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平坂のカフェ 第4部 冬は雪(35)

 目が覚めるとそこは病室だった。
 私は、貴方の胸に顔を埋めていた。
 私の姿は女子高生から元に戻っていた。
 そして貴方も眠ったままだった。
 翌日、ネットニュースを見ると意識して不明だった鳥頭を刺した男が目を覚まし、快方に向かっていると流れた。
 彼が回復したことをネットの住民達はこぞって"英勇の帰還"と捲し立てた。
 しかし、彼がそれを喜ばないことはもう分かっていた。
 そしてあの夢としか思えない出来事が現実であると知った。
 私は、ネットを開いたままに"ヒラサカノカフェ"と検索した。
 検索結果は2つ出た。
 一つは臨死体験した人たちのサイト。
 生々しい白を基調としたカフェを訪れてコーヒーを出された。そして"生く"か?"逝く"か?と聞かれたというもの。間違いなく平坂のカフェのことだが、それ以上の情報は何もなかった。
 次に"ヒラサカ"と検索するとアイドルのグループ名、そして黄泉比良坂ようもひらさかと言う単語が出てきた。
 詳しい説明は出ていなかったがあの世とこの世を繋ぐ坂道のことらしい。
 あの男も確かにカフェに来るまでの間に暗く険しい坂道を登ってきたと言っていた。
 つまりあそこはあの世とこの世の中間にあってそこで生死が定めるのだ。
 そして何故かスミがそこに囚われた。
 店主として。
 つまりそれはまだスミを助けられると言うことだ。
 私は、スミに「必ず貴方を助けるからね」と言い残して病室を離れる。
 今度は、心配してかけないように両親に連絡して。
 しかし、理由は調べ物をしたいからとしか言わなかった。
 最初に訪れたのは街でも1番大きな図書館だ。
 ネットに載っていなくても古い本になら何かヒントがあるかもしれない。
 そう思って図書館に歩いて本を虱潰しに読んだ。
 気が遠くなるほど細かな仏教の本質や神話、生命のスピリチュアルな本やゴシップニュースまでありとあらゆる本を読んだがどれにもそれらしい話しは載っていなかった。
 次に有名なお寺の住職にも話しを聞きに行ったが高いお布施を取られただけで実りのある話しを聞くことが出来なかった。
 この一年、運動らしい運動をしていなかった私はどんなに疲れても必ず病室に戻り、貴方に話しかけた。
 そして貴方の胸の中で眠りにつき、平坂のカフェへと訪れた。
 桜は散り、大きな月が浮かんでいた。

 2回目のカフェから戻って得た収穫はそれほど多くはなかった。
 カフェの中ではやはり貴方のことは話せないこと。
 間接的に話しても貴方の記憶は蘇らないこと。
 そして記憶がなくても優しい貴方は変わらなかったこと。
 ネットニュースには"鳥頭"の母親が亡くなったことが一瞬上げられたが話題にも上らなかった。
 報道規制がされたのか?それとも世間は私の心ほどにこの事件を取り上げなくなったのか?
 私は、カフェであったあの母親を思い出す。
 あの我儘で最悪なあの母親を。
 私は、自分を産んだ母親のことを覚えていないがあの女と話している時、自分の母親もこんな人だったのではないか、そう思って胸が痛過ぎた。
 そして今の育ててくれた母親に出会えて本当に良かったと思った。
 しかし、貴方が最後に聞いた時、彼女は一瞬だけ、本当に一瞬だけ、母親の顔になっていた。
 貴方の顔を見る。
 貴方は、そんな出来事があったことなど知らないとでも言うように眠っている。
 貴方を取り戻す手段は・・・まだ分からない。

#短編小説
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#母親
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