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エガオが笑う時 第6話 絶叫(4)
鬼と化した人間達はさっきまで仲間であったメドレーの戦士や救護班を襲う。
突然の仲間の変貌に誰もが心も身体も付いていくことが出来ず、武器を抜くことも抵抗することも出来ないまま鬼の攻撃を受ける。
鬼の1匹が叫びながら私達の方に襲いくる。
私は、大鉈を構えようとするが、イーグルが「邪魔です」私の前に立ち、手に持った長剣で鬼を袈裟斬りし、膨れ上がった筋肉を裂く。
一分のブレもない見事な剣技。
鬼は、鮮血を飛び散らせながら仰向けに倒れる。
私は、仲間であった鬼を簡単に切り裂いたイーグルを睨む。
「あなた・・・」
「うるさいですよ」
抗議しようとする私の言葉を遮った彼の顔には小さな焦りが見えた。
切り裂いた鬼に近寄り、腰に下げた雑嚢から注射を取り出すと青黒い肌に突き刺した。
管の中の液体が鬼の中に注入されていく。
変化はない。
イーグルの表情が青ざめる。
つまりこれは凶獣病ではない。
「菌って進化するらしいですよ」
私の思考を読み取ったようにヌエが答える。
「薬にやられないように、絶滅しないように姿を変え、耐性を変え、攻撃方法を変えて宿主の中で生きられるように進化する。それこそ獣人以外の身体でも生きれるように」
ヌエは、残酷な笑みを浮かべて私を見る。
「女王のばら撒いたのはあくまで原種。それを他の獣人にに感染させる。変化しなかった菌は獣人を変貌させ、変化した菌は感染した獣人を媒介に他の種族へと移り、新たな凶獣病を発症させる。人間だろうとエルフだろうと関係なくね」
イーグルの表情に絶望が走る。
「誰に感染したかは私にも分からない。分かっているのはどんなに進化しても女王には逆らわず、どこにいようと命令に従うこと、つまり・・・」
ヌエは、マナの首筋を握る。
「私と彼女がいれば何の問題もないと言うことだ」
鬼達が一斉に私達の方を向く。
戦士達は石畳に倒れ伏し、生きているのか、死んでいるのかも分からない。
鬼達は、ゆっくりとこちらに向かってくる。
イーグルが長剣を鬼達に向ける。
切先がカタカタと震える。
「隊長・・・」
イーグルが恐怖を飲み込んで口を開く。
「あの犬を殺してください」
イーグルの言葉に私は、目を大きく見開く。
「彼らを元に戻すにはあの魔法騎士か犬を始末して魔力の根元を断つしかない。魔法騎士は手強いがあの犬なら始末できるはずです。貴方なら・・・」
私は、動揺を抑えることが出来なかった。
イーグルの言っていることは理解出来る。
私も過去、何人もの魔法騎士と闘ってきた。
その中には毒を用いるものや呪いの類を発動させるものもいたが、魔法騎士を倒すことで全て何もなかったのようになった。
その原理で行くなら魔法の大元、魔印の主であるヌエの命を断つか、マナの命を断つのが最も単純な解決方法・・・。
理屈は分かる・・。
それが正しいと私の本能と経験も告げている。
私は、マナを見る。
白と黒の水玉模様と垂れ下がった耳しか面影のない凶暴な獣と化したマナの顔。
その獰猛な目の奥に可愛らしく笑うマナの顔が浮かぶ。
大鉈の切先が震える。
喉が枯れ、唇を噛み締める。
出来ない・・出来るはずがない。
そんな私の様子を見てヌエは嘲笑し、イーグルは、失望の目を向ける。
「やはり貴方は腑抜けだ」
イーグルは、侮蔑の言葉を述べて私の前に出る。
長剣の切先はもう震えていなかった。
「たった一つの情で多くの命を危険に晒そうとしている。自分の大切な人たちまでな」
私の水色の瞳が震える。
脳裏に映像が浮かぶ。
キッチン馬車の客、4人組、スーちゃん、マダム、そしてカゲロウ・・・。
私の大切な人達が石畳の上に沈み、血を流し死に絶える姿が・・。
私は、身体の震えを止めることが出来なかった。
鬼達が下卑た唸りを上げながら私に近づいてくる。
イーグルは、長剣を構えてヌエとマナに迫る。
ヌエは、欠伸でもするように紫電を走らせる。
紫電は、イーグルの身体を食らい、全身を焼き、痛めつける。
イーグルは、焦げた長剣を落とし、そのまま石畳の上に崩れ落ちた。
ヌエは、つまらなそうに倒れたイーグルを見る。
鬼達が私に襲い掛かる。
彼らの拳が、爪が、牙が私に迫る。
マナが私を見ている。
獰猛な双眸の奥に小さな悲しみが見える。
『エガオ様!』
マナの泣き叫ぶ声が耳の奥に響いた。