冷たい男 第6話 プレゼント(7)
「「おねえ様!」」
目を覚ました少女の耳に双子の必死な声が飛び込む。
少女は、織り機に向かって座ったままだった。
その手と、肩と、胸と、頭に無数の紫色の蝶が止まっている。
少女は、短い悲鳴を上げる。
「光の精霊!」
「闇の精霊!」
ロングの手に光が、ショートの手に闇が生まれる。光は、波状のシャワーとなって放たれ、闇は漆黒の衣となって少女の身体を避けて紫の蝶を襲う。
光に貫かれた蝶は青白い炎に包まれて焼け消え、闇に掴まれた蝶はそのまま飲まれ消え去った。
仲間を消された蝶たちは驚いて少女の身体から離れる。
突然のことに何が起きたか分からない少女。
「大丈夫ですか?おねえ様?」
「お怪我は?」
心配そうに少女を覗き込む双子。
その瞳は血のように赤く染まり、ナイフで切り裂かれたような縦長になっている。
その恐ろしくも妖艶な姿に少女の心臓が冷たく高鳴る。
「・・・何が・・・起きたの?」
少女は、恐る恐る訊く。
その間に追い払い、消し去ったはずの紫の蝶が集まり出す。
不愉快の羽音を立て、無機質な複眼でこちらを見る。
数も数百を超えている。
蝶たちは重なり、群がり、繋がり、パズルのように1つの型を形成し、赤と紫、そして地面を汚すような黒の混じり合った巨大な蝶の姿へとなる。
ショートとロングは、少女を守るように前に立ち、身を低くして猫科の猛獣のように唸り声を上げる。
「私たちもよく分かりません・・・」
「花を摘み終えて、あの方が染料に変えてくると言って別れて戻ってきたらおねえ様があの蝶に襲われて呻き声を上げてたんです」
双子は、再び精霊を召喚し、両手に集め、放つ。
精霊の一撃で蝶の羽が破れる。
しかし、破れた部分は直ぐに修復される。
巨大な蝶ではなく群体の集まりであるが故に双子の攻撃で削ろうとも意味はなかった。
しかし、相手の攻撃は違う。
蝶の全身から粉が舞う。
蝶を形成する1匹1匹の微少な羽から舞い上がる微少な鱗粉は混ざり合い、粉塵となって3人に降り注ぐ。
鱗粉が重く全身にのし掛かり、鼻腔と舌を痺れさすような甘い香りが意識を奪おうとする。
私の意識を奪ったのはこの匂いだと少女は悟る。
少女よりも感覚が鋭いのであろう双子が膝を突き、頭をクラクラさせて意識が飛びかけている。
そこに紫の蝶たちが群がっていく。
あぶない・・・。
少女は、双子に手を伸ばすも自分もまた意識が飛び掛ける。
やば・・・い。
少女の意識が闇へと沈む。
・・・
・・・
・・・
「風の精霊」
風が巻き起こる。
鱗粉を渦にして巻き上げ、飛び散らす。
少女と双子の意識を覆っていた闇が晴れる。
3人は、詰まっていた息を吐き出す。
クリアになった少女の視界に色とりどりの花弁と瑞々しい緑の葉の肉身を持つ美しい裸体の乙女が宙に浮いてきた。
彼女の周りから吹き荒れる風に蝶の群体がその型を保てずに崩れ落ちそうになる。
「やれやれ、ちょっと使ってなかった間に変な虫が棲みついてたみたいですね」
少女と双子の後ろから声がする。
振り返るとそこに焦茶色のとんがり帽子を被ったチーズ先輩が立っていた。
その手にはチーズ先輩と同じ身長の蕾を付けた植物が握られていた。
「花の妖精」
チーズ先輩の言葉を発すると花が首をもたげる蛇のように動かしながら茎を伸ばし、葉を生い茂らせ、花弁がゆっくりとゆっくりと開き、マリーゴールドに似た虹色の花を咲かせる。
「・・・食しなさい」
その瞬間、花の中心、花柱の部分が2つに割れ、巨大な顎へと変貌する。
花弁と葉の肉身を持つ乙女が蝶の群体に手を翳す。
風が突風となって蝶の群体の身体を絞り込み、巻き込み上げ、花弁の顎へと吸い込まれていく。
花弁の顎は、口に入ってきた蝶を喉を鳴らして飲み込んでいく。
そして紫の蝶は、1匹も残さずに消え去り、美しい花畑と花弁と葉の肉身を持つ乙女、そして少女と双子、巨大な顎を持つ花を携え、とんがり帽子を被ったチーズ先輩だけが残っていた。
「やったね先生!」
チーズ先輩の被ったとんがり帽子の皺の部分が大きく開く。その上には可愛らしい目が2つ付いていた。
その顔は、子狸の愛らしい顔そのままだ。
「貴方がいてくれて良かったです。ありがとうございます」
チーズ先輩は、礼を言う。
「風の精霊も花の精霊もありがとうございました」
チーズ先輩がお礼を言うと花弁と葉の肉身を持つ乙女はにっこりと微笑んでそのまま消え去り、巨大な顎を持つ花も小さなマリーゴールドへと姿を変え、そのまま動かなくなった。
「貴方たちも怪我はありませんか?」
チーズ先輩の問いに少女は頷く。
元の綺麗な目に戻った双子も頷く。
「先輩・・・助けてくれてありがとうございます」
少女は、チーズ先輩に深々と頭を下げる。
「いえ、これは我が家の管理不足でしたので・・」
チーズ先輩は、左手を前に出して謝辞を制する。
「貴方たちもありがとう。怪我はない?」
少女に声を掛けられると双子は恥ずかしそうに顔を赤く染めてモジモジし出す。
「いえ、どこも・・・おねえ様が無事で良かったです」
「力不足で何の役にも立てなくてごめんなさい」
少女は、思い切り頭を横に振る。
「そんなことないわよ。2人がいなかったら今頃食べられてたわ!本当にありがとう!」
少女がにっこりと微笑んで礼を言う。
双子は、お互いの顔を見合わせて、嬉しそうに身体を横に揺する。
その様子を見てチーズ先輩も嬉しそうに微笑む。
「さあ残りの作業をしましょう。何があったら私が対処しますので安心してください」
「はいっ」
少女は、頷くと横糸棒を走らせ、綜絖を叩いた。
星屑のような火花が祝福するように煌めいた。