ドレミファ・トランプ 第七話 貴方がいたから(4)
夏休みが終わり、二学期が始まっても明璃は登校してこなかった。
明璃が学校に来ないことを四葉は気になりはしたが疑問には思わなかった。
彼女は世界という階段に足を乗せたピアニストの卵。
学校だけが彼女の居場所ではないのだ。
それこそ沢山の期待を浴び、沢山の人が彼女に関わり、支え、盛り上げている。
自分なんてそんな沢山の人の中の1人だ。
そんなことはわかっている……分かっているけど……。
(連絡くらい……って無理か)
四葉は、スマホを持っていない。
両親は何かの時の為に持ってもいいと言ってくれたが、どうせ家族と幼馴染くらいだからいらないと思っていたのを今にして後悔する。
担任は、ただ明璃が休んでいるとしか教えてくれない。
黒札小の生徒達に聞いても何も知らない。
調子に乗って休みやがって……と妬みの感情を込めて言うだけだ。
赤札小の生徒は話しすら出来ない。
四葉が近づくと突き刺すように睨みつけ、その度に夜空の背中の後ろに亀のように隠れた。
"強い奴に張り付くしか出来ない小判鮫"
"頭しか取り柄のない陰キャ"
"馬場さんの奴隷は大人しく靴舐めてろ"
赤札小が嘲笑を込めて四葉を罵る度にクラスの中で小競り合いが起き、担任が止めに入った。
そんなことが何度も起きて四葉は明璃のことを何一つ聞けない状態が続きながらも部活動は続けた。
発声練習をし、昔のバンドの映像を見て歌いながらリズム感や声の高低を覚え、夜空のベースの音に合わせながら歌い、そして予め録音しておいた音源を後ろにライブ配信をした。ペスト医師は風邪をひいて休んでいると嘘をついての単独の配信だったが、数札達はそれでも大いに喜び、視聴数もフォロワーも増えた。
しかし、それでも四葉の心は満たされなかった。
明璃のいない部活に意味を見出せなかった。
(でも、やらないと……)
明璃が戻ってきた時にがっかりされないように。
もっと上手になって明璃に喜んでもらえるように。
四葉は、胸の痛みを堪えながら部活動を続けた。
そんな日々を続けた一ヶ月後。
明璃は、久々に登校してきた。
変わり果てた姿で。
明璃が登校したと聞いていても立ってもいられず四葉は昼休みになると彼女の教室に向かう、と。
「馬場さんから離れろ櫻井!」
男子生徒の一人が夜空を殴りかからんばかりに睨みつける。
生徒に見覚えがない。恐らく赤札小の生徒だろう。
しかも一人だけでない。同じように見覚えのない男子生徒が数人が殺気だった目で夜空を包囲している。
しかし、夜空は怯んだ様子を見せず、両腕をだらんっと下ろして生徒達を目を向ける。
「なーちゃん?」
四葉は、小さな声で呟く。
よく見ると夜空の足元の床は茶色の液体が散らばって水溜まりになっており、見覚えのある黒札小の女子生徒数人が尻餅をついて座り込んでいる生徒を庇うように座り込んでいた。女子生徒達は怒りの眼差しで睨みつけているがその視線の先にあるのは赤札小ではなく夜空だった。
他の生徒達も赤札小、黒札小と互いに牽制しあいながらも夜空に視線を向けている。
四葉の目が夜空の後ろにいる人影を捉える。
これだけの騒ぎの中、椅子にじっと座り、黒髪をべっとりと濡らして、青い目で力なく夜空の背中を見上げているのは……。
「明璃……さん?」
四葉は、疑問符で呟く。
それだけ四葉の知っている彼女とかけ離れて見えた。
「黒札小が馬場さんに気安く近づいてんじゃねえぞこらっ!」
我慢できなくなった男子生徒が夜空の胸倉を掴み上げる。
「馬場さんにあんなことしてタダですむと思ってんのかああっ⁉︎」
もう一人の生徒が怒りに顔を歪めて夜空を睨みつける。
しかし、夜空は怯んだ様子を見せるどころか表情一つ変えずに男子生徒達を見つめる。
「思ってねえよ」
夜空は、小さな声で言う。
「うちの馬鹿共が馬場に申し訳ないことをした」
夜空は、襟首を掴まれたまま首を下げる。
夜空の態度が想定外だったのか、男子生徒達に動揺が走る。
「あいつらの代わりに俺を好きなだけボコってくれ」
「櫻井!」
黒札小の女子生徒が叫ぶ。
「さあ、好きにしてくれ」
夜空は、女子生徒の叫びを無視して赤札小の男子生徒達に言う。
「いい度胸だ」
胸倉を掴んだ男子生徒が表情を引き攣らせながら笑う。
「お前のことはずっと気に入らなかったんだ。ちょっと強いから調子に乗りやがって」
胸倉を捩じ込むように力を込め、拳を振り上げる。
女子生徒達が男子生徒を止めようとするが他の男子生徒達に遮られて動けない。離れて見ていた黒札小達も赤札小に妨害されて助けにいけない。
「な……なーちゃん!」
四葉は、心と身体を震わせながらも夜空を助けようと飛び出そうとする。
「やめて……」
か細く、大きな声が教室に響く。
夜空の背に隠れていた明璃が飛び出して、夜空を庇うように抱きしめる、
明璃の行動に赤札小は動揺し、黒札小は怒りに震える。
「騎士様……彼は私を守ろうとしてくれただだけなの。傷つけないで」
明璃は、濡れて窶れた顔で男子生徒に懇願する。
「馬場……」
夜空は、目を開き明璃を見下ろす。
そして四葉がいることに気付く。
夜空は、ぎゅっと明璃を抱き締め返すとそのまま持ち上げて生徒達を押し除け、四葉の所まで歩いていく。
「任せた」
夜空は、短く言うと明璃を四葉の前で下ろし、そのまま二人を扉の外に押し出し、ピシャッと扉を閉める。