『からくり始末記~零号と拾参号からの聞書~』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
「何故そうしなかったのですか?」
「そ、それは……け、決意が固まらなかったというか……」
「ふむ……」
中年の女性が口を開く。
「な、何よりお店で刃傷沙汰など……ご迷惑がかかってしまいます……」
「随分とお行儀が良いことで……」
「なっ⁉」
「そんなことを考えているなんて随分と余裕がありますね」
「ふ、不意打ちなど、夫の名誉に関わります!」
「……それで機を逸してしまってはどうしようもない……」
藤花が首を左右に振りながら、苦笑を浮かべる。
「む、むう……」
「なりふり構わずに行動すれば、勝機があったかもしれないというのに……まあ、それでも万に一つでしょうが……」
「ま、万に一つ?」
「ええ、あんなむき出しの殺気ではやれるものもやれませんよ」
「む、むき出し……」
「もうビンビンと感じましたよ」
若い女性が口を開く。
「そ、そのわりにはあの男は驚いていたようでしたが……」
「気付いていたと思いますよ。まさかここまで稚拙な相手が自分に対して向かってくるとは思わなかったのでしょうけど」
「ち、稚拙……」
「妹さん」
「は、はい……」
一番若い女性が反応する。
「亡き御父上とあの浪人との力量差は知りませんが、貴女たちとあの浪人との力量差ははっきりとしています。向かっていっても返り討ちに遭うのが関の山です……」
「で、でも……!」
「でももヘチマもありません。ここは大人しく故郷に戻って、お父上の菩提を弔うのが利口というものです」
「あ、仇討ちを果たすまでは帰れません!」
「それはまた難儀なことで……」
「あ、貴女は一体なんなのですか⁉」
「失礼、通りがかりの野次馬です……」
藤花が立ち上がってその場から離れようとする。楽土が声をかける。
「と、藤花さん……」
「なんですか?」
「良いのですか? それがしたちならば……」
「先を急ぐのではないのですか?」
「そ、それは……」
「ふっ……」
「?」
藤花が笑う。それを見て楽土が首を傾げる。藤花が振り向いて声をかける。
「こちらの殿方が代わりに仇を取ってくれるそうです」
「え⁉」
「お任せいただいてもよろしいですね?」
藤花の突然の申し出に中年の女性が戸惑う。
「ひ、人様の手を借りるというのは……」
「人ではないから大丈夫ですよ」
「は、はい?」
「いいえ……とにかく言わなければお国にはバレません。よろしいですね?」
「……お、お願いします」
中年の女性が楽土の立派な体を見て、了解する。藤花が立ち上がって年老いた女性に問う。
「あの浪人はどこに行ったのか分かりますか?」
「この近くの廃寺を賭場にしている連中がおりまして……そこの用心棒かと……」
「賭場……それはまた結構……分かりました……お三方、あそこの馬を見ていてくれますか? ささっと終わらせてきます。楽土さん、参りましょう」
「こ、これは……乗せられてしまったか……?」
先を歩く藤花の背中を見ながら楽土が呟く。
「さあ、丁か半か、張った張った!」
「丁!」
「半!」
威勢の良い掛け声が飛び交う。
「コマが出揃いました」
「……よござんすね?」
「……」
「勝負!」
「!」
「……ピンゾロの丁!」
「よしっ!」
「うわあ……」
悲喜こもごもの声が廃寺に響き渡る。
「……ふふっ、なんとも楽しそうなことで……」
藤花がそこにふらりとやってくる。入口で見張りの者が止める。
「待ちな」
「はい?」
藤花が首を傾げる。
「姉ちゃん、何の用だ?」
「まさかお参りに来たわけではありませんよ」
「賭けに来たのかい? 俺が言うのもなんだが、感心しねえな……」
「あらま、それはどうして?」
「何もこんな法度破りなところにこなくても良いってこったよ」
「そうですか?」
「そうだよ、姉ちゃんならもっと稼ぎようはあるだろうが」
「特に入り用というわけではないのですがね……」
「だったら尚更だ」
「他の用事があるのです……」
「他? !」
見張りの者が首筋を抑えて倒れ込む。針が刺さっている。藤花の放ったものだ。
「……法度破りだと承知しているのなら、処分されても文句は言えませんね……」
「お、おい!」
「なんだ?」
「あ、あれ……」
「む!」
入口近くにいた者たちが見張りの者が倒されたことに気が付く。
「あらら……」
「なんだ、姉ちゃん⁉」
「何をしやがった⁉」
「三下に用はありません」
「ああん⁉」
「なんだと⁉」
「はあ……」
「がはっ!」
「ぐはっ!」
藤花が軽く髪をかき上げると、二人の男が倒れる。そのまま藤花はずかずかと賭場に上がり込む。賭場にいた大勢の人の視線が集中する。
「これはこれは……だいぶ繁盛しているようで……」
「な、なんだ、姉ちゃん⁉」
「勝手に入ってくんな!」
「お邪魔します……」
藤花が軽く頭を下げる。
「挨拶すりゃ良いってもんじゃねえよ!」
「あら、そうなのですか?」
「ここには紹介が無ければ入れねえよ!」
「紹介?」
「ああ、誰かの知り合いの紹介か?」
「そんな知り合いはおりません」
「だったら駄目だ! 帰んな、帰んな!」
「生憎、そういうわけにも参りません……」
「あん?」
「賭けにきたわけではありませんので……」
「なんだと? 冷やかしか?」
「いいえ……」
「おい、つまみ出せ!」
「へい!」
ガタイの良い男が藤花の前に立つ。
「……!」
「ぎゃあっ!」
ガタイの良い男が崩れ落ちる。右手の爪を長く伸ばして、鋭く尖らせた藤花が呟く。
「荒らしに参りました……」
「! な、なんだ、どこのもんだ、てめえ⁉」
「どこでもよござんしょう?」
藤花が笑みを浮かべながら答える。
「な、殴り込みだ、たたっ殺せ!」
血相を変えた賭場の博徒たちが藤花に迫る。
「おらあっ!」
「ふん!」
「ぐえっ⁉」
藤花が自らの左側から迫ってきた男の首に右手の爪を突き立てる。
「この!」
「はっ!」
「ぶえっ⁉」
藤花が自らの右側から迫ってきた男の首に左手の爪を突き立てる。藤花は両手を交差させたような恰好になる。
「……むん!」
藤花が両手を引っ張り、それぞれの首に突き刺さっていた爪を引き抜く。男たちは血しぶきを上げながら倒れ込む。
「ひ、ひええ!」
それを見た賭場にいた客たちが慌てて逃げ出そうとする。藤花はそれを冷ややかな目で見つめながら、淡々と呟く。
「まともに働かずにこんなところに出入りするような連中……まとめて始末してしまっても良いのですが……楽土さん」
「はい!」
「へっ⁉」
「うおおっ!」
「ごはあっ⁉」
楽土が次々と体当たりをかます。逃げ出そうとした客たちはその体当たりを食らって、派手に吹っ飛ばされて、皆が気を失う。
「目が覚めたころにはお役人のお世話になるでしょうね……頭を打って私らのこともきれいさっぱり忘れてくれれば良いのですが、そういうわけにもいきませんか……まあ、罪人の言うことをまともに取り合う人もそうはいないでしょう。さて……」
「くっ、先生! 先生!」
「……ふん」
浪人がゆらりと賭場に現れる。藤花が笑顔になる。
「ああ、貴方を探していたのです……」
「なんだおのれは? あの母娘の差し金か?」
「まあ、そんなところです」
「そのようなおもちゃで俺を殺せると思うな……」
「ふっ……痒い所に手が届くので重宝するのですよ?」
血の付いた長い爪をかざしながら藤花が笑う。
「痒みの心配をしないようにしてやる……!」
「せいっ! ていっ!」
「むん! むん!」
藤花の繰り出した攻撃を浪人は巧みに受け止める。藤花は目を丸くする。
「ほう……今のを防ぎますか……」
「軌道が少々妙だが、見切れないことはない……」
「思った以上にやりますね……」
「遊びに付き合う義理はない……終わらせる!」
「藤花さん!」
「なっ⁉」
浪人と藤花の間に入った楽土が盾をかざし、浪人の攻撃を防ぐ。浪人の刀が折れる。
「それっ!」
「がはあっ⁉」
楽土の影から飛び出した藤花の攻撃を食らい、浪人は体から血しぶきをあげて仰向けに倒れる。藤花はポンと拍手して、爪の長さを元に戻す。
「……その腕前があれば、どこかの藩に召し抱えられただろうに……もったいない」
「ぐえっ⁉」
藤花は髪をかき上げ、逃げようとした残りの博徒たちを針で射抜く。
「……藤花さん」
「ああ、楽土さん、助かりましたよ……剣先の動きに合わせて盾を的確にぶつけて、刀を折ってしまうとは……見事な離れ業ですね」
「……それがしを試しましたね?」
「? はて、なんのことやら……!」
藤花は首を傾げながら、倒れていた浪人の血に染まった着物を脱がす。
「何を?」
「あの母娘に報告するのです。首なんて持っていったら、卒倒してしまうでしょう? 家紋の入った血染めの着物を見れば、仇討ちが成ったと分かってくれます」
「なるほど……」
「ああ、これは持っていって下さい……私は別のものを持っていきます……あった、あった」
「え? そ、それは銭……」
「ただ働きというのも癪なので……これくらい貰っていっても罰は当たらないでしょう?」
「な、なんと……」
両手にずっしりと銭の入った袋を持った笑顔満面の藤花を見て、楽土は戸惑う。