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看取り人 エピソード6 来世に繋がる失恋(1)

 彼に初めて会ったのは入学式の後、教室に入った時だ。
 クラスメイト達が私の存在に気づいた時、ちょっとした騒ぎが起きた。
 私は、小学生の時から子役としてテレビに出てて、最近はファッション誌やグラビアの表紙を飾ったりして少し名前を知られるようになってたからだ。
 そのおかげで金髪にしても、カラコン入れても、制服を陽キャ風に着崩してピンクのカーデガンを着て、スカートを短くしても特に教師に注意されることはなかった。
 そんな訳で学校初日から注目を集めた私はクラスメイトの質問攻めにあい、あわよくばお近づきになろうてくる女子生徒や、会って数分で告白してくる男子生徒をあしらうのに辟易していた。
 そんな中、私の目は彼を見つけた。
 砂糖を求める蟻のように生徒達が私に群がる中、彼は一人、窓際の席で小さな文庫本に目を落としていた。
 光沢のある黒髪、今風ではないが整った顔立ち、細いががっしりとした身体、立ち上がれば身長も高いだろう。
 彼は、ガラスに描かれた絵のように溶け込み、存在感を消しながらも私の目に飛び込み、脳の奥に焼き付いた。
 私は、口で生徒達の相手をしながらも彼から目を離すことが出来なかった。
 彼の目が文庫本から離れる。
 ゆっくりと首を動かして私の方を向く。
 彼は、とても特徴的な目をしていた。
 三白眼とか言う黒目が小さく、白目が大きい。モデル仲間の子にも何人かいて、大人女子とか、クール系美少女なんて呼ばれて人気を博してる。
 しかし、彼の目はそんなモデル仲間の子達とはどれも違う。人を惹きつけて離さない、異界にいざなわれるような不思議な目をしている。
 そして私は彼の目を見た瞬間、異界へと誘われた。
 つまり私は彼に恋をしてしまったのだ。

「すまないなあ。また出張で」
 入学式から一ヶ月。パパは我が家ではもはや定例文テンプレートとなっている言葉を口にして私に頭を下げる。
「ううんっ。気にしないで。お仕事なんだから」
 私もまた定例文テンプレートと化している言葉を口にして焼き立てのトーストを口にした。
 うんっやっぱ朝はブルーベリージャムを塗ったトーストが最高。
 パパは、何にも気にしてない私を見て申し訳なさと寂しさの混じった表情を浮かべて目玉焼きの目を潰して千切ったトーストに付けて食べる。
 親子だっていうのに私とパパの味覚は全然違う。
 私ってやっぱママ似なのかな?
 知らんけど。
 うちは父子家庭だ。
 五歳の時にママは病気で死んだ。
 白血病というやつで気づいた時にはもう手遅れだったらしい。発覚してから三ヶ月も経たずにお空に旅立った。
 私は、ママのことを覚えていない。
 覚えているのは亡くなったママにパパが縋り付いて必死に謝ってる姿だ。
「一人にしてごめん!寂しい思いをさせてごめん!俺を……恨んでくれ……」
 ママは、ステージⅣの白血病で免疫が下がっていたので家族であっても滅多に会うことが出来ず隔離されていた。
 そして亡くなる時も誰も側におらず一人だったと言う。
 なんでママを一人にしたんだって思ったけど、後からママが病気を治療しようと懸命に戦い、その為に感染症を防ぐために隔離されていたのだと知った。
 私のために。
 私のために生きようとしてくれていたのだ。
 それなのに私はママのことを覚えていない。
 思い出そうとすると浮かぶのは泣き崩れるパパの姿だけ。
 なんて薄情な娘なんだと自分でも思う。
「出張は一週間で終わる。近場だから何かあったら直ぐに飛んで帰るから遠慮なく連絡するんだぞ」
「大丈夫だよ。もう高校生だよ?」
「高校生なんてまだ子どもだ」
 パパは、ふんっと肩をいからせる。
「それに学校終わったらすぐお仕事だもん。マネージャーさんもいるからいざってこともないよ。ご飯もケータリグで食べるし」
 晴れて高校生になったので中学生の時に出来なかった遅い時間の仕事も出来るようになる。
 一応、契約上は学業優先なので放課後からとなっているがお陰様で雑誌やCM撮影のお仕事依頼が増えてきてるのでそろそろ契約も見直しになるかもしれない。
 そうなると……学校に行ける日数も減ってくるかもしれない。進学校なのに何故か仕事に対して理解があり、忙しくなってきたら自主学習も許されているので進学はともかく進級や卒業は問題ないだろう。
 むしろ問題なのは……。
 私の脳裏に特徴的な三白眼の男の子の顔が浮かぶ。
 彼に会えなくなるのは……嫌だな。
 そんなことを思いながら私はトーストを齧った。
 目の前がチカチカし、車酔いのようか感覚が襲ってくる。
 私は、身体を支えることが出来ず、背もたれに倒れ込む。
 トーストが口から零れて床に落ちる。
「おいっ!」
 パパが青ざめた顔で立ち上がる。
「大丈夫……」
 私は、ふうっと息を吐き、目眩が治ってから小さな笑みを浮かべて言う。
「ただの貧血だよ」
 あーっ床がブルーベリーで汚れちゃった。
 殺人現場みたい。
 私は、トーストを取り、ジャムをティッシュで拭く。
「ただのって……」
 パパは、青ざめたまま椅子に座る。
「最近、多くなった」
 貧血は、今に始まったことではない。
 小学生の頃から起きていたが、中学を卒業した辺りから頻度が増えた気がする。
「病院……行った方がいいんじゃないか?」
「サプリメント出されて終わりだよ」
 私は、食パンの袋から新しいのを取り出してブルーベリージャムを塗って食べる。
 うんっやっぱ焼いた方が美味しい。
「でも……」
「入学したばかりだからさ。仕事も忙しいし。時間が取れたら行くよ」
 それで話しはおしまいと私は食パンを齧る。
 パパは、不安そうな表情を浮かべながらもそれ以上は口にしなかった。
 ごめんね。パパ。
 私は、大丈夫だからね。

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