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2021年を象徴する映画 /『ラストナイト・イン・ソーホー』と『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』から考えるダンディズムへの復讐と終焉
少し前の記事では、2021年ベスト&ワースト10映画を紹介しました。
そのときは個人的なベスト&ワースト10を選びましたが、個人的な好き嫌いは別として、今回は2021年を象徴する作品を2つ選出しました。
それは『ラストナイト・イン・ソーホー』と『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』です。(※注意:この記事はネタバレを多分に含みます、ご注意ください!)
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この2作品から見えてくる2021年を象徴するテーマは「ダンディズムへの復讐と終焉」です。今回はこのテーマでお話します
これも大晦日のYoutube配信で話した内容ですので、動画も見てくれれば幸いでございます(概要欄に目次あり)。
■60sからの逆襲はソーホーから
ここ20年ほど特にハリウッドを中心にMeToo運動が盛んになったころから、ジェンダーや性差を主題にした作品が量産され、その度に「この作品における女性の描き方は、現代に相応しいか?」という議論が巻き起こる。
それは人類の全体の歴史を垣間見ても稀で、かつてないほど性と人権に関する議論がなされる最も文化的に進んでいる時代です(かといって問題は未だに多くありますが)。
『ラストナイト・イン・ソーホー』は、現代と1960年代のロンドンを夢を通して行き来するという異色のファンタジーサイコホラーという作品でした。
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この映画はいかに男社会の構造が性差的であり、それがショービジネス界で女性に隷属的な扱いを強いてきたのかを告発する物語です。
主人公エリーが初めて夢で1965年の世界を訪れた際、映画館のエントランスに『007/サンダーボール作戦』の看板がデカデカと映ります。
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このイギリスを代表する人気スパイ映画シリーズは、長い間女性を軽んじて描いてきた歴史があります。
シリーズ自体が、冷血で非情な暴力世界をテーマにしたハードボイルト小説の流れを組む作品であり、時代の風潮と相まって仕方のないことですが、今改めてS・コネリーや、R・ムーアあたりのボンド映画を観るとかなり女性蔑視的です。
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女性蔑視を平然とやっておきながら、ヒーローとして長年君臨するボンドに対し、この『~ソーホー』において『サンダーボール作戦』の看板を写すのはつまり、60年代におけるボンドのような旧男性社会的な価値観こそ現代で倒すべき敵であり、それは見直すべき悪しき過去の因習、汚点の象徴として暗喩されます。
この『~ソーホー』の冒頭で『サンダーボール作戦』の看板を写すことには、そういった映画史に対しての批判と挑戦が見て取れます。
■衝撃の結末は罪滅ぼし?
対して負の歴史を拭わんと奮闘していた本家007シリーズでも2021年、前代未聞の事態が発生しました。
ダニエル・クレイグ最後の007作品『ノー・タイム・トゥ・ダイ』で、なんと主人公ジェームズ・ボンドが、シリーズで初めて死んだのです!
今まで『二度死ぬ』とか『Tomorrow Never Dies(明日は絶対に死なない!)』とか「Die Another Day (別の日に死にます!)」とか、死ぬのか死なないかハッキリしないボンドでしたが、今回はちゃんと死にます!ケツ毛の一本、精子の一匹たりとも残らないほど徹底的に!
思えば、クレイグ・ボンドは最も感傷的で情動的な男でした。
愛した女性に裏切られても、その愛が本物だったがゆえに葛藤し続ける。そこには国家の威信や男らしさのシンボルではなく、ただ愛に悩みながらも戦う哀しく孤独な男の姿があります。
また象徴的だったのは、女性を助けようと必死だったことです。
両親の復讐に燃える女スパイのカミーユに協力したり、人身売買で買われた元娼婦セヴリンを救うため心の痛みの共感を伝えたり、スペクターから命を狙われている未亡人をCIAに保護させたり、出会う女に度々手を出しながらも力を尽くして救おうとする。
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それはまるで今までシリーズを通して殺してきた、或いは無下に扱ってきた女性への罪滅ぼしであるかのようです。そしてだからこそ、ダニエル・ボンドは最愛の人の死を第一作目から経験し、それに苦悩し、永遠に結ばれないという呪いの如き運命を背負わされて幕を閉じるのです。
それこそが、007シリーズが辿ってきた長い負の歴史がもたらした、現代社会への贖罪の形であり、そこに追い打ちをかけるかのように『~ソーホー』が60年代からタイムスリップして、ボンドにトドメを刺しに来る!(しかも、トドメを刺したのがボンドと結婚した唯一の女テレサ役のダイアナ・リグ!笑)
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ただ本当に素晴らしいのは、ジェンダー、人種、ルッキズム、あらゆる表現が歴史上類を見ないほど多様化した観客の厳しい目と、イギリスが世界に誇る娯楽作であるというプレッシャーの二重苦を抱えながらも、第一作『カジノ・ロワイヤル』の大ヒットから、サム・メンデスの手掛けた芸術的な『スカイフォール』を経て、シリーズは伝説的な5部作として完結したことです。
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2021年『最後の決闘裁判』『スワロウ』『マトリックス:レザレクションズ』などなど色々な時代と舞台を描きながら、性差に対する認識や価値観に変化をもたらそうとする上質な作品が多かった印象です。
その最中『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』と『ラストナイト・イン・ソーホー』は間違いなく2021年を象徴する「ダンディズムを終わらせた」二作として象徴的なものだと感じます。
この二作を経て、次回のボンドがどう表れ、エドガー・ライトは何を描き、映画という娯楽と社会がどう変わっていくか、非常に楽しみでなりません。