえでの指針を見失い、歩むべき方向が分からなくなるという意味でよく迷子になりますし、Googleマップのおかげで困ることは少ないのですが、方向感覚があまり良くないのか物理的に迷子になってしまったことも何度かあります。今日はいろんな意味で「迷子」になった時の話です。



1.遭難しかけた

2022年2月上旬、山梨県と長野県の県境付近で遭難しかけました。何が起きたのかを書きます。

歴史学科卒、地理歴史科の教員免許を取得している私は、歴史上の人物で好きな人がたくさんいるのですが、その上位に武田信玄がランクインします。信玄ゆかりの地を目指して、神戸から山梨方面へ旅したことも何度かあります。その遭難というのも、信玄ゆかりのスポットをハイキング感覚で訪れたことがきっかけでした。

信玄ゆかりの遺構を辿ろうと、ハイキング感覚で以下のような山林に入りました。


山梨県のとあるスポット

この画像の地点までタクシーで運んできてもらい、奥の樹林の中に足を踏み入れていきました。写真を撮りそびれたのが残念なのですが、奥に入っていくと木々がより生い茂るようになり、歩くスペースもどんどんと狭くなっていきました。木々が深いので、日差しも届かないようになりました。

とはいっても、その時点では想定内であり、私は怯えることなく一歩一歩前へ進みました。武田信玄に思いを馳せながらハイキング感覚で楽しんでいました。真っ直ぐ前へ歩いて行けば、JRの駅にたどり着けることが分かっていたからです。

ところが、結構歩いたところで、道が二手に現れました。左右の道がどちらも同じくらいに整備されているように見えたので、右に進むべきなのか・左に進むべきなのか、悩みました。ただ、Googleマップを見ると、右を選んだ方が駅の方向に進めるように感じました。それ以上に右が良いという確証は得られなかったのですが、樹林の中で悩んでいても仕方ないのでとりあえず右に進んでみようと決めました。安直な判断でした。

右側の道を突き進んでいってしばらくすると、あきらかに道が消えてしまいました。四方が樹林で取り囲まれてしまいました。このような時、正しい選択は、来た道を戻ることだそうです。この時のケースであれば、分岐点で右を選んだことが間違いと判ったわけなので、分岐点まで戻り、今度は左を選択するべきなのです。しかし、この時、私は判断を誤りました。

JRの予定していた列車の時刻が迫っており、一刻も早く駅に向かわねばという焦りが私にミスを生ませました。目の前に道は無いが、Googleマップを見る限り、真っ直ぐ突き進んでいけば駅に到着できるはずだと思ってしまいました。

道なき道を突き進み、木の間を通り抜けて、沢のような水を何本も跨ぎ、ひたすら真っ直ぐに進み続けました。しかし、思っていたよりも駅までの距離が存在していたようで、樹林を超えても超えても駅、いや駅以前にちゃんとした道にすら到達できません。さすがに焦りました。電波が通じていたので、Googleマップが使えますし、最悪の場合は消防か警察に連絡すれば助かるだろうと思っていたので、本当の最悪は想像しませんでしたが、スマホの充電には限りがありますし、こんなことで行政の方に迷惑をかけたくない、また救助をお願いすると新聞に載ってしまう可能性もあると思い、なるべく自力で助からないとと必死でした。

2月の山梨にしては雪が少なかったことと、雪対策で完全防備をしていたことが不幸中の幸いでした。道なき道を進み続け、2時間ほどもがいた結果、ついに国道に出ることができました。あいにく、列車には間に合いませんでしたが、国道沿いにコンビニがあり、そこで小休止し、タクシーを呼ぶことができました。幸いにもタクシーが直ぐに来てくれ、特急が停車する駅まで3000円ぐらいで運んでくれました。ちなみに、コンビニで小休止したタイミングで、遭難しかけたが助かったという旨の電話を母にしたのですが、その時の私は呼吸が大きく乱れていたそうです。

タクシーの運転手さんは、山あいのコンビニに配車を頼んだ私のことを不思議がっていましたが、全て事情を話すと、暖冬で良かったねと言ってくださりました。また、駅に向かう間、地元の歴史などをたくさん教えてくださりました。今晩は甲府で宿泊する予定だと伝えると、甲府に向かう次の特急の時間を調べてくださり、それに間に合うようにと送ってくださりました。
おかげさまで、無事、19時頃に甲府のホテルにたどり着くことができました。

万が一のことがあると自分のことだけに済まず、家族にも社会にも心配と迷惑をかけるので反省しています。しかし、この一件で、私は自分のもろさに気付き、また人のあたたかさを知りました。

2.「まず動く」にポリシーを

私という人間は、これまで書いてきた記事からもうかがえるかもしれませんが、基本的に「困ったら・迷ったらまず動く」ということを心がけています。これは、放っておくといくらでも引っ込み思案になってしまうという危機感に備えて、自分を鼓舞している結果でもあります。考えだしたらいくらでも悩んでじっとできてしまうから、あえて考える前に動こうとしているのです。しかし、その「まず動く」は、1で書いた遭難もどきのきっかけともなってしまいました。

思うに、私は、自分が動かずに思案する性格をもっているからこそ、それをコンプレックスに捉え、反対の動くことを正義と過剰に感じているようです。だからこそ、大したエビデンスが無い時まで、動いていればなんとかなるという思い込み、また動くことが正しさだと決めつけていたような感覚です。

もちろん「まず動く」ということは指針としてすばらしいことだと思いますが、なぜ動くのか、なぜ思考より行動を優先するのか、そこに自分なりのポリシーがなければ、また何かしらの迷子に陥るだろうと思いました。

3.定期的な迷子

私は定期的に、迷路の中をさまよう「迷子」になります。1の時、山梨まで旅に出ていたのも、その時の私が人生の「迷子」になっていたからでした。

当時の私は塾講師をしていました。塾講師・高校教員、これら話すことが多い職業をしていると、自分でいうのもなんですがトーク力を褒めていただけることがあります。

「よく人前で堂々と授業なんてできるね」

などと言葉をいただけることがあります。しかし、当の私は「堂々」の仮面を被ってハッタリをかましているだけで、決して堂々とした人間ではありません。常に仮面を被り、教員という肩書きがあるというだけで、40人程度の前に立って話をしていると、定期的に自己嫌悪のような感覚を覚えます。自分の話していることの中身の無さを痛感し、もっと自己研鑽を積まないととなります。

このnoteや講演も正直なところそのような感覚はあります。皆さまにアウトプットすればするほど、自分が痩せて見えてきます。どれだけ吐き出しても、自分を保つためには、新しい何かを自分に入れ続けなければなりません。

もう遭難する可能性があるような無茶は避けますが、また、旅に出て迷子になって、自分を人生の迷子から救ってやりたいです。


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