エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(2)
時は昨夜に遡る。
マダムの言葉をヒントに私は作戦に必要な材料を集めた。
大量の赤目蜂の蜂蜜だ。
革袋にして10袋分ある。
「ありがとうスーちゃん」
私は、この大変な収穫を一緒に手伝ってくれた赤い鬣に赤い双眸を燃やした6本脚の軍馬スレイプニルのスーちゃんの首筋を撫でてお礼を言う。
カゲロウが病院に入ってからスーちゃんはキッチン馬車と一緒にマダムの屋敷の庭に住んでいた。と、いっても世話を受けるわけではなく日中は姿を消し、夜になると帰ってくる、食事も自分でどこかで食べてきているようでマダムがしたのは寝床の提供だけだったと言う。
そんなスーちゃんだがマダムが「エガオちゃんの力になってあげて」と言われるや風となって宿舎まで走ってきてくれて、私と一緒に赤目蜂の住む山まで行ってくれたのだ。
私は、赤目蜂にお礼を言って沢山の蜂蜜を分けてもらい、川のほとりに沢山の種類の花の種を蒔いた。
感謝とお礼。
カゲロウの言葉を頭の中で繰り返しながら。
そして大量の蜂蜜を持って宿舎に戻ってきたのだが・・。
「どうしようか、これ」
私の言葉にスーちゃんが困ったように嘶く。
蜂蜜を使っての方法は頭の中で思いついている。
問題は私にその作戦を形に出来るだけの技術がなかった。
しかし、こんな荒唐無稽な作戦を従者達に手伝ってもらうのも気が引ける。
そんな時だ。
「お困りのようね」
聞き覚えのある声と共に砂利を態と強く踏み締めた音が鳴る。
その声と音に私は、振り返り絶句する。
ディナだ。
ディナが三白眼を釣り上げ、両手を組んで仁王立ちしていた。
私は、あまりの驚きに息を飲み、口元に両手を当てる。
「デ・・ディナ⁉︎」
声の震えが身体にまで伝染していく。
「なんでここに・・⁉︎」
「なんでここにじゃないでしょ!」
ディナは、叫び、両腕を解くと右腕を大きく振り上げた。
叩かれる!
私は、思わず目を瞑る。
しかし、ディナの手が私の頬を叩くことはなかった。
その変わりにやってきたのは熱い温もりだった。
「どんだけ心配したと思ってんのよ馬鹿!」
ディナは、私をぎゅっと抱きしめ、三白眼を涙に濡らして私の耳元で叫ぶ。
そこに更なる重みと熱さが加わる。
「エガオちゃん・・」
サヤが私の背中にぎゅっとしがみ付く。
「会いたかったにゃ・・」
チャコが私の肩の上に顎を乗せて頭についた耳を折り曲げる。
「何勝手にいなくなってんだよ・・」
イリーナは、溢れそうな感情を唇を噛んで私の頭をぎゅっと抱きしめる。
「まったくこの・・・馬鹿」
ディナは、悪態を吐きながらも三白眼の目から涙をボロボロ溢す。
何で?なんでここにみんなが⁉︎
私は、何が起きたのか分からず混乱していると少し離れたところから喉を震わせて笑いを堪える声がする。
マダムが少し離れたところから微笑ましそうにこちらを見ていた。
「マダム・・?」
「ごめんなさいねエガオちゃん」
マダムは、堪えきれずに吹き出した。
「どうしてもみんなが会いたいって言うから連れてきちゃった」
連れてきちゃったって・・。
私は、マダムに怒りの声をあげようとするが、4人組に泣き声に言葉を飲み込んでしまう。
「エガオちゃん」
マダムが優しく、しかし強い眼差しで私を見る。
「みんなに言うことがあるんじゃない?」
みんなに言うこと?
私は、泣きじゃくる4人を見る。
4人は、私の身体を強く強く抱きしめて「会いたかったよ!」「嬉しいよー」「エガオちゃん」「大好きだよ」と口にする。
私の目からいつの間にか涙が溢れていた。
「みんな・・・」
私は、両手を伸ばしてみんなの身体をぎゅっと抱きしめる。
「ごめんなさい」
その後は、もう涙が止まらなかった、
メドレーの宿舎の中庭で私達は延々と泣き続けた。
「つまり王子様達の代わりに馬車に乗り込んで襲われたところを赤目蜂の蜂蜜を使って鬼ってのを捕獲しようとしてるのね?」
ディナがたっぷりと蜂蜜の詰まった皮袋を指先で突きながら私を見る。
「どうやって?」
そう言って首を傾げる。
他の3人も同じように首を傾げる。
4人組の疑問は当然だ。
何せ私自身がこの後の作戦に悩んでいるのだから。
「鬼達が襲ってくる度に蜂蜜を大鉈の刀身に付けて戦うのがベストなんだけど・・」
当初は王子達が乗る予定だった馬車に仕込んでおくつもりだったが彼らの戦闘力を考えるとどうしてもその間に隙が出来てしまう。
普通に戦うなら決して遅れは取らない。しかし、今回の作戦においては致命的だ。
イリーナがディナの隣に座って同じように革袋を突く。
「ディナ」
イリーナは、ディナを呼ぶ。
「なに?」
ディナは、三白眼に浮かんだ涙を拭う。
「あんたこの革袋の材質で球の袋って作れる?やばいくらいたくさん。蜂蜜が漏れないくらい頑強に」
ディナは、顎の下に人差し指を置いて視線を上げる。
「まあ、一晩かければ100個くらいは」
ディナの言葉に私は思わず口を丸く開ける。
「よし!」
イリーナは、膝をポンと叩いて立ち上がり、私を見る。
「私が剣球でフォローするよ」
「えっ?」
「要は戦ってるエガオちゃんの大鉈に蜂蜜が無くなるたびに補充すればいいんでしょ?楽勝だよ!」
そう言って木剣を使って打つ真似をする。
他の3人が「おーっ」と声を上げる。
「嫌・・でも!」
「もしズレても補正は私がするよ」
サヤが両手を上げて、眼鏡の奥を細める。
「おう、任せたぜ!」
そう言ってイリーナは、サヤの肩を叩く。
いや、ちょっと待って・・。
「後、エガオちゃん馬車には1人で乗るのかにゃ?」
チャコが大きな目で私の顔を覗き込む。
「ええっ一緒に乗る人が鬼に感染してないとは言えないし」
「じゃあ私がプリンスとなって乗るにゃ!」
チャコは、平らな胸をどんっと叩く。
私は、驚きのあまり目を剥く。
「予防接種してるから発症の恐れはないから大丈夫にゃ」
「いや、そう言う問題じゃ・・」
「王子様とお姫様のお披露目会なのに1人しか乗ってないなんて怪しまれるに決まってるにゃ。私なら男装しても怪しまれないし・・だって・・」
自分でそこまで言って悲しそうに胸を見る。
「だって・・・」
涙ぐむチャコをサヤが優しく頭を撫でる。
「とにかく私達がエガオちゃんをサポートするから!」
「もう1人でどっかになんて行かせないわよ!」
「次どっか行ったら綺麗な顔を引っ掻くにゃ!」
「漫画だって描いてあげないから!」
4人は、胸を張って両手を組んで私を見る。
その目にはメドレーの戦士たちですら見せない決意が漲っていた。
「大丈夫よ」
いつの間にか私の横に来ていたマダムがポンっと私の肩を叩く、
板金鎧が小さく音を立てる。
「この子達のことは心配しないで。ちゃんと私達が守るから」
そう言ってマダムは優しく微笑む。
私、マダムを見て、そして4人組を見る。
危険だ。
そんな危険なことをこの人たちにお願いしちゃいけない。
そんなこと分かってるのに・・。
私の胸は熱くなってきゅっと締まる。
気がついたら私はみんなに頭を下げていた。
「よろしく・・お願いします」
そんな私を見て4人組の顔に歓喜の笑顔が走った。
「よおし!」
イリーナが拳を振り上げる。
それに釣られて3人も拳を釣り上げる。
「エガオちゃんのハニートラップ!作戦スタートだ!」
ハニートラップ?
私は、4人が叫んだ作戦名の意味が分からず眉を顰める。
「あらあら、大胆な名前ね」
マダムは、口元に手を当てて小さく笑う。
大胆?
私は、意味が分からず首を傾げる。
その後、マダムからその名前の意味を教えてもらい、頭がぼんっとなって卒倒した。
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