『からくり始末記~零号と拾参号からの聞書~』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
弐
「仙台ですか……」
「うん、うん……」
「この季節は良いかもしれませんね」
「うん……」
「まだ桜が見られるかも……いや、さすがに遅いですかね」
「ん……」
「食べ過ぎじゃないですか⁉」
楽土が声を上げる。藤花が何皿めかの団子を食べ終える。
「……普通ですよ」
「いいや、普通じゃないですよ! 何皿平らげたんですか?」
「十皿目からは数えていないですね」
「ええ……」
「ご心配なく」
藤花が右手の掌を広げて、前に突き出す。
「え?」
「それくらいの持ち合わせはあります。十分に路銀はもらってますので」
「路銀の意味、分かっていますか?」
「食事代も入るでしょう」
藤花がややムッとしながら答える。
「限度というものが……」
楽土が頭を軽く抑える。
「難儀なもので、こういう体でもお腹は空くのです。楽土さんは違いますか?」
「いや、それがしにも食欲はありますが……やはり限度がありますよ」
「腹が減ってはなんとやらと言うでしょう」
「しかし……」
「ここのお団子が美味しいのがいけないのです!」
藤花が机をドンと叩く。
「や、八つ当たり⁉」
楽土が困惑する。周囲の注目が集まる。藤花が頭を下げる。
「失礼、お騒がせしました……ほら、楽土さんも謝って」
「な、なんでそれがしが⁉……どうも失礼を致しました」
楽土が周囲に向かって、丁寧に頭を下げる。
「……お茶をどうぞ」
年老いた女性がお茶をそっと二杯置く。藤花が礼を言う。
「ありがとうございます……」
「いいえ……お嬢さん、随分とまたお召し上がりになりましたね、びっくりしましたよ」
「そうですか?」
「ええ、この店を開いてからもう五十年近いのですが……こんなにお召し上がりになるのは女の方では久しぶりです」
「へ、へえ……」
「あれはまだ戦国の世だった頃でしょうか……ちょうどこれくらいお召し上がりになった娘さんがいましたね……」
「ふ、ふ~ん……」
「ただね、ゴタゴタと騒ぎがあって、食い逃げに近い形になってしまったのですよ……なんだか雰囲気が似ているような……」
「ごほん! ごほん!」
藤花がむせる。年老いた女性が慌てる。
「ああ、早くお茶を……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。美味しいのでつい食べすぎてしまいました」
「それはありがとうございます……あ、ご注文? ただいま参ります……」
年老いた女性がその場を離れる。楽土が呟く。
「食い逃げはマズいですよ……」
「ひ、人違い、もとい、人形違いです……」
「本当ですか?」
楽土が冷ややかな視線を向ける。
「た、多分……」
「多分って」
「違うんじゃないかな?」
「違うのですか?」
「まあ、ちょっと覚悟はしておいてください」
「なんの覚悟ですか……」
「と、とにかく、ちゃんとお代は支払いますよ」
藤花が懐から取り出した袋をチラッと見せる。
「それなら良いのですが……」
「お茶を頂いたら失礼しましょう」
「……仙台ならば海路もあったと思うのですが……」
「急ぎの旅でもありません、それに船上で襲われたりしたらちょっとばかり面倒です」
「……妨害はありえますか?」
「恐らくは」
「それこそのんびりしていられないのでは?」
「慌てても良いことはないです。一休み、一休み」
「はあ……」
「すぐに仙台藩に入るのも危ないです。情報収集しつつ、ゆっくりと北上します」
「ふむ……」
「ご納得頂けました?」
「もう一つよろしいでしょうか? 何故仙台に?」
「特に理由はありません」
「ええ……?」
「冗談です。外様大名の中では油断出来ない家の一つですからね。それに……」
「それに?」
「かの独眼竜が開発したとかしないとか言われている『ずんだ餅』というのを食してみたいと思いまして……なんでも枝豆を使っているとか……」
「……食い逃げは駄目ですよ」
「しませんよ!」
楽土のからかいに対し、藤花が声を上げる。
「ありがとうございました~」
藤花たちが団子屋から出る。
「行きましょうか」
楽土が馬を繋いでいるところに向かう。藤花が声をかける。
「少しお待ちを」
「え?」
「ゆるりと参りましょう」
「ええ……」
楽土が戸惑う。
「期限が決まっているわけではないので……」
「はあ……」
「別に何か月かかっても構わないのです。何だったら十年後でも良いのです」
「い、いくらなんでも……!」
「ふふっ、冗談です」
「わ、笑えませんよ……」
「お役目的には気が気でありませんか?」
藤花がいたずらっぽい視線を楽土に向ける。
「そ、そういうわけではありませんが……」
「それならば、もっと私の尻を叩かないと……」
「い、いや、叩くって……」
「……物の例えですよ」
藤花が冷ややかな目で楽土を見つめながら、自らの尻を隠す。
「わ、分かっていますよ!」
「楽土さんに叩かれたら、壊れてしまいそうです……」
「叩きません!」
「冗談です。ふふふ……」
「からかわないで下さい」
「ごめんなさい、最近笑っていなかったもので……」
「はい?」
「最近というか……この体になってからまともに笑ったことあったかしら……」
藤花が木の切り株に腰を下ろし、遠い目をする。
「……」
「楽土さんは?」
「え? そ、それがしですか? さあ、どうでしょう……考えてみたこともないので……」
「ちょっと考えてみて下さい」
「う、う~ん……」
楽土が腕を組んで考え込む。
「…………いかがです?」
やや間を空けてから藤花が尋ねる。
「……難しいですね」
「例えば……お坊さんが自分で裾を踏んで転んだのを見たら?」
「くすっとします」
「偉そうにふんぞり返っている商家の旦那の頭に鳥の糞が落ちたら?」
「ふふっとなります」
「戦場で敵方を、尻を叩いて挑発していた足軽の尻に矢が刺さったら?」
「なんですか、その例えは⁉」
「ガハハハッ!とはなりません?」
「なりませんよ、むしろ心配になります」
「そうですか……大笑いをするということは無いのですね?」
「そ、そうですね、ここ最近はそれがしのみで行動することが多かったので……」
「誰かとお話するのも久しぶり?」
「そういうわけでもありませんが、真面目な話が多いですね……」
「ふ~ん……」
藤花が腕を組んで頷く。
「そろそろ行きませんか?」
「まあまあ、慌てない……せっかくの二体連れ立っての旅です。楽しく参りましょう。私たちはまだ笑うことが出来るのですから」
「笑うことが出来る……」
「そう……というわけで、何か面白いことを言って下さい」
「ええっ⁉」
楽土が驚く。
「笑い合って、楽しい旅にしましょう」
「そ、それは無理難題ですよ……ん?」
楽土が困惑しながら団子屋に目をやる。
「ありがとうございました~」
「うむ……」
団子屋から中年の浪人が出てくる。
「待ちなさい! 父上の仇!」
団子屋から飛び出してきた三人の女性が浪人を呼び止める。
「おや、言っている側から何やら楽しそうなことが……」
「いや、絶対に楽しくはないでしょう……!」
藤花の言葉を楽土は否定する。
「む……?」
「はあ!」
中年の女性が刃物を持って浪人に襲いかかる。
「ふん!」
「うっ⁉」
浪人が刃物を叩き落とし、腹に拳を入れる。
「は、母上! お、おのれ!」
今度は若い女性が刃物を手に浪人に襲いかかる。
「むん!」
「ぐうっ⁉」
浪人が女性の突進をかわし、背中を叩く。
「あ、姉上! お、おのれ!」
もう一人の若い女性が刃物を掲げながら浪人に襲いかかる。
「ぬん!」
「むぐうっ⁉」
浪人が刃物を巧みに奪い取り、足をかけて転ばせる。
「なんだ、おのれら……?」
浪人が刃物を投げ捨てて尋ねる。
「お、お前に殺された者の女房と娘です!」
中年の女性が声を上げる。
「む……」
浪人の顔つきが変わる。
「積年の恨み、今こそ晴らします!」
「……あれは正当な果たし合い、恨まれる筋合いはない……」
「嘘をつけ!」
若い女性が声を上げる。
「何を……」
「酒の匂いよ!」
「!」
「亡骸となった父上の口からは酒の匂いがした! 下戸の父があんなに呑むはずがない!」
「……何が言いたい?」
「父上を酒で酔わせて斬ったのでしょう! 力量では叶わないからって! なんという卑怯者!」
もう一人の若い女性も声を上げる。
「言葉遣いに気をつけろ……」
浪人がムッとしながら刀の鞘に手をかける。
「……!」
「……今謝れば許してやるぞ?」
「仇に頭を下げる馬鹿などいない!」
「そうよ!」
「それならば死んだ方がましだ!」
「そうよ、そうよ!」
「……ぴーちくぱーちくとよくわめく……」
「仇は絶対取らせてもらいます!」
「あの世で父に詫びなさい!」
「もっとも、お前は地獄行きでしょうけど!」
「ならば、亭主や父のところに送ってやる……!」
浪人が刀を抜き取る。少し間が空いて、女性たちの髪を結んでいた紐が切れ、髪が下にバサッと下りる。
「……⁉」
「女子供を斬る趣味はない……さっさと故郷へ帰るが良い……」
浪人が刀を鞘に納め、その場から去る。女性たちは呆然としていたが、一番若い女性が刃物を拾い、他の二人に呼びかける。
「母上! 姉上! 後を追いかけましょう!」
「し、しかし……」
「しかしもかかしもありません! やっと居所を突き止めたのです! 今日こそはまさしく天命の日!」
一番若い女性が髪を振り乱しながら叫ぶ。若い女性が落ち着かせるように話す。
「……あの刀捌きを見たでしょう? 正直、足が震えてしまって……思い出しても背筋が凍る……」
「見えませんでした!」
「え?」
「よって怖くはありません! もう一度やりましょう!」
「と、とてもかないませんよ……」
「死ぬ気でいけばなんとかなります!」
「お嬢さん、そんな恐ろしいことをいうものではありません……」
「はっ⁉」
団子屋の年老いた女性が歩み寄ってくる。
「命を粗末にしてはなりません……」
「……! で、では、父の無念は誰が晴らすのですか⁉」
一番若い女性が悔しそうに叫び、膝をつく。
「……団子を食べているときに襲えば良かったのに……」
「え⁉」
藤花がしゃがみ込んで声をかける。