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『秋を奏でる芸術祭』出展まとめvol.4

 最近、身の回りが目まぐるしく動いていて、ああそういえば今月は師走だったなということをふと思い出す。まだ銀杏並木が色鮮やかにその存在を主張していて、ひらりと落ちている葉を見てそこはかとなく寂しさを感じる。これはなんと言葉にしたらよいのだろう。寒さで煙る空を眺める。

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 さて、11月15日から募集を開始させていただきました、yuca.さんと合同企画となる『秋を奏でる芸術祭』。無事、先日12月15日に終了となりました。私自身驚くほどの投稿があり、秋を満喫させていただきました。今回も先週に引き続き企画に参加いただいた記事を、紹介してまいります。

■晩秋 / さん

秋の終わり、文学フリマというイベントに出店する。これまで2回ウイルス禍の下での参加。作家はこのウイルス禍にネットで知り合った作家たちでの参加。

 11月末に行われた、文学フリマ。このコロナウイルス禍という特殊な状況の中で出会った作家さんたちが、小説連作集として1つの作品を作り上げました。ようやく長い緊急事態宣言も終わり、秋晴れの中でもたくさんの人が集まったそうです。

 実は私自身ずいぶん前から、自分の文章を作品として残したいという思いがありました。秋さんには、私がnoteを始めて半年したくらいに、noteフェスを通じていろいろと声をかけていただくように。念願かなって、文学フリマでも別の名前ではありますが、作品を載せていただきました。

 まさか、自分の夢がかなうとは。次回のフリマから、秋さんは文学サークルの代表から一歩引かれるとのことですが、また新たな企画が持ち上がっているようです。興味がある方は、ぜひ自信作を応募してみるのもよいかもしれません。

■秋を集めた日 / 皐月まうさん

秋の境目は曖昧だ。長い夏と冬の間に訪れるわずかな楽園を、私はいつも探しているような気がする。

 秋は空気が澄んでいて、空の青さがより引き立つ。のびのびとした緩やかな風が、ほほをそっとなでる。私自身も、企画をやるにあたって一番秋が好きで、時間があるとなんてことはなしに家の周囲を散歩する。

 皐月さんの文章は、もうひたすらのびやかで、読んでいてとても心地よい気持ちになってくる。確かにこの時期ほど、色とりどりの花々が混ざり合う季節もない。私が愛しいと思うものがギュッと、詰まっている。

 銀杏並木の黄色、紅葉の赤、秋桜のピンク。こうして並べるだけでも、楽しい気分になってくる。皐月さんは最後に行き着いた場所で、そっと文庫を開いてベンチの上に座る。なんて、ぜいたくな時間なんだろう。

 私自身の心も、いつの間にか満たされていました。

■金木犀の季節に急行列車に飛び込んだのはわたしだったのかもしれない[短編小説 #19] / 菅野浩二(編集者&ライター)さん

冷たい汗のせいで背筋が冷える。「あれはひょっとしたらわたしだったのかもしれない」と思い、目を閉じてはいるけれど、眠れない時間が続く。

 胸をぎゅっと、つかまれたような気分になった。

 私が思春期を迎え、思い悩んでいた時のことを思い出す。もう今となってははるか彼方となってしまったけれど、当時私は小さなことから大きなことまで様々なことに頭を抱えていた気がする。常に見えない不安に襲われ、私がこれから生きる未来は果たして明るいのだろうかと苦しくなる。

 誰にも容易には伝えることのできない秘密が、あった。金木犀の香りを吸い込むたびに、あられもない考えがぐるぐると私の頭の中を駆け巡る。いっそ、消しゴムで消し去ることができたらどんなに良かっただろうか。

 その当時の切なさが、ぐっと押し寄せてくるような文章でした。また違った角度での秋のご紹介、ありがとうございます。

■冷たい風が吹いたから【800文字の短編小説 #9】 / 菅野浩二(編集者&ライター)さん

ノーマンは思い出す。もう十年以上も戻っていないグラスミアにまつわる晴れやかでない記憶だ。二十年ほど前の風の冷たさを、いまだに覚えている。

 また前作とは異なる切り口での短編小説。

 秋の季節に、すれ違う二人の心。きっと、どちらもお互いのことを意識しているのに、あと一歩を踏み出すことができないもどかしさがひしひしと伝わってくる。昔大学で英米文学を専攻していたのだが、トルーマン・カポーティやフィッツジェラルドの文章を彷彿とさせるような、余韻の残る文章でした。

 それにしても、CDではなくてレコードをたしなむところがまたよい。基本的にアナログ的なものが大好きなので、家でレコードを聴きながら大切な人と過ごす時間に強いあこがれを感じてしまう。

 改めて素敵な文章を寄稿いただきまして、ありがとうございます。

■秋色の風景 / しいなさん

 道路沿いのりんご畑に、緑の葉とりんごの赤。
 近所の家の庭に、緑の葉と柿の黄色。
 今日通った道の背の高い栗の木に、茶色く色付いた毬栗いがぐり。

 りんご畑に添えられた、緑の葉とりんごの赤。パッと頭に思い描くだけでも鮮烈なイメージとして描写される。

 自分にとっては当たり前の世界でも、違う誰かにとっては新鮮な景色として脳裏に焼き付く。私たちはみんな違う光景を心に宿して、原風景に浸りながら生きていくのだ。

 きっとこの世界には、私がまだ目にしたことのないものがたくさんあって、その渾然たる事実こそが心を新たな方向に向かわせる。まさしく、私もしいなさんと同じことを思っていただけに、文章を読みながら気が付けば頷いている自分がいた。

 いいな、りんご畑がそばにある風景。たぶんいつか、私がたどってきた田舎の景色も、どうしようもなく懐かしくなる時が来るのだろう。

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 明日は明日の風が、軽やかに流れている。最近私の頭を悩ませていたいくつかの問題も、周りの人たちの支えがあって切り抜けることができた。

 みなさんの秋を楽しむ心に触れることができて、本当にうれしく思います。この企画をきっかけにして、知り合うことができた人もたくさんいて、それがなんだかうれしいと思う今日この頃。

 一緒に企画をしてくれたyuca.さん、そして私たちの企画に寄稿してくださったクリエイターの皆様。本当に素敵な秋を教えてくれて、ありがとうございます。まだまだご紹介できていない作品がございますので、引き続き過ぎ去った秋の余韻に浸っていただければと思います。

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