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加害者家族/鈴木伸元

タイトル通り、身内が何らかの罪を犯した場合、加害者家族はどのような目に遭うのかが描かれている。

私は犯罪心理学に興味・関心があり、この手の本はどうにも気になってしまう。
ネットでもよくこの類のことを調べてしまう。

 
帯の裏側には誰もが知っている事件の数々が書かれており
それらを中心に進んでいくかと思ったら
これらの事件は多くても10ページという短いページ数でまとめられている。
加害者家族が取材に応じなかった為、調べて分かる範囲内のことしか書いていないのだ。

 
本書は全部で第五章なのだが
注目すべきは第一章である。

第一章では、ある事件の犯人の妻とその子ども、その周りの人が事件後にどんな状況に置かれたかが描かれている。
ある事件…と表現するのは、事件の全貌が載っていないからだ。
妻子のプライバシー保護の為だろう。
 
 
どこにでもよくある三人家族で、息子は小学校低学年。
ある日、自宅に警察からの電話が鳴る。夫への任意の事情聴取だった。
夫は「大丈夫」と言っていたが、任意の事情聴取は連日続くようになる。
警察も夫も教えてくれないが、妻は独自に新聞を見直し、隣町の殺人事件の犯人が夫なのかもしれないと思う。
そしてその悪い予感はやがて的中してしまう…。

第一章はそんな内容で始まり、もし私が妻の立場だったら…と自分と重ねずにはいられない。

 
 
逮捕状が出されてから子どもを親友に託すが、それがきっかけで親友は夫婦仲が劣悪になり、うつ病になり、離婚。
そして親友とは絶縁。

職場で寝泊まりをし、自宅にはマスコミや近所の人に見つからない夜中にしか行けない。

子どもへの影響を考え、テレビは見させない、離婚して名字を変えて、2回に渡る引っ越し。

金銭トラブルで夫がある人を殺害したらしく、金銭面の負担。
引っ越し費用、借金返済など経済的に厳しいが
殺人者が出た自宅を買い取る人もいない。
働きづめで子どもと過ごす時間は激減。

 
…etc.苦労がたくさん描かれている。

特に親友の方の二次被害が切ない。
親友の方は妻を特に責めたりはしなかったようだが、徐々に音信不通になり、今では絶縁というのが悲しかった。

私が1番仲の良い友人も、おそらく私が同じ立場になったら子どもの面倒を見てくれるだろう。
そしてきっとどんなに大変でも私を責めることなく、最後は音信不通になってしまうのだろうか…
そう思うと、泣けてきた。

  
多くの加害者家族が本書のための取材を拒否した。
加害者家族は泣くことも笑うことも命を絶つことも、事件のことを加害者側が話すことも世間は許してくれない。
そうほとんどの人が考えているからのようだ。

家族だけでなく、親戚、勤め先、学校、地域など
加害者側はありとあらゆる人やところで叩かれる。
未然に防げたのではないかという意味合いでは
被害者側も同様に叩かれる。
冤罪も同様だ。
罪を実際に犯したか犯していないかは関係なく、報道された時点でそこからは地獄でしかない。

 
事件に巻き込まれると、世間や社会はなんて怖いのだろう。
集団心理というのは恐ろしい。

 
世の中には「うちの子がそんなことするわけない!」と開き直り、マスコミ等の“被害者”面をする加害者家族も少なくはない。
ただ、本書に描かれているように事件の数だけ
被害者側や加害者側に巻き込まれた二次被害も多く存在する。

私たちはそれに目を伏せないで、悲劇を繰り返さないように学んで対策をとらなければいけない。

身近なところで、交通事故の被害者、加害者にはなる可能性は高いし
自分が罪を犯さなくても何らかの繫がりがある誰かが罪を犯して
当事者になる可能性はあるのだから。

 
 
余談ではあるが
本書に触れられていないが私が気になる事件だと、相模原障害者施設殺傷事件を挙げる。
職員のPTSDがひどく、復職できなかったり、そこの理事長が辞職した件が気になる(これは被害者側にあたるが)。

上が変われば、施設のカラーは変わる。
建物も変わるし、
利用者の人は変化に弱い人もたくさんいるからその影響が気になる。
慣れた職員、信頼している職員がいれば乗り越えられるかもしれないが
支援する側がPTSD…
事件が事件だけに新規職員確保さえままならないのではなかろうか。

障がい福祉の職に携わる身としてはあの事件は
決して目から背けられない。



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