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エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(5)

私は、マナの座っている赤い傘をさした円卓に向かう。
 マナは、カチコチという表現に相応しい肩を縮こませて固まっていた。
 私は、彼女の前に冷えたオレンジジュースを置く。
 マナは、驚いて顔を上げる。
「あの・・・・えっと・・」
「店長からのサービスよ」
 彼女が頼んでませんという前に私が被せるように言うとマナはさらに恐縮したように身体を固める。
「大丈夫よ。ぶっきらぼうに見えるけどいい人だから」
 私が言うとキッチン馬車で食器を洗っているカゲロウは、小さくくしゃみをする。
 マナは、キッチン馬車にいるカゲロウを見て、そして私を見る。
「あの・・・」
 マナは、恐る恐る口を開く。
「本当にエガオ様・・なんですよね?」
 私は、眉を顰める。
「見て分からない?もう顔忘れちゃったの?」
 そう言って私は自分の頬を触る。
 マナとは長い付き合いだと思っていたけど、少し会わないだけで忘れてしまうくらい私の顔は印象が薄いのだろうか?
 マナは、垂れ下がった耳が暴れるくらいブンブンと首を横に振る。
「違います!エガオ様があまりにもお綺麗になられたからびっくりしちゃったんです」
 今度は、私が驚く番だ。頬がとてつもなく熱くなる。
 奥の席から私たちのことを見ているマダムが「綺麗」の言葉に嬉しそうに右拳を上げる。
「一体、何があったのですか?」
 マナの質問は当然と言えば当然だ。
 つい半月前まで王国公認の戦闘部隊メドレーで隊長を勤め、前線に出て戦っていた無骨な女戦士がこんなお洒落なキッチン馬車で何をしているのか?しかも化粧して、薄桃色ピンクの鎧下垂れを着て、スカートまで履いて。
 あの頃と今の姿が重ならないで混乱するのも当然だ。
 私は、どう答えたものか悩み、頬を掻いてると・・。
「うちで働いてくれてるんだよ」
 いつの間にかカゲロウがキッチン馬車から出てきて私の隣に立っていた。
 まったく気配を感じず、私は驚いて水色の目を丸くする。
 前線から離れるとこうも感覚が鈍るものなのか?
 カゲロウは、顔を私の方に向ける。
「オーダーを伝えに来ないから迷ってるのかと思って出てきちまったぜ」
「すいません。ご心配をお掛けしました」
 私は、小さく頭を下げる。
「働いてる?」
 マナは、カゲロウの言葉に首を傾げる。
「そう、うちのウェートレス兼食材調達係だ」
 改めて聞くとチグハグな職業だな、と思う。しかし、よくよく考えれば私がメドレーの隊長だったと言うのも中々に現実味を感じない話かもしれない。
「それじゃあエガオ様はこちらでお仕事されてるんですね」
 マナは、恐る恐る聞く。
「そうよ。何とか生きてるわ」
 私がそう言うとマナは嬉しそうに笑った。
 あの頃と変わらない可愛らしい笑みだ。
 その目に大粒の涙が溜まっていく。
「じゃあ、ここに来たらまたお会い出来るんですね!」
 マナの目から涙が出て溢れる。
 私は、予想もしなかったマナの涙に驚く。
「マ・・・マナ⁉︎」
 私は、動揺を抑えることが出来ずに震える声で呼びかける。
 しかし、マナは零れる涙を手の甲で拭い、私を見て花のように微笑む。
「いきなり泣いてごめんなさい。私、嬉しいんです。もうエガオ様に会えないと思ってたから、いつでも会えると知って嬉しいんです」
 その言葉を聞いて私は、胸が締め付けられる思いがした。
 あの殺伐としたメドレーの中でこの娘だけは確かに私のことを見てくれていたのだ。
 それなのに私は何も告げずに出ていってしまったのだ。
 私は、マナの白と黒の水玉の髪を撫でる。
「ごめんね。何も言わずにいなくなって」
 マナは、涙に濡れた目で私を見る。
「私は、ここにいるからいつでも来て、ね?」
 マナは、唇を震わせ、顔をくしゃくしゃにして笑うと大きく頷いた。
「はいっ!必ず来ます!」
 私は、マナの髪を優しく優しく撫でた。
 その様子をカゲロウと、その奥でマダムと四人組が優しく見つめているのに気づいた。チャコだけが何故か眉を顰めていたが気にしなかった。
「それで・・・」
 カゲロウが頃合いを見て声を掛けてくる。
「ご注文は?」
 そう言って優しく微笑む。
 そうだ・・・忘れてた。
 マナもカゲロウに言われて思い出したように「あっ!」
と口を丸く開ける。
「あの・・・私は食べに来た訳じゃないんです」
 そう言うとマナは、肩から下げた小さなバッグから革の袋を取り出す。
「これでお菓子を買いたいんです」
「お菓子?」
 私は、眉を顰める。
「弟達にお菓子を買ってあげる約束をして」
 マナに兄弟がいたとは知らなかった。と、言うよりそんな話しをしたことがなかった。
「町の人たちに聞いたらこのお店が1番美味しくて、テイクアウトも出来ると聞いたので?」
 テイクアウト?
 聞い慣れない言葉に私は首を傾げる。
 カゲロウは、無精髭の生えた顎を摩る。
「弟達は何人いるんだ?」
「10人です」
 その言葉に私もカゲロウも思わず「えっ?」と声を上げる。
 10人⁉︎
 確かマナは、12歳ではなかったか?
 それで10人の下の兄弟は流石に多いのでは?それとも犬の獣人は子沢山なのだろうか?
 私達の反応に気づいてマナは慌てて「違います」と両手を振る。
「弟達と言っても血の繋がりはなくて・・私の住んでる教会に引き取られた子ども達です」
 教会・・・孤児院。
 マナが孤児院に住んでいるなんて初めて聞いた。
 私は、どれだけこの慕っていてくれた娘のことを知らないのだろうと恥ずかしくなる。
「最近、王国からの支援金が減ってしまって・・ご飯は食べれるんですけどおやつが無くなったので食べさせてあげたいんです」
 王国と帝国で停戦条約が結ばれ、一見平和になったものの行政では大きな混乱が起きていると噂が流れていた。
 特に軍の縮小による人員削減リストラ、停戦による財政の変化により、今まで支給されていたところにお金が回らなくなってきていると言う話しも聞いた。
 しかし、まさか大切な子ども達に回すお金まで削られているとは・・・。
 カゲロウは、マナから革の袋を受け取り、断ってから中身を確認する。私も横目で見ると袋の中に半分埋まるくらいの銀貨が入っていた。
「このお金は?」
「メドレーで貰ったお給金を貯めたものです。これでお菓子を・・・」
「無理だな」
 カゲロウは、短く答える。
 マナの目が震える。
 私も驚いてカゲロウを見る。
「君がウチで食べて帰るには十分だ。少し高いケーキを食べて紅茶をおかわりしても十分にお釣りがくる。でも、兄弟分を買っていくとなると足りない。ウチで1番安いお菓子でもな」
 マナの肩が力なく落ち、顔が青ざめ、俯いてしまう。
 私は、カゲロウに対して怒りが湧いた。
「そんな言い方しなくても!」
 私は、拳を震わせて言う。
 カゲロウは、顔を私に向ける。
「事実を言って何が悪い?」
 私は、唇を噛み締める。
 今の今までぶっきらぼうだけど優しくていい人と思っていたカゲロウのイメージが砂の城のように崩れる。
 周りのお客さんも、マダムと四人組もカゲロウの言葉に驚いている。
「でしたら私がお金を払います」
 私の言葉にカゲロウは顔を顰める。
「私は、部隊にいた時にこの娘にお世話になりました。その感謝とお礼に私がお金を払います。だからこの娘と兄弟達にお菓子を・・・」
 私の言葉にカゲロウは、表情一つ変えずに口を開く。
「施しか?」
 私は、怒りで頭が燃え上がるのを感じた。
 右手が大鉈の柄を握ろうと伸びる。
 しかし、次の瞬間、怒りの炎に冷水が掛けられる。
「お前は、この娘の想いを無にするのか?」
「えっ?」
「弟達の為に大切なお金を持ってきたこの娘の思いを無碍にするのか?」
 鳥の巣のような髪の奥から強い視線を感じ、私は柄に伸びた手を下ろす。
 カゲロウは、革の袋を閉じてマナを見下ろす。
「時間はあるか?」
「えっ?」
「教会に門限はあるのか?って聞いてるんだけど」
 カゲロウの質問の意味を理解し、マナは首を縦に振る。
「夕方には帰らないと・・・」
 マナがそう答えるとカゲロウは、にっと笑う。
「んじゃ時間はたっぷりあるな。今からお菓子を作るから待ってな」
 カゲロウの言葉に私も、そしてマナも目を大きく開けて驚く。
「カゲ・・・ロウ?」
「しゃあねえだろ。ないなら作るしかないんだから。最高に美味いお菓子作ってやるからまってな!」
 そう言って革袋を持って彼はキッチン馬車に戻っていく。
 私は、カゲロウの大きな背中を見る。
「エガオ」
 カゲロウが振り向かずに声を掛けてくる。
「はいっ」
「その子に感謝とお礼をしたいならケーキでも奢ってやりな。それは施しじゃなくてお前の心からの気持ちだから」
 何故だろう?
 私は、胸が熱くなるのを感じた。
「はいっ。ありがとうございます」
 私は、小さく頭を下げた。
「良い方ですね」
 マナがほそっと呟く。
「私も実はエガオ様がお金払うって言った時に"えっ?"と思ったんです」
 私は、驚いてマナの方を向く。
「私は、確かに孤児です。教会からの支援を受けて生活してます。それでも誇りプライドはあります。自分の力で弟達を支えたいと思ってました。あの人はそのことをわかってくれてたんだと思って嬉しかったです」
そう言うマナの顔は本当に嬉しそうだった。
「マナ・・・」
 私は、もう一度マナの頭に手を置いて撫でる。
「でも、ケーキは奢らせてね。これは私の貴方への感謝の気持ちだから」
 マナは、大きな目を何度もぱちくりさせて、そして微笑むと「はいっ」と頷いた。
 笑顔こそ浮かべられないけど私も嬉しくなった。
「エガオ様、良い方と出会って良かったですね」
 マナは、無邪気にいう。
 私は、眉を顰める。
「良い方?」
 私のの言葉にマナは、首を傾げる。
「あれ?彼氏さんじゃないんですか?」
 私の頭がぼんっと破裂したのは言うまでもない。
 私は、マナに何が言おうと口を開くが言葉がうまく紡げず、狼狽える、と。

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