創作大賞2024 応募記念 にゃんにゃん亭茶々丸は見ていた(後編)
「あの……副会長……」
先輩は、居心地悪そうに身を捩りながら切長の右目で上目遣いに向かい側に座るクール系大和撫子の少女を見ますにゃ。
少女は、冷めた目で先輩を見据え、冷水を口にする。
それを見てまだ注文を取ってなかったことに気づいたナオが慌てて向かおうとするが、アイに制される。
少女は、冷水から口を離すと同時に冷めた声で呟くように言う。
「オミオツケでいいわよ」
オミオツケ⁉︎
クールで知的な少女から飛び出したあまりにも珍妙な名前に私は目を丸くしましたにゃ。
「でも……」
先輩は、躊躇うように人差し指を唇に当てる。
「貴方が付けたあだ名でしょうが。遠慮することはないわ」
先輩が付けた⁉︎
あいつ以外にはとんでもなく人見知りの先輩が⁉︎
アイさんもそのことを知らなかったみたいでサングラス越しに目を丸くしてますにゃ。
「あの……その時は……その……ごめんなさい……」
先輩は、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに謝る。
「突然、話しかけられたので……テンパっちゃって……つい思いついたことを口走っちゃった」
その時のことを思い出したのか、先輩は消え入りそうなくらい小さくなりましたにゃ。
「気にしないで」
そう言ってオミオツケさんは、冷水を口にする。
「私もオーバーリアクションをし過ぎたわ。せっかく貴方が勇気を出して話してくれたのに。ごめんなさい」
そう言って小さく頭を下げる。
彼女に頭を下げられるなんて思わなかったから先輩は慌てますにゃ。
「オ……オミオツケちゃん…やめて!」
先輩は.椅子をひっくり返しそうな勢いで立ち上がり、彼女を止めますにゃ。
「それよりも……今日は何か用があって私を呼び出したんじゃないの?」
どうやら先輩を呼び出したのはオミオツケさんのようですにゃ。
まあ、あいつ以外を先輩が呼び出すなんて想像出来ないから特に驚くようなことではないですがにゃ。
オミオツケさんの冷めた目がきゅっときつく細まる。
その射抜くような目に先輩は、思わず姿勢を正してしまう。
「貴方……最近、よく食堂に出入りしてるわよね?」
オミオツケさんは、冷めた低い声で言う。
先輩は、オミオツケさんの言ってる意味が分からなかったようで切長の目をパチクリさせる。
かくゆう私もアイさんもナオもオミオツケさんの言葉の意味を理解することが出来ませんでしたにゃ。
学生二人が言う食堂だから学生食堂のことだとは何となく理解は出来る。しかし、それに出入りすることを何故問い詰められないといけないのか?
「昼間の話しじゃないわ」
オミオツケさんは、少し温くなった冷水を口にする。
「夕方の話しよ」
「夕方……」
先輩は、小さく呟き、そしてはっと気づいた顔をする。
その変化をオミオツケさんは見逃しませんでしたにゃ。
「夕方の食堂で彼と……レンレン君と二人きりで何かしてるわよね?」
オミオツケさんの目は相変わらず冷めていた。
しかし、その奥に言いしれぬ黒い炎がチラついているのが見えた気がしましたにゃ。
先輩の顔が青ざめる。
「オミオツケちゃん……見てたの?」
「そりゃ見てるわよ」
オミオツケさんは、低い声で言う。
「彼のことはどこにいたって、何をしてたって、いつだって把握してるわ」
それはもうストーカーの域に達してないかにゃ?
私は、思わず突っ込もうとするも猫なので「にゃっ」としか答えられませんでしたにゃ。
ナオがぼそりっと「ああいう真面目な子ってツボるととことんハマるか堕ちるからな」と呟いたのが聞こえましたにゃ。
「レンレン君に問いただしたんだけど彼ってね。絶対に口を割らないのよ」
レンレンの口の固さはオミオツケさんが一番良く知っている。
何故なら彼とオミオツケさんは最大の秘密を持った特訓を繰り返し、今の関係を築き上げていったのだから。
「別にレンレン君が浮気をしてるなんて微塵も思ってないの。彼が私を裏切るなんてあり得ないから」
とんでもない自信だにゃ。
ハコは、「ラブラブだあ!」と盛り上がり、カンナは「男なんて気が変わるもんなのに」と、どこで何を学んだのか?冷めたことを言いますにゃ。
「でもね。彼って優しいし、人たらしだし、どこからどう見てもカッコいいから……」
レンレン君のこと大好きだにゃ。
「いろんな女の子が勘違いして寄ってきちゃうのよ。彼も彼で律儀に親身に話を聞いちゃうもんだから……」
オミオツケさんは、ため息を大きく吐いた。
まあ、確かに無自覚系モテ男を彼氏に持つのは大変かもしれないにゃ。
「ただね。そんな彼でも私と付き合ってからは女の子と二人っきりで会うなんてことはなかったの。それなのに……」
オミオツケさんの冷めた目がきつく細まる。
「貴方とだけは二人きりで会ってるの……」
オミオツケさんの冷めた目の奥の黒い炎が燃え上がる。
先輩は、思わず「ひっ」と悲鳴を上げる。
私や他のみんなも思わず顔を引き攣らせて逃げるように身体を下げる。
「さあ、教えて」
オミオツケさんの冷めた目が闇堕ちするように黒く染まる。
「二人っきりで……何してたのかな?」
「え……あ……その……っ」
先輩は、口籠る。
まあ、この場面では先輩じゃなくても動揺しますにゃ。
私だって今にも尻尾を丸めてチビそうにゃ。
「さあ……さあ……さあ……」
オミオツケさんは、テーブルに前のめりになって迫ってくる。
先輩は、今にも泣き出しそうに切長の右目を震わせる。
ハコとカンナは、怯え、ナオも"やばい"と思ったのか慌てて止めに行こうとした。
その時にゃ。
「はいっストップ」
穏やかな声と共に円柱のグラスに入ったアイスティーが二人の前に置かれる。
オミオツケさんの目の黒い炎が鎮まる。
先輩の切長の右目が涙に濡れたまま上を向く。
サングラスを外したアイさんが二人の前に立って優しく微笑んでいた。
「先生……」
「先生……」
突然、現れたアイさんに二人は同じように目を丸くする。
「二人とも……ヒートアップし過ぎよ」
アイさんは、穏やかに言うとオミオツケさんの肩に優しく手を置く。
「クールで知的な副会長にも人間らしいところがあったのね」
アイさんは、面白げにくすりっと笑う。
オミオツケさんは、頬を赤く染めて目を反らす。
「なんのかんのと虚勢を貼ってたけど本当はこの子に彼を取られちゃうんじゃないかって怖かったんでしょ?」
オミオツケさんは、冷めた目を震わせてアイさんの顔を見る。
「大丈夫よ」
アイさんは、優しくオミオツケさんの頭を撫でる。
「この子は貴方から大切な人を奪うような子じゃないわ。私が保証する。それに……」
アイさんは、優しく微笑む。
「彼は、どこからどう見たって貴方のことが大好きよ。だから信じてあげなさい」
オミオツケさんの冷めた目から涙が一筋流れ、顔がくしゃっとなったかと思うと両手で顔を押さえて泣き始める。
「怖かったんです……」
オミオツケさんは、嗚咽しながら声を絞り出す。
「また、レンレン君がどっか行っちゃうんじゃないかって……私の元から離れていっちゃうんじゃないかって……そう思ったら……そう思ったら……怖くなっちゃって……」
オミオツケさんは、大声で泣いた。
「そうね……」
アイさんは、左手で優しく背中を撫でる。
「どんな形でも好きな人がいなくなっちゃうのは嫌よね」
オミオツケさんの背中を撫でる左手の赤リンゴの指輪が小さく光りましたにゃ。
「……卵焼き」
先輩がぼそっと呟く。
アイさんは、オミオツケさんの背中を撫でながら、オミオツケさんは涙に顔を濡らしながら先輩を見る。
先輩は、きゅっと祈るように両手を握って切長の右目を震わせて二人を見ましたにゃ。
「心配かけてごめんなさい……オミオツケちゃん」
先輩は、オドオドしながらもしっかりと言う。
「レンレン君とはオミオツケちゃんが思ってるようなことはしてないから……私は……ただ……」
先輩は、何かを絞り出すように両手をぎゅっと握りしめましたにゃ。
「レンレン君に卵焼きの作り方を教わってただけなの」
先輩のあまりに予想外な告白にオミオツケさんは冷めた目を丸くする。
「なんで卵焼き?」
思わずナオが言葉を挟んでくる。
皆の視線がナオに集まる。
「ああっごめんなさい。いきなり」
ナオは、割って入ってしまったことを謝罪する。
「でも、なんで卵焼きなの?その彼って料理が上手なの?」
ナオの質問に泣いているオミオツケさんに変わってアイさんが説明しますにゃ。
「へえ。レンレン定食ねえ」
ナオは、思わず感心する。
「学生なのに大したものね」
「ハコのパパも料理上手だよ!」
ナオの隣でハコが両手を上げてアピールしますにゃ。
「小籠包がとても上手!」
「そうそう、あんバターが最高!」
カンナもハコと同じように両手を上げる。
アイさんは、そんな二人を見て優しく微笑んで「じゃあ今度食べさせてもらおうかしら」と言いましたにゃ。
「それで……」
アイさんは、先輩に視線を戻しますにゃ。
「なんで……卵焼きなの?」
アイさんが聞くと先輩は、切長の右目を下に俯かせる。
「彼に……食べて……欲しくて……」
先輩の言う彼と聞いて私とアイさんの頭に浮かぶのはあいつしかいないにゃ。
三白眼の根暗男。
死にゆく人の最後の時に立ち会い、話しを聞くことを仕事とするあの男しか……。
「彼がね。最近、卵焼き作っても何の反応もしてくれなくなったの」
先輩は、悲しそうに切長の目を震わせる。
「今までは"甘い"や"糖尿病になります"とか"もはや卵焼きじゃないですね"ってコメントしてくれたのに……」
それはコメントというのかにゃ?
どちらかと言うとアンチされてるような……。
オミオツケさんとナオも同じように感じたみたいで眉を大きく顰めてますにゃ。
アイさんは、"本当にあの子は……"と言わんばかりに頭に手を乗せてため息を吐く。
「それでも私は嬉しかったんですけど……」
どんだけ惚れてるにゃ。
「最近はまったく話してくれなくて……卵焼きを出しても無機質に口に放り込んで、パソコンを打つだけなんです」
先輩の切長の右目が小さく潤み出す。
「それでも彼に振り向いてもらえたらって……どんな言葉でもいいからお話ししてもらえたら……と思って」
「レンレン君に卵焼きを習ってたんだ」
オミオツケさんが切なそうに言う。
先輩は、頷く。
その弾みで涙が飛び散る。
「それでどうだったの?」
ナオが近寄って先輩にハンカチを渡す。
「彼は……美味しいって言ってくれた?」
私たちの誰もがあの朴念仁から美味しいと言う言葉が出だであろうと期待しましたにゃ。
しかし……。
先輩は、首を横に振りましたにゃ。
「何にも話さないで、パソコンを打ってるだけでした」
その瞬間、女性陣が爆発した。
「捨てちゃえ!そんなクズ!」
ナオが威嚇する猫さながらに眉を逆立てた叫ぶ。
「そいつ……うちの学校の生徒だよね?」
オミオツケさんは、涙に濡れた冷めた目を燃え上がらせる。
「生徒会の威信にかけて退学に追い込むわ」
「パパに言いつけてやる!」
ハコがムスッと顔を怒らせて叫ぶ。
「女の子泣かすなんていけないんだぞぉ!」
「私も魔法おじちゃんに言ってやる!」
カンナも怒りに声を上げた。
女性陣による怒りの雄叫びに先輩は驚いて切長の右目を白黒させる。
アイさんは、怒りたけるみんなを落ち着かせようとする。
その時だ。
「先輩」
抑揚のない声が空気を打つ。
先輩は、その声に引っ張られるように振り返る。
それに続いて女性陣も引っ張られる。
そこにいたのは同じ制服を着た二人の男子。
一人は身長の高い、人好きのする穏やかな顔をした見るからに好青年。
そしてもう一人は光沢のある黒髪をした三白眼の無表情な少年。
背の高い好青年を見てオミオツケさんは頬を赤らめて驚く。
「レンレン君」
背の高い好青年……レンレンもオミオツケさんを見て驚く。
「オミオツケさん」
レンレンは、ゆっくりとした足取りでオミオツケさんに近寄る。
「どうしてここに?」
「それは……その……」
オミオツケさんは、口籠る。
まさか、先輩にレンレンを取られると思って直談判してたなんてとても言えませんにゃ。
「ひょっとして……泣いてました?」
レンレンの表情が険しくなる。
「泣いてない!泣いてない!」
オミオツケさんは、慌てて首を横に振って否定する。
「それより……レンレン君はなんでここに?」
「ああっそれは……彼に……」
そう言ってレンレンは、横を向くが、そこにあいつはいませんでしたにゃ。
「どうしたんですか?先輩?」
あいつ……看取り人と呼ばれる少年はいつの間にか先輩の前に立って三白眼で彼女の顔を覗き込む。
先輩は、突然現れ、間近で顔を覗き込んでくるあいつに動揺して、顔を真っ赤にして後退る。
「……泣いてたんですか?」
看取り人は、三白眼をきつく細めて言う。
抑揚のない声が微かに変化している。
「あ……う……んっ」
人見知りで気の弱い先輩はオミオツケさんのように上手く否定出来ずに口篭ってしまう。
看取り人は、三白眼を周りに向ける。
「誰ですか……先輩を泣かしたのは?」
いつもの抑揚のない声。
しかし、さっきと同じで微かに変化している。
まるで怒っているようにゃ……。
看取り人を見る女子たちは直感的に目の前の三白眼の少年が先輩の想い人であることに気づき、同時に"いや、泣かせたのはお前だろう"と胸中で突っ込んだ。
看取り人は、三白眼をきつく細め、前に出ようとする。それを先輩が彼の袖を握って止めますにゃ。
「大丈夫だよ」
先輩は、ぎゅっと彼の袖口を握りますにゃ。
「みんなとても良い人達だから……」
「そうよ」
アイさんが二人の前に立つ。
そこでようやく看取り人はアイさんがいたことに気付き、三白眼を大きく広げる。
「アイさん」
アイさん……看取り人が口にした名前にオミオツケさんとレンレン、そして先輩は顔を顰める。
アイさんとは彼女と看取り人の間での呼び名であって本当の名前ではないから無理もない。
「みんなこの子のことを心配してたのよ」
アイさんは、先輩の肩に手を置き、悪戯っぽい笑みを浮かべて看取り人を見ますにゃ。
「君がこの子を泣かせたって……」
アイさんの言葉に看取り人は三白眼をこれでもかと丸くしますにゃ。
「僕……が?」
看取り人は、先輩に目を向けますにゃ。
「僕……何かしましたか?」
本当に自覚がなかったんにゃ……。
私だけでなく、オミオツケさんもナオさんも、ハコ、カンナも呆れた表情を浮かべますにゃ。
「ううんっ何にも……」
そう言って先輩は笑みを浮かべますにゃ。
誰がどう見てもぎこちない笑みをを。
それを見たオミオツケさんが肩を竦めて冷めた目であいつを睨みますにゃ。
「卵焼き……」
オミオツケさんは、ぼそりっと言う。
看取り人は、三白眼をオミオツケさんに向ける。
「この子の卵焼き……どうだったの?」
オミオツケさんがそう口に出すと何故かレンレンが顔を引き攣らせてましたにゃ。
「この子の作った卵焼き……食べたんでしょう?どうだったの?」
周りの視線が一斉にあいつに向きますにゃ。
しかし、看取り人はそんなことをまるで気にした様子も見せず、三白眼をきゅっと細めましたにゃ。
「赤木先輩の味がしました」
看取り人の言った言葉の意味が理解出来ず、ナオとハコとカンナ、そして私は目を丸くしますにゃ。
オミオツケさんは、意味が分かったらしく目を丸くしますにゃ。
「レンレン君の……味?」
どうやら赤木と言うのはレンレン君の名字のようですにゃ。
看取り人は、小さく頷く。
「今日……食べた卵焼き……赤木先輩が食堂で作った卵焼きと同じ味がしました」
看取り人は、抑揚のない、しかし、やはり微かに変化のある声でいいますにゃ。
「だから、どう言うことなのかと思い、赤木先輩を問い詰めにいったんです」
全員の視線がレンレンに向く。
レンレンは、困ったように頬を掻く。
「突然、彼が来た時は驚きました」
授業が終わり、今日はオミオツケさんが用事があると言っていたので、久しぶりに一人で帰ろうとした時、突然、看取り人が現れたそうにゃ。
「なんで、先輩の卵焼きの味が赤木先輩になってるんですかって」
ナオは、思わず吹き出しますにゃ。
偶然に相方同士で互いを誤解して、互いに問い詰めに行ったのだ。
(どんだけフィーリングがあってるのよ)
ナオは、愉快に感じると同時にとても羨ましく感じた。
「それでどう答えたの?」
オミオツケさんは、少しバツが悪そうな顔をしながらレンレンに訊く。
「正直に言いましたよ。嘘吐いてもしょうがないから」
レンレンは、和やかに笑いますにょ。
なるほど。
確かにこれは心配になるほどの人たらしの笑みですにゃ。
「そして彼女に悲しい思いをさせちゃダメだよっていいました」
「はいっ言われました」
看取り人は、小さく頷きましたにゃ。
そして先輩を見る。
「先輩、すいませんでした」
看取り人は、綺麗に頭を下げる。
先輩の切長の目が丸くなる。
「実は最近、とある投稿サイトで大きなイベントがあったんです」
とある大きな投稿サイトのイベント?
私は、意味が分からず首を傾げましたにゃ。
「うまくいけば書籍化デビューが出来るかも知らないと言うのでダメ元でずっと集中して書いてました」
それでずっとパソコンに向かってた訳なのかにゃ。
「まさか、先輩がそんなに気に病んでいただなんて思わなかったんです。本当にすいません」
「いや……そ……あ……」
先輩は、何をどう返したらいいか分からず、狭い場所に入ったような身体を捩る。
「先輩の卵焼きは甘くて美味しいです。僕はあの味が大好きです」
先輩の切長の目が大きく見開きましたにゃ。
「だから、これからも甘い卵焼きを作ってください」
頬が赤く染まり、唇が小さく震え、涙が一筋流れる。
「プロポーズだぁ」
ハコが表情と大きな目を輝かせて騒ぎ出そうとしたのをカンナが慌てて彼女の口を塞ぎますにゃ。
先輩は、手の甲で涙を拭い、小さく微笑む。
「分かった。任せて」
先輩がそう言って頷くと表情の変わらない看取り人の顔が少しだけほっとしたように見えましたにゃ。
その光景アイさんも、ナオも、オミオツケさん達も微笑ましく見てましたにゃ。
「ところで……」
オミオツケさんは、レンレンを見る。
「二人はなんで一緒にここに来たの?」
オミオツケさんの冷めた目が小さく輝く。
どこからどう見ても自分がここにいるのが分かって追いかけてきたといって欲しそうに。
レンレンもそんなオミオツケさんの心境が分かってか、困ったように和やかな笑みを浮かべて頬を掻く。
「いや、ここに寄ったのは単純に喉が渇いたからで……」
その瞬間、オミオツケさんはがっくりと肩を落とす。
「彼にね。怒らせてしまった女性に謝るにはどうしたらいいと言われて……だったら……」
レンレンは、あいつを見て、目配せする。
看取り人は、頷くとスクールバッグから小さな可愛らしいピンクの水玉模様の紙袋を取り出し……先輩に渡す。
「お詫びです」
看取り人は、抑揚のない声で言う。
プレゼントな、とレンレンが小声で囁く。
「開けてみてください」
先輩は、驚いた顔をして袋を開ける。
そこから出てきたのは……。
「眼帯……?」
それ鮮やかな空色の生地に白い小さな花がたくさん結い込まれた眼帯でしたにゃ。
先輩にとてもよく似合いそうな綺麗で清楚な眼帯……。
先輩は、切長の右目を震わせてあいつを見る。
「君が……選んでくれたの?」
「はいっ」
看取り人は、小さく頷く。
「気に入らなければ捨ててください」
あいつは、抑揚のない声で言う。
先輩は.顔をくしゃくしゃにしてあいつの胸に飛び込んだ。
看取り人の三白眼が驚きで丸くなる。
「ありがとう……」
先輩は、彼の背中に両手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
「大切に使うね……」
「……はい」
看取り人は、抑揚のない声で少しだけ嬉しそうに頷きました。
その光景を女子たちが微笑ましく見ていた。
「オミオツケさん」
唐突にレンレンに呼ばれ、オミオツケさんは驚く。
「実は俺も……」
そういってスクールバッグから取り出したのは……。
「エガオ……」
それは銀色の髪に凸凹の鎧、そして大鉈を持った少女のぬいぐるみでしたにゃ。
「わあ!」
ハコがぬいぐるみに気づいて声を上げる。
「エガオちゃんだぁ!」
カンナも目を輝かせてる。
そう、レンレンが取り出したのは大人気ラノベ小説"エガオが笑う時"の笑顔のぬいぐるみでしたにゃ。
何故、私が知っているかと言うとアイさんがたまにコソコソと隠れて読んでるからにゃ。
「付き合って一ヶ月記念なんで」
レンレンは、照れくさそうに言うとスクールバッグから鳥の巣のような髪のタンクトップを着た男のぬいぐるみを取り出す。
エガオの相方、カゲロウのぬいぐるみにゃ。
「お揃いですね」
そう言って気持ちの良い和やかに笑う。
こんな笑顔で微笑まれたら……。
オミオツケさんは、頬を赤らめてクールなイメージなんてどこへやら、嬉しそうに微笑んで彼に抱きついた。
「ありがとうレンレン君!」
「どういたしまして……」
レンレンも嬉しそうに彼女の背中に手を回した。
そんな様子をアイさんとはナオの大人二人組は微笑ましく見る。
「青春ねえ」
「青春だわあ」
まだ、二人ともそんな歳じゃないのにババ臭く言いましたにゃ。
「パパに会いたくなったなあ」
ハコも寂しそうに言い、カンナに頭を撫でられる。
穏やかで微笑ましい空気が流れましたにゃ。
私もそのままうたた寝しろうか、なと思った……。
その時にゃ。
「お取り込み中、すいません」
いつの間にか、看取り人がオミオツケさんとレンレンの前に立っていましたにゃ。
思わず二人は悲鳴を上げそうになり、頬を赤らめたまま離れる。
先輩が看取り人の後ろで小さく頭を下げるも看取り人は気にした様子もなく話し出す。
「赤木先輩、今日はありがとうございました」
看取りは、丁寧に頭を下げる。
「あ……ああっ……」
レンレンは、照れを隠しきれずに頷く。
「彼女さんもご迷惑をおかけしました」
今度は、オミオツケさんに頭を下げる。
「うっ……うん大丈夫よ」
オミオツケさんは、クールに接しようと努力するも動揺が隠しきれない。
「これはささやかですがお礼です」
そういって看取り人は、緑色のプラスチックのような容れ物をオミオツケさんに渡す。
ほんのり温かい。
レンレンとオミオツケさんは顔を見合わせる。
「今回のお礼です」
看取り人は、抑揚のない声で言う。
「赤木先輩と買い物に行った時に見つけました。人気のお店のものです」
いつ買いに行ったんだ?と行った表情でレンレンは容れ物を見る。
「冷める前にどうぞ」
冷める前?
オミオツケさんは、訝しく思いながらも容れ物を開ける。
甘い、濃厚な匂いが店の中に広がる。
あまりに馴染みのある良い香りにみんなの顔が和む。
しかし、レンレンとオミオツケさんは違った。
二人の表情が急激に青ざめていく。
「今、人気のみそ汁専門店のものです」
看取り人は、抑揚のない声で言う。
「オミオツケというくらいだから好きなのかな?と思って買いました」
しかし、二人は聞いてない。
みそ汁の表面が泡立ち、膨らんでいく。
オミオツケさんは、助けを求めるようにレンレンを見る。
レンレンが慌ててオミオツケさんの手を握ろうとする。
次の瞬間……。
みそ汁は、気球のように大きく、膨れ上がり、大爆発を起こしましたにゃ。
店中にみそ汁の匂いが散らばったのは言うまでもありませんにゃ。
皆が呆然とする中、二人で容れ物を抱えあい、へたり込むオミオツケさんとレンレンの姿がありましたにゃ。
唯一、看取り人だけが平然とした顔をして頬を掻く。
「事実は小説よりも奇なりですね」
「ようやく落ち着いたわね」
アイさんは、ふうっと息を吐いてジャスミン茶を飲む。
私も疲れ果ててアイさんの隣の椅子に寝転がりますにゃ。
謎のみそ汁大爆発の後、帰ってきた店主のタケルとハコの保護者であるカギ、そしてレンレンと看取り人で協力して店の掃除をしましたにゃ。
その間、すつかり仲良くなった女子たちはアレよ、コレよと楽しく話していましたにゃ。
そして全員、それぞれのパートナーと共に店を後にし、タケルもナオを休ませようと店の奥に連れていった。
今は、店の中いるのは私とアイさんのみ。
「本当、個性的な人たちばかりね」
アイさんは、そう言って私に向かって苦笑しますにゃ。
私は、同意するように「にゃ」と鳴く。
「もし、こんな人たちの出る小説なんてあったら作者の人はまとめるのが大変でしょうね」
それはそいつの腕次第じゃないかにゃ?
「みんないい子たちね。幸せになって欲しいわ」
アイさんは、目を細めた赤りんごの指輪を撫でる。
「幸せになるのは生きている人の特権。それが分かるのは最後の最後の時だけ……」
アイさんは、私の頭を優しく撫でる。
「私達も幸せになりましょうね。茶々丸……」
アイさんは、寂しげに笑う。
「あっちで大切な人たちに笑って報告出来るように……ね」
私は、アイさんの目をじっと見て……小さく「にゃ」と鳴いた。