平坂のカフェ 第4部 冬は雪(38)
「私は、"逝く"扉しか選べないよ。もう身体が持たないはずだから」
カナは、赤いシミに染まったピンクのカーディガンをスミに見せて笑う。
ピンクのカーディガンの袖のシミは手首から肘先まで広がり、赤い雫を滴らす。
スミは、悔しそうに歯噛みする。
「なんで・・・そんな事を・・」
「・・・貴方を戻すためよ。現実の世界に・・。それが私が貴方に出来る罪滅ぼしだから」
出血という概念をスミが・・・平坂のカフェが認識したからなのか、カナの顔色が白くなっていく。
「3回目のカフェから戻った時、絶望とともに考えたの。友人のお母さんの言葉の意味を。
平坂のカフェから貴方を取り戻すには、話さないといけない。
でも、私が貴方の事を話そうとすると平坂のカフェのルールのによって話すことは愚か声すら出せなくなる。
なぜなら私は、平坂のカフェにとっては部外者だから。招かれていない存在だから平坂のカフェの中で喋ることは出来ても話すことは出来ないの。
じゃあ、どうすれば話す事が出来るのか?
答えはとても簡単だった。
私が部外者じゃなくなればいい。
平坂のカフェのお客さんになればいいんだって」
カナは、何事でもないようにあっけらかんと話す。
しかし、その言葉は何よりも重く、何より鋭い刃となってスミの心に突き刺さる。
平坂のカフェの客になると言う事。
それは生と死の狭間にいる事を指すのだ。
「私の身体は、今、眠る貴方の胸に顔を埋めて眠っている。手首を切って、絶え間なく血を流しながら・・。ここじゃ時間の感覚がないけど、病室には滅多に人が入らないからきっともう助からない・・・」
「カナ・・」
スミの唇が、声が、身体が震える。
カナは、優しく微笑んでスミの頬に触れる。
そして震えるその唇に自分の唇を重ねる。
それは悠久のように長い時間のように感じた。
カナは、そっと唇を離す。
「私は、もう貴方と一緒に入られない。本当は貴方が記憶を取り戻すまで一緒にいたかったけどそれも無理みたい」
カナは、雪の降り荒れる桜の木を見る。
「もう一度・・・一緒に見たかったね」
カナの手がスミの頬から離れる。
「そしてもう一度あの言葉を聞きたかったな。あんな嬉しい言葉・・私の一生の宝物だよ。でも、もうそれを聞く事ができないのも私の罪滅ぼしなんだよね。きっと」
カナは、にっこり微笑む。
「大好きだよ・・・スミ」
カナは、カウンターの椅子から降りる。
そして踵を返すと"逝く扉"に向かって歩き出す。
カナの小さな足跡と血が雪に残る。
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