エガオが笑う時 間話 とある淑女の視点(4)
長年の多量のアルコール摂取による臓器不全で何もしなければ1年も持たずに命が尽きてしまうかもしれないと診断された。
完治するには年単位での治療が必要で医療施設への入院が必要になった。
つまりエガオちゃんと一緒に暮らすことが出来なくなったのだ。
当然、私は入院を拒否した。
なんでエガオちゃんを大切にすると、もう離れないと決めた矢先にこんなことになるの⁉︎
神様は、何でこんな酷いことが出来るの⁉︎
私は、子どものように嘆き、エガオちゃんに慰められる始末だった。
そんな私を説得したのは夫だった。
「本当にエガオのことを想うなら今は身体を治すべきじゃないか?」
夫の言葉に私は頷くしかなかった。
確かに我儘を言って身体を悪くしてエガオちゃんを悲しませるくらいなら今は堪えて身体を治すことに専念した方がいい。
私は、苦渋の決断をした。
エガオちゃんにもゆっくりと説明すると泣きながらも「ママに元気でいて欲しい」と言ってくれた。
それでも寂しい想いをさせることに変わりはない。
私は、夫にエガオちゃんのことをしっかりとお願いし、宿舎を去った。
必ずエガオちゃんの元に帰ると誓って。
病魔は私の想像以上に身体を蝕んでいた。
特に臓器の一部を摘出、薬による治療が始まってからが本当に苦しくて身体を動かすのもままならず、退院と入院を繰り返した。
正直、何度、治療をやめて楽になろうかと考えたかわからない。
しかし、私はエガオちゃんと再び一緒に暮らすことだけを考えて治療に専念した。
そんな治療を繰り返し、気が付いたら10年という時間が流れていた。
医師からは「もう大丈夫でしょう。よく頑張られましたね」と褒められ、屋敷に戻ると侍女達も心から喜んでくれた。
しかし、私の心は晴れない。
10年。
その年月が私に重くのし掛かる。
もうエガオちゃんは私のことなんて覚えていないだろう。
それどころかメドレーの宿舎にいるのかさえ分からない。
夫は、私に心配かけまいと思ってか手紙を送ってもエガオちゃんのことには触れてこなかった。
それでも私は一目でいいからエガオちゃんに会いたい、ひょっとしたら宿舎の従者として働いている可能性だってあるかもしれない。
そう思ってメドレーの宿舎へと向かった。
しかし、現実とは私が想像するよりもはるかに無情で無慈悲であった。
メドレーの宿舎に着くとちょうど前線から帰還した部隊が宿舎の門を抜けたところであった。
異様な光景だった。
10名以上の板金鎧を纏った戦士達。前線で戦ってきたはずなのに彼らの傷はあまりに浅く、汚れも少ない。
しかし、その先頭を歩く傷だらけ、凹みだらけの板金鎧を纏った13、4歳くらいの少女だけが全身を血で真っ赤に染まっていた。
私の心臓が大きく跳ねる。
今は燻んでいるが洗えば金糸のようになるであろう大きな三つ編みに編んだ髪、水色の大きな目、整いすぎるほどに整った美しい顔立ち、小柄な身体。
「エガオ・・・ちゃん?」
私は、ぼそりと呟く。
私の声が聞こえたのか少女は、立ち止まって水色の目を私に向ける。
抑揚なく、無感情に、頬の一つも緩めずに私を見る。
エガオちゃんだ。
私は、目の前の少女がエガオちゃんだと確信する。
しかし、その顔には何も浮かんでいない。
悲しみも、喜びも、あの可愛らしい笑顔も浮かんでいない。
エガオちゃんは、じっと私を見ていたもののすぐに興味を失くして立ち去っていく。
私の後ろで誰かが「笑顔のないエガオが帰ってきた」と侮蔑の言葉を述べた。
"笑顔のないエガオ"?
あの可愛らしい天使のような笑顔を浮かべたエガオちゃんの笑顔がない?
私は、その場に膝を着く。
絶望と神への怒りが私の心を包み込んだ。
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