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ファイユームの砂漠で星を見る〜ワーディー・ライヤーンへ〜

先日、院生仲間4人でファイユームへ、1泊2日のグランピングに行ってきた。
友人がたまたま見つけたグランピング施設に泊まって、綺麗な星空を見よう!というコンセプトの旅である。


このグランピング施設は、ファイユームの西側、ワーディー・ライヤーンという砂漠地帯にあるので、カイロからここまで辿りつく道のりだけでもちょっとした冒険だったが、ライヤーン砂漠と湖の景色は素晴らしいの一言に尽きる美しさで、苦労してここまで来て良かったと心底思った。


ファイユーム

はじめに、ファイユームという場所について説明しておくと、ナイルの支流から水が注ぐカールーン湖という巨大な湖があり、ファイユームオアシスを抱くように流れる支流と運河、中心部へ続く水路で構成された灌漑システムによって、前近代エジプトで唯一とも言える、通年灌漑が可能な農耕地帯であった。
また現代では1970年代以降、南から排水をワーディー・ライヤーンに引き、2つの人工湖がつくられた。
現代でも衛星写真をみると、ナイルの本流を茎に、デルタ地帯の手前、西側に葉が広がるように、アイビーの葉のような形をした緑地帯が見える。これがファイユームである。

Linant de Bellefonds, Esquisse d'une carte de la province du Fayoum, pour l'intelligence du mémoire sur le lac Moerisより、1858年のファイユームの地図。

カイロからは、ラムセス駅発着のマイクロバスで行く事ができる。
マイクロバス乗り場を少し奥へ進むと、ファイユーム行きの案内板があり、ドライバーが「ファイユーム、ファイユーム!」と叫んでいるので、目指すバスはすぐ見つかった。

休日の朝8時台出発の便だったが、意外にも既に乗客がある程度集まっており、出発を今かいまかと待っていた。
カイロからピラミッドを右手にギザ方面に出て、あとは南へ。景色の変化を楽しんでいると、意外なほど早くついた。

ファイユーム市街地までは2時間強ほど。9月半ば時点で運賃は55LEであった。

ファイユーム市街地の景色は、どこにでもある郊外の街と変わらない。カイロと違うのは、車の数が少ないこと!

ここから、ファイユームの西にあるワーディー・ライヤーンまで行く訳だが、ファイユーム市街地からは、一旦北のカールーン湖へ出て、湖の西端にある道路から検問所を通って入っていく必要がある。私たちは、その検問所の手前にあり、近年陶芸で有名になったチュニス村に寄りたかったので、まずファイユームからチュニス村へのタクシーを探した。

ファイユーム中心部から目的地(赤丸のあたり)までのおおよその道のり。


外国人が珍しいのか、街中を歩いているとじっと見つめられる。話しかけられるわけではないので、その点は気楽だった。
同僚が町の人に聞いてみたところ、チュニス村までのマイクロバスはなく、チュニス村周辺にもタクシーは走っていないという。
ここから向かうなら、帰りもタクシーを呼べるように、乗ったタクシー運転手の電話番号を聞いておくと良いとのこと。運賃は200〜250LEが相場らしい。

とりあえずの情報収集をしたあと、お腹が空いていた私たちは、近くの軽食屋でブランチを食べることにした。ブランチといっても軽く、ターメイヤやフールなどのサンドイッチに、スフールと呼ばれる朝食の定番セットだ。どこにでもある軽食屋で、店内はもちろん雑多&清潔感はないが、ターメイヤは揚げたてでとても美味しい。レモンが入っているのか、ディルが入っているせいか、爽やかな味付けで食べやすかった。

会計する段になり、店表のレジで「いくら?」と聞くと、返ってきた答えは「300LE。」思わず日本語で「はあっっ??」と言ってしまった。
すると、周りにワイワイと人が集まり始めたので、あたりに聞こえるようはっきりと、「サンドイッチ4つとスフールひとつしか頼んでないよね、で、いくらなの?」といったところ、90LEとのこと。それでも高いが、外国人だからということなのだろうと気持ちを抑え、会計を済ませた。
まあ、店員のおじさんも、300LEとれると本気で思っていたわけではなく半分冗談のつもりだったのだと思う。
こういう時、「またーー、冗談言っちゃってさ。で、いくらなの?」といなせるようになりたいと思うのだが、毎回忘れてしまう。

さて、とりあえずの空腹が収まったので、タクシー探しに取り掛かる。
ファイユームを走っているタクシーやマイクロバスは、どれも車体に青緑のラインが入っていて見た目が可愛い。タクシー自体はかなりの数が走っているので、すぐに捕まえることができた。これまた友人が交渉し、「200LEで行く」との返事だったので乗り込んだが、ただただ調子の良さそうなことをいう運転手だった。

乗り合いバス(マイクロバス)。青緑のラインがペイントされている。

ファイユームの中心部から、農村を通ってカールーン湖方面、そしてチュニス村まで向かう。
時々、「ここは〇〇村だ」「あれは製塩工場だ」という言葉を聞きながら、穏やかな農村の景色をしばらく楽しんだ。

途中から、「なんか面倒なドライバーだな」と思うような言動が続いていたのだが、やはりチュニス村についたあとで「200LEでは足りない、もっとよこせ」と言い出した。
最初にこの運賃に合意したのはそちらだから、ときっぱり断り、それ以上の交渉はしない。それでも運転手はしつこく私たちの近くをうろうろしていたが、近くにあった陶器の店に入って関わらないようにしていると、そのうちいなくなった。店主も「面倒なやつに当たったな」という同情の表情を浮かべていたような気がする。

緑が目に優しい。
途中の村にあったモスク。
ミナレットの模様が可愛い。
塩湖であるカールーン湖のそばにある製塩工場。
カールーン湖は海抜下にあり、水が流れ込んでも出ていく先がなかったため、染み出した湖水によって周辺の農地ではしばしば塩害が問題となった。
ライヤーン湖周辺も、塩が混じってカリカリに乾いた土壌になっている。

陶器の村 

チュニス村は、1960年台にあるエジプト人詩人が地元の人にアートを広めようと作られた比較的新しい村である。その後、80年台になって、スイス人の陶芸家、Evelyn Buréが工房を構え、その後ここに居を構えて陶芸学校を開いたことで、やがて陶器の村として観光客に有名になり、現在に至る。

Buréは残念ながら2021年に亡くなったそうだが、村の道路や店に彼女の名前が残っていた。

村の目抜通りには、いくつも小さな陶器の店や工房が並び、店の奥を覗くとたまに子供達が粘土を練ったり、皿に絵付けをしていたりしていた。カイロの子供たちのように写真を撮って!と寄ってきたり、話しかけてきたりはせず、じっとこちらを見つめてくるシャイな雰囲気だったが、みんな笑顔が可愛らしかった。陶器も、店によって置いてある陶器のデザインが違い、選ぶのが楽しい。ものによっては、とても手頃な価格で買うことができるのも嬉しい。

チュニス村の中では比較的大きな店。
内装も可愛いかった。
上記とは別の店。素朴な感じの絵柄も多い。

ファイユームのハト小屋


目抜通りの奥にある陶芸学校に、大きなハト小屋(ブルグルハマーム、フスハーだとブルジュルハマーム)があると聞き、ついでに見学することにした。

普通、エジプトの田舎でよく見るハト小屋は、頂点が丸い円錐形のような形をした泥でできたものが単体あるいはニ、三並んで立っているもので、これがあると「ああ、農村だな」と思うような、特徴的な形をしている。

Egyptian Street の記事より。
https://egyptianstreets.com/2022/04/24/dovecotes-a-signature-of-the-egyptian-landscape/

ファイユームのそれはさながらハトのための巨大な集合住宅という感じで、円筒形の小屋を行くつも組み合わせた独特な形をしていた。

こんな巨大なハト小屋、みたことない!!

案内をしてくれた人によると、このような形はファイユーム独自のものとのこと。また、この陶芸学校にあるハト小屋は150年も前のものらしい。もちろん、今も現役で使われている。

カールーン湖近くの村で見かけたハト小屋。チュニス村のものほど大きくはないが、これも円筒形の小屋を複数組み合わせた形をしている。

身を屈めて背の低い入口から中に入ってみると、内部の壁全面に口の広い壺が埋め込まれており、ハトが休んだり抱卵したりできるようなスペースが作られていた。このハト小屋は、外からみると土壁から木の棒が飛び出していて、トゲトゲが生えた針山のように見えるのだが、機能としては卵を取りに小屋の内部を上へと登るためのものらしい。
土壁は厚く光を一切通さないものの、天井には明かり取りのスペースがあるため、中は意外と暗すぎない。地面は羽と割れた卵で覆われていた。


今までも、外からハト小屋を見たことはあったが、中に入ったことはなかったので、小屋の中は一体どうなっているかとずっと興味があったのだが、やっと好奇心が満たされた。150年前のものでこのようなつくりなのだとすると、おそらく中世のものも、つくりはほとんど変わらなかったのではないかと思う。

いざ、砂漠へ

しばらく陶器の買い物を楽しんだあと、いよいよメインのグランピング施設へ向かうことにした。とりあえず、チュニス村の外にある幹線道路までトゥクトゥクで出る。

ところが、幹線道路で待ってみても、やはりタクシーが通りそうな気配はない。
大抵の観光客は、ツアーなどで車を調達して直接ここまでくるので、ここからの移動手段はかなり限られているようだった。

しばらく路肩に立ち尽くしていると、改造した荷台に人を数人載せたトラックが一台通りかかった。ヒッチハイクのようなことができるかもしれないと停まってもらったところ、どうやら乗り合いトラックらしかった。

乗せてもらったトラック。ちょっとレトロな感じ。

とりあえず、行けるところまで乗せていってもらうことにする。中に乗っていた年配の人たちも、「乗りな乗りな!」と親切にも席を詰めてくれた。
カールーン湖沿いの道路を西へ走り、南のワーディー・ライヤーンへ向かう幹線道路に入ったところで、ガソリンスタンド近くのバス停らしき場所に一旦停車した。先に乗っていた乗客はここで降りるらしい。
すると、他の乗客たちが運転手に声をかけて「彼らを目的地まで乗せていってやれ」と言ってくれた。頼んでみると、グランピング施設まで連れていってくれるとのこと。300LEでいいと言うので、ありがたく乗せてもらうことにした。

ワイルドな砂漠ドライブ

乗り合いトラックとはいえ、要するに普通のトラックの荷台のコンテナに窓とベンチをつくりつけた改造トラックなので、中は道路の凸凹に合わせて上下するし、乗降口へ滑り落ちないようにとバランスを取らなければならなず、乗り心地は快適とは言い難い。
それでも、風をビュンビュン浴びながらのドライブはとても面白い経験だった。

天井は結構低い。後ろのドアは開けっ放しだった。

時々緩やかなカーブはあるものの、ほとんどまっすぐな道を、トラックはビュンビュン飛ばしながら走っていく。周りの景色はいつの間にか一面の白い砂漠になっており、グレーのアスファルトの上を巻き上げられた砂が渦巻いていて、幻想的ですらあった。初めてみる砂漠らしい砂漠に興奮して、夢中でシャッターを切る。

砂埃が霧のようにアスファルトを覆う。
初めは農村の緑が広がっていた。
そのうち、あたり一面に白い砂漠が広がるように。

しばらくすると、検問所を通りかかった。誰が何人乗っていて、何のためにどこまで行くのかを聞かれたあと、通行料としてひとり250LE(5ドル)を払う。地方ではよくあることだが、外国人の安全確保のため、目的地や何をするのかなどを確認され、記録されるのである。より厄介な場合には、警察車両がピッタリくっついてくることもある。幸い、今回は比較的スムーズに通された。

また一面の白い砂漠がひとしきり続いたあと、突然左手にライヤーン湖が見えた。今回の目的地、ルメリ・ライヤーンのグランピング施設にとうとう到着である。

人口湖のライヤーン湖。
見えているのはレストラン棟。手前のデッキと砂漠には、寝そべるのにちょうど良さそうなソファが並んでいる。

高級感のある施設で、駐車場には泊まり客のものらしき車が何台か停まっている。こんなところまでわざわざくるのに、乗り合いトラックで乗りつける客はそういないだろうな、と思うとちょっと笑えた。英語の通じる親切なフロントスタッフに案内され、いよいよ泊まるテントへ。続きは次回、と言うことにしたい。

ドーム型のテントのような部屋が並ぶ。全部で10棟もないくらいのこじんまりしたグランピング場。
今回泊まった部屋の庭。
プライバシーも確保され、外でゆっくりすることもできる。なんとジャグジーつき!

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