明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第5話 幻想DIY(4)
「で、何でそれに僕が必要なのかな?」
屋敷の裏庭、まだ整備されてない雑草生い茂る一角にオモチは立っていた。表情こそ変わらないものの困ったように右頬を掻く。
オモチの前にはアケとウグイス、カワセミ、アズキが立っている。
アケとウグイスは、何の期待分からないが目を輝かせ、アズキは嬉しそうに鳴き、カワセミは申し訳なさそうに身を縮めている。
「申し訳ありません。オモチ様」
カワセミが心の底からすまなそうに頭を下げる。
「こんな茶番に付き合わせてしまい」
「茶番じゃなーい!」
ウグイスが声を上げて否定する。
「私達は至って真面目よ」
ウグイスの横でアケもうんうんっと頷いている。
少し元気になったアケの様子を見てオモチはほっと胸を撫で下ろす。
「オモチ様には私達のお風呂作りに協力して欲しいの」
「それは分かったけど、僕は具体的に何をすれば良いのかな?」
アケがウグイス達と一緒にお風呂作りすると言うことは分かった。後、どう言う訳か家精に嫉妬していると言うことも伝わってくる。
しかし、それと自分が協力すると言うのが今一繋がらない。いや、王に仕える身としてその奥方であるアケに協力するのはまったく構わないのだが、どう考えても自分に出来ることなんてない気がする。
「オモチ様って大地の精霊も扱う事が出来るよね?」
ウグイスは、鼻息荒く言う。
「まあ、それなりにね」
「てことは大地を操るなんて簡単だよね?」
そこまで聞いて「ああっ」と納得する。
つまりこの裏庭を更地にして浴場を作ろうと考えているのか。確かにそれなら協力出来る。
「なるほどこの裏庭を・・・」
「地面に穴を開けて温泉を作って欲しいの!」
ウグイスがオモチの言葉に被せて嬉しそうに言う。
アケが蛇の目と表情を輝かせる。
オモチは、つぶらな赤い目をパチクリさせる。
カワセミは、恥ずかしそうに顔を伏せて右手を額に当てる。
「・・・はい?」
オモチは、自分でも分かるくらい間抜けな声を上げる。
「それはどう言う・・・?」
「だから温泉を作って欲しいの!」
オモチが聞こえてないと解釈したのか、ウグイスが大声で言う。
「オモチ様なら地面を掘って温泉作るくらい訳ないでしょ?温泉ってね。お山の下にあるんだって」
「凄いね。オモチってそんなことまで出来るなんて知らなかったよ」
アケが期待と尊敬の目でオモチを見る。
そのあまりにも純粋な目が痛かった。
「・・・ウグイス」
「はいっ」
ウグイスは、にこっと笑みを浮かべる。
「君は、温泉のメカニズムというのを分かってるのかな?」
「メカニズム?」
ウグイスは、首を横に傾げる。
理解してない事が明白な反応だ。
オモチは、小さく息を吐く。
「アケ様、ウグイス」
その声色はいつもと変わらないキーの高い男の子のよう。しかし、その口調は教えを解く教師のようであった。
「温泉と言うのは地中から熱水泉と言うのが湧き上がって出来るもののことを言います」
「へえっ」
ウグイスが初めて知ったと誰もが分かる声を上げる。
「知ってるよ。昔、本で読んだ事がある」
さすがアケ。ちゃんと勉強したことを覚えている。
オモチは、アケに視線を向ける。
「それではアケ様。熱水泉の熱源は何でしょうか?」
「そりゃ火山のマグマとか地熱とかだよ。それがなければただの水・・・」
そこまで言ってアケは、はっと蛇の目を大きく開く。
優等生はもう答えを解したようだ。
隣の劣等生は、今だ分かっておらず緑色の目を点にして首を左右に揺らしている。
そんな妹を見てカワセミは本当に恥ずかしそうに手で顔を覆う。
「そうです。猫の額は確かに山ですけど決して活火山でもなければ休火山でもありません。加えて言うならば僕も長いことここに住んでますが地熱の発生源になるような火の精霊の動きも感じない」
アケの表情が青ざめ、蛇の目が震える。
ウグイスは、今だに分かっていない。
「つまり猫の額で温泉が出ることはないのです!」
そう言って右手を伸ばして人差し指をぴんっと伸ばす。
アケは、蛇の目と口を開いて衝撃を受ける。
頭の良いアケが何故こんな簡単なことに気づかなかったのか理解に苦しむ。
ウグイスは、ようやく事の重大さに気づいたようで目と口だけでなく、全身の羽毛まで逆立っていた。
カワセミは、もう可哀想なくらいに小さくなっている。
オモチは、右頬を掻き、小さく息を吐く。
「アケ様」
オモチは、ショックを受けて落ち込んでいるアケに声を掛ける。
「お気持ちは分かりますが、家精にお願いしてお風呂を増設したらいかがですか?彼女は精魂です。アケ様が思うような・・」
オモチは、言いかけた言葉を飲み込む。
アケは、唇をぎゅっと結び、蛇の目の視線を下げ、肩を落としていた。
「アケ様?」
オモチが声を掛けるとアケは、ぷいっと顔を背ける。
分かりやすいくらいに拗ねている。
アケも分かっているのだ。
王のことも、家精のことも理解はしてる、自分が間違っているのことも分かっている。しかし、整理できないのだ。理解よりも感情よりも幼いものが彼女を邪魔している。
オモチは、右頬を掻く。
「温泉は出せませんが協力なら出来ますよ」
アケは、熱を当てられたように顔を上げる。
「まず場所は小川の近くにしましょう。大地の精霊にお願いして水の精霊が通れる道を作れば溜めることが出来ます。熱くするなら火の精霊の家を作って水を沸かせるようにすれば良いです。薪をご飯にすれば幾らでも言うことを聞いてくれます。風の精霊のキスがあれば尚のこと喜ぶでしょう」
大地にお願い?
水の道?
火の家?
風のキス?
この白兎は、何を言っているのだ?
ウグイスは、まったくイメージが出来なかった。
「問題はその水を貯める為の桶ですね。人が入れるほどの物を作るとなると魔法では厳しいです」
「物質化をしたら?それなら形成出来るでしょ?」
ウグイスが自分の得意分野を口にする。
魔法は、得意でないウグイスだが魔法の物質化だけは唯一自慢出来るものだ。
しかし、オモチの返答は小さいため息だった。
ウグイスは、思わずムッとする。
「君の魔法の物質化が一流なのは認めるよ」
その言葉に紙が捲れるようにウグイスの機嫌は良くなる。
「でも、物質化をずっと保つなんて不可能だ。それともずっと君が付きっきりで魔法を使うのかい?」
「あっ・・・」
ウグイスは、手を口に当てる。
その横でカワセミが顔を覆ったままだ。
「魔法は不思議だけど万能ではない。だから技術と文化が発展したんだ。そしてその文化の発展の中で新たな精霊、精魂が誕生した。全ては繋がってるのさ」
本当に講義みたいだな、とアケは思った。
前から思ってたけどオモチは外見の愛らしさと反比例するように優秀だ。
「まあ、それはさておき、桶はどうしましょうかね」
オモチは、下顎を指に乗せる。
1番簡単なのは木を切って型作ることだが自分も含めて素人だ。どこかで水が漏れるに決まっている。岩を掘って作っても温めるのが難しい。
つまり頑丈で大きくて広い、その上で熱の伝導率も良くて冷めにくい。しかも火傷しない。
そんな都合の良い素材が果たしてあるのだろうか?
アケを見ると顔色が不安で暗くなっていくのが分かる。
ウグイスも自分で作ると言った手前、出来ないのではと思い始め表情が固くなる。
「ペパーミントバードの卵なんてどうですか?」
空から声が聞こえる。
屋敷の1番上、とんがり屋根の丸い天窓が開き、そこから金糸の髪の美しい女性が顔を出している。
家精だ。
アケの表情が強張る。
シルキーは、そんなアケの様子に気がついてか、可笑しそうに笑う。
「今は、産卵期で丁度、森を抜けた水場付近で巣作りをしているはずですよ」
アケの脳裏に今朝、炒り卵を作る時に割った手の平サイズの卵が頭に浮かぶ。
馬鹿にされた!と思い、頬が赤くなり思わず口が開く。
「卵なんかでどうやっ・・・」
「その手があったか!」
アケの言葉に被せてオモチが明朗な声を上げて両手を打つ。
ウグイスとカワセミも表情を輝かせる。
「確かにペパーミントバードなら」
「最高の素材ね!」
双子は、お互いの手を握って飛び跳ねる。性格は正反対なのにこう言うことをすると良く似ている。
「アケ!行こう!善は急げだよ!」
ウグイスは、アケの手を握り、両手を、翼を広げる。
「産卵期は気が立っているから気を付けないとな」
カワセミもアケのもう片方の手を握り、翼を広げる。
アケの足元に緑色の円が現れ、複雑な紋様が描かれ、魔法陣となる。
身体が軽くなり、アケの身体が浮かび上がる。
アズキが慌ててアケの足元にしがみ付く。
「いっくよー!」
ウグイスの号令で双子は、翼を大きく羽ばたかせ、浮かび上がる。
「オモチ様は、遅れずについて来てください」
カワセミがそう言うと双子はアケの手をしっかりと握り空へと舞い上がる。
オモチは、3人が去っていく空を見て、「待ってくれえ」と慌てて飛び跳ねながら追いかけていった。
「行ってしまいましたね」
家精は、口元に手を当てて笑い、庭を見下ろす。
リビングに続く大きな窓が開き、ツキが姿を現す。
ツキは、先程までアケが立っていた場所まで来る。
「そうだな」
ツキは、少し不服そうに呟く。
「あら、残念そうですね」
「そんなことは」
ツキは、否定するもその声で落ち込んでいる事が分かる。
恐らく、自分が何とかしたかったのにアケが何故か怒り、自分を置いて他の者に頼っていることが気に入らないのだろう。だから、屋敷の中にいるにも関わらず出てこなかった。
つまりは拗ねていたのだ。
(あの王がね)
家精は、ツキに気付かれないように笑う。
「さて、私も準備しましょうかね」
家精が言うとツキは、天窓を見上げて眉を顰める。
「準備?」
「ええっ家精としてですが。それよりも放っておいていいんですか?」
家精は、態とらしく聴く。
「まあ、あの3人なら平気だろう」
ツキは、そう言って屋敷の中に入っていった。