明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜 第6話 姉様(13)
その後、魔法陣の効力が切れたツキは「気を付けて戻ってくるんだぞ」と言い残し、鎖が解け、アケのうなじに付いた魔法陣の中に消えた。
ツキを見送った後、ナギが怪我していることにアケは、驚き、慌てて手当を施した。あれだけの衝撃を持って巣穴の壁に叩き付けられたのに皮膚を切っただけで済んでいることにウグイスは舌を巻く。
そして珪石蜥蜴の殻を手に入れた事を確認すると、オートマタが釉薬の精製を始め、アケはカップ作りに勤しんだ。
日が沈み、反対側から月がゆっくりと顔を出す。
煙突と化したオートマタの腕から白い煙がゆらりと上がり、腹部の戸が開く。
顔の皮膚を焼くような熱気とピンピンと言う陶器が縮まっていく音が耳に入ってくる。
窯から出てきた陶器を見た瞬間、アケの表情が輝く。
1つは吸い込まれるような深い夜のような黒色のカップ。金の漆で大地から伸びる花が描かれ、その上には大きな満月が輝いていた。
それはまさにツキの黄金の双眸ようであった。
もう一つは水色と茜色が混じり合った朝焼けのような色合いを醸し出し、その中央にはぼんやりと浮かぶ太陽が描かれていた。
その淡く美しい色合いは空に昇る日のようであり、優しく笑うアケのようでもあった。
その2つが並ぶ様はまさに愛しく惹かれ合う夫婦のようであった。
ナギは、カップが出来上がって喜ぶアケを眩しそうに見た。
「良い出来じゃ」
オートマタの煙突から丸い煙が3つ上がる。
「良かったね。アケ」
ウグイスは、にこっと微笑んで言う。
「うんっ2人のお陰だよ。ありがとうウグイス」
アケは、ウグイスの後ろに立つナギを見る。
「ナギもありがとう」
アケは、柔らかく微笑んで礼を言う。
「ごめんね。痛い思いさせちゃって」
「いえ、自分が未熟なだけなので・・」
ナギは、申し訳なく頭を下げる。
考えにふけていたからと言ってアケに心配してかけるなど言語道断だ。
「ねえ・・・ナギ・・」
アケが両手を後ろに回してモジモジし出す。
ナギは、眉を顰める。
「これ・・・」
そう言ってアケがナギの前に差し出したのは燃えるような朱色の湯呑みであった。見ているだけで熱を感じながらも染み込むような慈愛を感じさせる。
ナギは、大きく目を見開く。
「これは・・・」
「お誕生日祝いだよ」
アケは、恥ずかしそうに言う。
「・・・私の誕生日はまだ大分先ですが・・?」
「知ってるよ。だからこれは今まで渡せなかった分」
アケは、ナギに湯呑みを渡す。
ナギは、そっと湯呑みを持つ。
初めて持つと言うのに何年も使ってきたかのように手に吸い付く。
「ナギ・・・いつも私の誕生日になるとお祝いくれたよね」
「えっ?」
ナギの脳裏にかつての情景が浮かぶ。
屋敷に来た給仕の1人が「今日は呪われた日なの」と口にした。学のないナギはそんな日があるんだと興味深げに聞き、後悔した。
呪われた日・・・それはアケが誕生した日のことであった。
ナギは、腹が冷えすぎて煮えたぎるという感覚を始めて味わった。給仕に手を出す訳にはいかないので屋敷の外の森に入って散々、木や岩を殴りつけた後、目についた名前も知らない綺麗な花を摘んでアケに渡した。
「お誕生日おめでとうございます」
アケは、何を言われているか分からないと言った唖然としたら顔をして花を受け取った。
そして小さな声で「ありがとう」と口にした。
「あれね。本当に嬉しかったの」
アケは、花が開花したような大きな微笑を浮かべる。
あの時、決して浮かべることのなかった笑みを。
「誕生日なんて祝われたこともなかったから何を言われているのか分からなかった。でも、ナギが心から私の生まれた事を祝福してくれていることが分かった時、本当に、本当に嬉しかったの」
湯呑みを握るナギの手にアケの手が重なる。
「あれからも誕生日の度にお花くれたね。修業中の時も武士になっても、大将になっても・・私が主人に嫁ぐまでずっとお祝いしてくれてたのに私は何も出来なかった。何をしていいか分からなかった」
蛇の目が下を向く。
「そんな時にね。ウグイスが皆の誕生日祝いしようって言ってくれて・・もちろん主人にも贈りたいって思ったけど、ナギ・・・貴方にも渡したいって思ったの」
アケの手がぎゅっとナギの手を握る。
「いつも守ってくれてありがとうナギ」
蛇の目が上を向き、微笑を浮かべる。
「貴方がいたから私は今日まで生きられたんだよ」
ナギの目から一筋の涙が流れる。
「姉様・・・」
ナギは、その場に膝を付き、額を朱の湯呑みに、アケの手に付けて泣いた。大声で、子どものように泣いた。
「ナ・・・ナギ⁉︎」
突然、泣き崩れたナギにアケは狼狽する。
「姉様、姉様、姉様!」
脳裏に浮かぶ様々なアケの姿。
抑揚のない表情でナギを見て、全てをどうでも良いと諦めながらも自分の為にご飯を作り、将来を案じ、武士になった事を喜んでくれたジャノメ姫と呼ばれるアケ。
感情豊かに笑い、驚き、泣いて、落ち込んで、そして喜びに感謝する、ジャノメ姫なんて蔑まれることのない素のままのアケ。
どちらも自分にとっては大切なアケ。
姉のような存在であり、主君であり、そして・・そして・・。
「私は・・・何があっても貴方を守ります」
そう俺は朱のナギなのだから。
湯呑みが割れないようにウグイスが柔らかい水の入れ物を作ってくれた。それにカップを納めるとナギは、一礼して飛竜に乗り、空へと舞い上がる。
アケがアズキを抱いて「またね」と大きく手を振る。
その隣でウグイスも大きく手を振った。
白蛇の国に戻るとかつて自分を武士にスカウトし、試験で見る影もなくナギに打ち倒され、部下となった初老の武士が駆け寄ってくる。
彼は、神妙な面持ちでナギに告げる。
青猿が邪教と手を組んで白蛇の国に侵攻を始めた、と。
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