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『信長のキャディー』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

あらすじ
 
ある日突然、世界各地のゴルフを楽しむ者たちにある不思議な力が目覚める。それは歴史上の傑物を召喚する力だ。岐阜県のゴルフ場でバイトする少年、小森美蘭もその力を意図せず行使してしまう。結果、呼び出されたのは、あの織田信長だった。
 信長はゴルフに興味を示し、初心者とは思えない力強く巧みなプレーを見せる。世界各地で同じような現象が見られたことを受け、世界ゴルフ連盟は迅速な対応をみせる。それは世界史上の傑物によるゴルフトーナメント、『マスターピース』の開催である。
 信長は美蘭に告げる。「お蘭、“きゃでぃ”をせい
 傑物たちがゴルフという競技を通じて、夢の対戦!

本編

「……!」
 ある晴れた日の早朝、岐阜県にあるゴルフ場、『天下布武カントリークラブ』のコースに快音が鳴り響く。快音を響かせた主はゴルフクラブを持った中性的な容姿の美少年だ。
「へへっ! ナイスショット!」
 少年は自らの鼻の頭をこすりながら自画自賛をする。少年の振るったクラブから放たれたゴルフボールは緑鮮やかなフェアウェイを真っ直ぐに飛んでいく。少年は満足気にそれを見つめる。
「……ん?」
 空中を飛んでいたボールの先に一瞬、紫色と黒色が混ざりあった色をした霧のような空間が生じ、ボールはそこに吸い込まれて消えてしまう。
「えっ!?」
 少年は我が目を疑った。しかし、わずかその数秒後に、地上――本来のボールの落下点――に近い位置でまた同じような霧のような空間が生じ、そこでゴルフボールと一緒に立派な真っ黒い甲冑と真っ赤なマントに身を包んだちょんまげの男性が落下してきた。
「ぎゃん!」
「え、ええっ!?」
 少年は再度、驚きの声を上げる。
「……む、むう……」
「……はっ! だ、大丈夫ですか!?」
 少年は男性のもとに駆け寄り、声をかける。
「……だ、誰じゃ! この儂をこの白い球で撃ったのは!?」
 仰向けに倒れていた男性がカッと目を見開き、ゴルフボールをギュッと握ってガバッと起き上がる。
「う、うわっ!?」
 少年が驚いて尻餅をつく。
「杉谷某の亡霊か!? おのれ! ひっとらえて八つ裂きにせい!
 男性が勢いよく立ち上がり、甲高い声で叫ぶ。
「ええ……?」
「うん……?」
 男性と少年の目が合う。
「え、えっと……」
「……どうしたお蘭、その珍妙な恰好は?」
「お、お蘭?」
「髪も切ったのか? いつの間に……」
 男性が首を傾げる。
「えっと……お蘭とは誰のことですか?」
「何を寝ぼけたことを……お主のことであろうが、森蘭丸よ」
「も、森蘭丸? 僕は小森美蘭(こもりみらん)ですけど……」
「……」
「………」
「……お主、誰じゃ!?」
「い、いや、それを聞きたいのはこっちの方です! だ、大体、駄目ですよ! コース内に勝手に入ってしまっては!」
「……ここはどこじゃ?」
 男性が周囲を見渡して尋ねる。美蘭と名乗った少年が呆れ気味に答える。
「どこって……ゴルフ場ですよ」
ごるふ城? どこの城じゃ?」
「はい? 城?」
「……岐阜城ではないのか?」
「岐阜城はもっと南の方ですよ? ああ、ひょっとして……『岐阜城を沸かせ隊』の方ですか?」
「……なんだ、その隊は……信忠が作らせたのか?」
「え? 岐阜城とかで観光客の方と交流しながら地元の活性化と歴史文化を伝えていく隊ですよ」
 美蘭の説明を聞いて、男性が目を細める。
「歴史文化じゃと……?」
「は、はい……」
 男性が顎をさすって、少し考えてから口を開く。
「……偽者のお蘭よ」
「偽者って! 本物の美蘭です!」
「今は天正何年じゃ?」
「は? て、天正? 今は令和六年ですが……」
「令和? 天正十年ではないのか?」
「天正十年……せ、西暦1582年!?」
 ポケットからスマホを取り出して検索した美蘭が表示結果を見て、素っ頓狂な声を上げてしまう。男性が腕を組んで頷く。
「やはり時を跳んだのか……」
「さ、察しが良いですね……」
「お主の反応を見れば分かる……その妙なからくり板を取り出したことも含めてな……で?」
「え?」
「今はその……西暦何年じゃ?」
「……2024年です」
「……ふむ、ざっと四百年後か……」
 男性が再度頷く。
「あ、あの……」
「なんじゃ?」
「あまり驚いていないみたいですね……」
「この程度のことでいちいち動揺していては天下布武などままならんわ」
「て、天下布武? あ、あなたのお名前は……?」
織田信長である……!」
「え、ええ~!?」
 美蘭が驚く。大きな声がゴルフ場にこだまする。それから、約二ヶ月の時間が経過し……。
「……ふん!」
「ナイスショット!」
 信長は現代にわりと素早く馴染んだ。


「ふう……」
「信さん、今日も絶好調ですね!」
 練習を終えて、クラブハウスで休んでいる信長に美蘭が声をかける。
「ふむ、当然じゃ……」
 信長は頷く。ちょんまげ頭は相変わらずで、ゴルフウェア姿にマントを羽織っているといういささか珍妙な恰好ではあるが、ビールジョッキを片手にチェアに腰かけている様は、すっかり現代人である。ちなみにビールはノンアルコールビールだ。
「失礼します……」
 美蘭が向かいの席に腰をかける。信長がジョッキをテーブルに置いてしみじみと呟く。
「……甲州征伐に向かう信忠を激励してやろうと、岐阜城に向かう途中、どこからともなく飛んできた白い球にぶつかった時は、一瞬どうなることかと思ったが……」
「う……す、すみません……」
 美蘭が頭を下げる。信長が笑みを浮かべて応える。
「悪気は無かったのであろう。謝る必要はない。それに……」
「それに?」
「『ゴルフ』という誠に面白いものに出会えた……」
「信さんがゴルフの筋が良いのは驚きでした」
「お主の教え方が上手いからじゃ」
「いやあ、まだまだアマチュアの身ですから……」
 美蘭が照れくさそうに自らの後頭部をポリポリと搔く。
「ふっ……」
 信長がポケットからスマホを取り出して、手慣れた様子で操作を始める。シュールだが、もはや見慣れた光景だ。
「あ、あの……」
「なんじゃ?」
「信さんって普段スマホで何しているんですか?」
「もっぱら『インスタグラフ』の更新じゃな」
「よ、陽キャだな……!」
「それがどうかしたか?」
「えっと……ご自分のこととか気にならないんですか?」
「それは……エゴサーチというやつか?」
「え、ええ……」
 美蘭は躊躇いがちに頷く。
「実は一度だけやってみようとしたのじゃが……」
「ほ、ほう……」
悪口が多そうなので途中で止めた
「や、止めたんですか!?」
「ああ、『魔王』とかなんとか書かれているんじゃぞ? あんなものにいちいち目を通していたら心が参ってしまうわ」
「魔王はご自分で書いたんじゃないですか?」
「あれは信玄の坊主が、『天台座主沙門信玄』とかいう署名入りの書状を寄越したから、『第六天魔王』と返しただけじゃ……まったく、単なる戯言を真に受けおって……」
 信長がぶつぶつと言いながら、テーブルの上に置かれたパフェをスマホで角度を変えて何度か撮影する。インスタ映えを気にする第六天魔王。
「で、でも……」
「うん?」
「情報の収集は必要なんじゃないですか? 今の世の中、情報弱者はあっという間に淘汰されてしまいますよ?
「ほう、言ってくれるのう……」
 信長がひげをさすりながら苦笑する。そこにテレビからの音声が聞こえてくる。信長たちの隣の席に座った初老の男性がテレビを点けたのだ。
「え~緊急特集です。今年に入ってから、突然、世界各地のゴルフ場でゴルフを楽しまれている方々にある不思議な力が目覚め始めたという報告が相次いでいます」
「!」
「その不思議な力というのは……まずは歴史上の傑物を召喚する力です」
「!!」
 美蘭が立ち上がって、テレビの方に近づく。
「きっかけなどは実に様々なのですが、主にゴルフ場で働いていらしゃる若い男女がこの力の他なる部分に目覚め始めているようです」
「他なる部分とは具体的には?」
 アナウンサーに対し、この番組のメインMCの男性が尋ねる。
「詳しいことはまだはっきりとはしていないのですが……」
「うんうん」
「その……歴史上の傑物を召喚してしまった人、あるいはそのきっかけを作った人……彼らが傑物を御することも出来るし、傑物のケタ外れの力を存分に引き出せるようになっているそうです
「それは……!」
 美蘭が信長に視線を向ける。確かに自分のゴルフに関する教えは素直に聞いてくれていた。そして、自分が休みの日などは大体散々なプレーだということを他の方からも聞いている。テレビではMCが口を開く。
「世界各地に現れた傑物さんたちってさ~」
「はい」
「皆さん、ゴルフにハマってらっしゃるんでしょう?」
「そのようです」
「ってことはあれですよね? 傑物さんとそれを召喚した方……もうこれから一蓮托生って感じじゃない?
「い、いや、さすがにそこまでは……」
 テレビに視線を戻した美蘭が苦笑する。
「そこでさきほど入った緊急ニュースです……!」
「え?」
 アナウンサーの言葉に美蘭が反応する。視線をテレビに向ける。
「世界中に召喚された傑物たちは皆揃ってゴルフに興味を示し、各々初心者とは思えないほど力強く巧みなプレーを見せています……よって、世界ゴルフ連盟は、その傑物たちによるゴルフトーナメント、『マスターピース』の開催を決定しました!」
「!?」
「おおおー!」
 MCやテレビ番組の他の出演者が声を上げる。
優勝賞金は5億ドル! 日本円で約800億円です!
「うおおー!!」
「傑物の方と、それを召喚した方が必ずキャディーに付くのがほぼ唯一の参加条件だそうです……」
「へえ、どこのコースでやるのかな?」
「その辺ですがまだ発表されておりません……」
「誰が出るのかな?」
「各々の国内でのラウンドを予選のようなものと見立てて行うようですね。あくまでも目安の一つに過ぎないとのことですが……そこら辺でのプレー振りなどを判断し、招待選手を決めるとか……」
「いや~マスターピース、楽しみですね~」
 MCの楽しそうな声とは裏腹に、美蘭はガクッと膝に手をつく。
「……信さんだけじゃなかったのか……情報弱者は僕だったか……ははっ」
「……おい」
「え? ぶわっ!?」
 振り返った美蘭にクラブが入ったゴルフバッグが突きつけられる。
お蘭、”きゃでぃ”をせい
「い、いや、そう言われてもですね……」
「……賞金が欲しくはないのか?」
「! そ、それは……欲しいです、むちゃくちゃ!」
 美蘭の素直な言葉に信長が笑みを浮かべる。
「結構……それでどうすればよい?」
 美蘭がスマホで調べる。
「えっと……あった、『マスターピース』! 昨日から公式サイトが立ち上がっていたのか……なになに……『まずは他の傑物をマッチプレーで倒せ……さすれば、マスターピース出場へと近づくであろう……』……な、なんだよこの曖昧な大会要項は……
「……大体分かった」
「ほ、本当ですか!? 信さん!?」
「まずはこの日ノ本の国で儂のような境遇の奴を見つけ次第負かしてしまえば良いのだろう?」
「ま、まあ、そんな感じではありますね……」
「では、早速行くとするか……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 戦うべき相手がどこにいるかも分からないのに……」
「織田の若造! 勝負せい!」
「ええっ!?」
 クラブハウスの外から大きな声が聞こえてくる。驚く美蘭とは対照的に信長はニヤリと笑う。
「向こうからやって来てくれるとは……手間が省けるのう……」
 信長と美蘭が外に出ると、そこには二人の男性が立っていた。一人は普通の恰好だが、もう一人はマロ眉、お歯黒、薄化粧をして烏帽子を被り、ゴルフウェアを着た珍妙な恰好である。その人物はふっと笑みを浮かべて呟く。
「貴様が織田の若造だな……こうして対面するのは実は初めてか……」
「信さん……お知り合いですか?」
 信長が首を傾げる。
「……いや、まったく知らん」
「なっ!?」
「どこの公家だ?」
「公家ではない! 儂は武家の者である!」
「武家?」
「わ、分からんのか?」
「生憎……」
「う、うぬに恨みを持っておる者じゃ!」
数が多すぎて分からん
「なっ!?」
 マロ眉は面食らう。美蘭が苦笑する。
「信さん……」
「ほ、本当に分からんのか?」
「ああ、人を若造呼ばわりするわりには儂よりもいくつか若そうじゃが……聞いてやるからさっさと名乗れ」
「わ、儂は今川義元である!」
「!」
「ええっ!?」
桶狭間ではうぬに手痛い目に遭わされた……!」
「そういえば、思い出した……首実検で見た顔だ……待て、うぬが何故ここにおるのじゃ?」
「そ、それは儂にも分からん……!」
「……?」
 首を捻る信長の横から美蘭が口を開く。
「……パラレルワールドみたいなものかと……」
「……どういうことじゃ、お蘭?」
「ぼ、僕も上手くは説明出来ませんが……同じような世界でも、今ここにいるお二人は違った線の上を辿ったのではないかと……」
「違った線の上?」
「はい、桶狭間の戦いで勝利した信さん、こちらの今川義元さんは、桶狭間の戦いで戦死はなんとか免れた今川義元さん……」
 美蘭が二人をそれぞれ指し示す。信長はひげをさすりながら頷く。
「ふむ、なんとなくじゃが……」
「分かってくれました?」
よく分からんことがよく分かった
「ははっ、で、ですよね~」
 美蘭が再び苦笑する。信長が今川義元と名乗ったマロ眉に問う。
「……して、いずれにしても負け犬が何の用じゃ?」
「ま、負け犬!?」
「事実であろう。手痛い目に遭ったと申したではないか、うぬも桶狭間では敗軍の将の道を辿った……そうであろう?」
「ぐっ……」
「違うか?」
「ああ、その通り! だが、いったい何の因果か、こうしてこの令和の世で再び相まみえた!」
「ふっ、奇妙なものよのう……」
 信長が笑う。
「織田信長! ゴルフで勝負じゃ!」
 義元が信長を睨み付けてビシっと指差す。
「受けて立ってやる……!」
 信長が義元をキッと睨み返す。織田信長と今川義元が再び戦うこととなった……ゴルフのマッチプレーで。
「ふん!」
「ナイスショット!」
 信長のティーショットが見事に決まる。遠くまで飛んだボールはフェアウェイのど真ん中にピタリと落ちる。
「ふむ……」
「良い位置ですよ!」
 美蘭が声をかける。ついで、義元がティーショットを放つ。綺麗なスイングから放たれたボールはなかなか良い方向に飛んだが、飛距離では信長にはるか及ばない。信長が鼻で笑う。
「ふっ、そんなものか……」
「……それなりに飛距離は出せるようじゃが、ゴルフは飛距離がすべてではないぞ
 義元が応える。信長が苦笑する。
「はっ、知ったような口を……ピンからはうぬの方が遠い。うぬが先じゃ」
「……見せてやろう……格の違いというものを……!」
 義元が正確かつ強力なショットでグリーンに乗せるだけでなくピン側にピタリと寄せる。美蘭が驚く。
「なっ!? パー4のコースで2打目でピン側に寄せた? バ、バーディーチャンスだ……」
「ふん……」
 信長の2打目はややグリーンをオーバーしてしまう。3打目でピンの近くに上手くアプローチして、4打目を穴にカップイン。パーを取ったが、義元は3打目を確実に入れてバーディー。1ホール目からいきなり義元が1打差のリードとなる。
「ははっ、幸先が良いのう……」
「……」
 この後のホールも義元がバーディーやパーを取っていく。対して信長はショットが全体的にやや乱れ、いくつかボギーを取ってしまう。バーディーもいくつか取ったため、なんとか食らいついてはいたが、義元が2打差のリードのまま、終盤に入る。
「せ、正確なプレーぶりだ……初めてのコースなのにここまでやるとは……」
 思わず感嘆の声をもたらす美蘭に義元が反応する。
「小僧、儂を誰だと思っておる? 『海道一の弓取り』と謳われた、今川義元であるぞ? ゴルフくらい、なんということはないわ……」
「ううっ……」
「お蘭、相手にするな、それより次のホールじゃ」
「え、ええ……次はパー5のロングホールです」
「ロングホール……」
「ここでバーディーは取りたいところです。でも、信さんはここのホールは得意としています。落ち着いて行けば大丈夫です……」
 まず義元がティーショットを打つ。長いフェアウェイの中間地点よりもやや手前にボールを落とした。堅実な攻め方である。
「ふむ……ふん!」
「ああっ!?」
 信長のティーショットが思ったよりも勢いよく飛び、ボールがフェアウェイとグリーンの間にあるやや広い池に落ちてしまう。『池ポチャ』である。義元が高らかに笑う。
「はははっ! 力み過ぎじゃ!」
「の、信さん……ドンマイです」
「次は3打目か?」
「え、ええ、ペナルティーで+1打となってしまうので……」
 信長の問いに美蘭が頷く。義元が2打目を放つ。池の手前に落ちる。これまた堅実な攻め方である。義元が信長の方を向いて、聞こえるように話す。
あの日の桶狭間は雨じゃったな……
「………」
「兵力で劣るうぬらのほとんど奇襲に近いような攻撃で我が軍は敗れたが……今回はそうはいかん」
「…………」
「儂が勝つ……!」
 義元が3打目も正確なショットでピンの近くに寄せる。バーディーチャンスである。美蘭が顔をしかめ、小声で呟く。
「ここで離されるとマズいな……なんとかパーで切り抜けたい……」
「お蘭」
「は、はい!」
「池の手前から打っても良いのであろう?」
「は、はい……でもそこはラフ……草が生えていて打ちにくいですよ。もううちょっと後方のフェアウェイから打った方が……」
「いや、ここで良い……」
「し、しかし……」
「良いから7番アイアンを寄越せ」
「な、ななばぁん!?」
 美蘭が驚きの声を上げる。
「そうじゃ」
「い、いや、ラフから打つなら、8番アイアンか9番アイアンの方が……」
「7番じゃ。もっとも扱いやすいからな」
「た、確かに初心者がよく使うやつですけど……」
「早くしろ」
「は、はい……」
 美蘭がクラブを手渡す。信長が3打目を放つ。
「むん!」
「!?」
「なっ!?」
 美蘭と義元が驚く。ラフから難なく抜け出しただけでなく、池も越えて、グリーン上で何度か弾んだ後、カップインする。
「イ、イーグルだ!」
 美蘭が声を上げる。
「……桶狭間は奇襲であって、奇襲にあらず……」
「……なに?」
 義元が信長の言葉に反応する。
「あの時点での儂にとってはあれが正攻法じゃ……」
「! ま、まさか……池にわざと入れたというのか? 3打目をピンに向かって真っすぐに打てる位置に置けるから……」
「そうじゃと言ったら?」
 信長が義元に向かってニヤリと笑う。
「あ、ありえん……!」
 義元は動揺したのか、その後のバーディーパット、続くパーパットも立て続けに外し、この日初めてのボギー。信長が1打差で逆転する。結局その差は最後まで埋まらず、信長の勝利となった。
「や、やったあ! 信さんの勝ちだ!」
 美蘭が喜ぶ。
「ま、まさか……」
 信長がガックリと肩を落とす義元に声をかける。
「義元……」
「信長……」
「うぬを桶狭間で倒したことにより、儂の名は天下に轟き、運が大きく開けた……その後はこの地……美濃を取り、地名を岐阜と改めた……」
「! 聞き覚えの無い地名だと思ったが、うぬが変えたのか!? ま、まるで天下人のような振る舞い……」
「『天下布武』を唱え、この岐阜の地から天下のほとんどを平らげることが出来た……」
「て、天下布武……」
「今回もそうさせてもらう。武ではなく、ゴルフでだがな……
 信長がクラブを片手にニヤッと笑う。
「!!」
此度も踏み台の儀、誠にご苦労である……
 信長はマントを悠然と翻して、その場を堂々と後にする。


 





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