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冷たい男 第5話 親友悪友(5)

ファミレスを出てからショートの少女はずっと冷たい男の手を握っていた。

 まるで逃がさないかのように強く、強く。

 外見からは想像もできない力に痛みはないが不快に感じ、冷たい男は、小さく眉を顰める。
「冷たくないかい?」
 何とか離させようと冷たい男は言うが、ショートの子は朗らかに笑って首を横に振る。
「慣れちゃえば平気」
 そう言って小学生のように握った手を大きく振ってスキップする。
 その様子を道ゆく通行人達がチラチラと見る。
 側から見ると凄いバカップルなのだろうな、と冷たい男は、頬を赤くする。
 2人がやってきたのは大きな公園だった。
 公園といってもあのフレンチトーストのカフェの近くにあるような自然溢れた広大で温かな印象の公園ではない。
申し訳程度に最低限の古めかしい遊具の置かれた猫の額のような小さな公園だ。
 
 しかし、暗い。
 
 街灯も弱々しく灯るものが一本しかなく、植林された木々が壁のように公園を覆っているため、外の街灯や家々の灯りも入り込まない。
 だから人もいない。
 まだ8時も回らないこの時間なら思春期の少年や家を持たない人たちがいそうなものだがその人たちすらいない。
 人が入ってこないことが分かっているからか、モスキート音すら聞こえない。
 ただただ、寒々とした恐怖が闇とマーブルしている。
 普段、葬儀会社で死と間近に触れ合っている冷たい男ですら足を踏み入れるのを躊躇ちゅうちょしそうなのにショートの子は、ニコニコ笑いながら平然と入っていく。
 あれだけ無関心だった子とはとても思えない。
 ショートの子は、ブランコを見つけると目を輝かせて駆け寄り、2つぶら下がっているうちの1つの鎖を掴むとそのまま飛び乗って立ち漕ぎをし出す。
 暗闇で足元すら見るのが困難な中、彼女は、思い切り漕いで天まで昇り、落下する。
 高校の化学の授業の映像で見たガウス加速機に弾かれる鉄球のようだな、と冷たい男は思った。
「貴方も乗りなさいよ」
 ショートの子は、花一匁はないちもんめの「お入りなさい」とでも言うように隣のブランコに誘う。
 冷たい男は、小さく鼻息を鳴らし、隣のブランコに乗って小さく漕ぐ。
「ねえ、貴方の会社ってさあ、月にどんだけの人が死んでくるの?」
 まるで「何人遊びに来るの?」とでも聞くように楽しげに尋ねてくる。
 冷たい男は、露骨に嫌そうに顔を顰めるも、質問に答える。
「さあ、その月に寄って違うから何とも言えませんね」
「ふうんっでも多いんでしょ?」
「まあ、それなりに。町で一軒しかありませんから」
「若い死体は入ってくる?」
「だから何とも言えませんって」

 グワッチャン!

 割れ崩れるような音を立ち上げ、ブランコの椅子が落ちてくる。鎖が靱帯が伸び切るように張り、その場で揺れる。
 そこにショートの子の姿はなかった。
 冷たい男は、思わず天を見上げるがそこにあるのは弱々しく光る星々のみ。
 大腿部に重みを感じる。
 首に柔らかく、艶めかしい感触が這う。
 ショートの子は、目の前にいた。
 冷たい男の大腿部に小さな腰を下ろし、細い手を冷たい男の首に回し、そして鋭利な刃物で切られたような縦長の赤い瞳で冷たい男の顔を映した。
「・・・驚かないのね?」
 ショートの子は、縦長の瞳を携えた目を蠱惑的に細める。小さな唇から甘く熟して腐ったような匂いがする。
 何度でも嗅ぎたくなるような腐った甘い匂いが。
「・・・何となく人間ではないと思ってたので」
 冷たい男は、表情を変えないよう努めて口を開く。
「そう。感がいいのね。今の人間では貴重よ。誇りなさい」
 そう言って、細い指先で冷たい男の頬をなぞる。
「本当に冷たいのね。凍えそう」
 そう言いながらもショートの子は楽しそうに喉を鳴らす。
「貴方こそ・・・本当に人間?」
「・・・生物学上は・・・」
「ふうん」
 自分で聞いておきながらつまらなそうに言う。
「貴方にお願いがあるの」
 そう言いながら指先に張った霜を擦り落とす。
「お願い?」
「そう。貴方の会社に来る死体をたまにでいいから分けて欲しいの。特に死にたての若い死体を」
「ご遺体を?」
 冷たい男は、不愉快げに顔を顰める。
「何のために?」
「言わなくても分かる癖に」
 冷たい男の前髪を弄りながら笑う。
「そうしてくれたら貴方は助けてあげる。あのバカピンクはダメだけど」
 喉の奥でコロコロと笑う。
「ねえ、悪い話しじゃないでしょ?それで命が助かるの・・」
「断る!」
 冷たい男は、はっきりと力強い意思を持って答える。
「うちでお預かりしたご遺体と魂を迷うことなく天に届けるのがオレの役目だ。お前たちに渡す道理はない」
 ショートの子から笑みが消える。
 それに変わり浮かんだのは怒り。
 自分より下と思っていた者に逆らわれた時に見せる下卑た怒りだ。
 ショートの子は、冷たい男の首に回した両腕なら力を込めて締める。
「そう・・ならしょうがない」
 見かけからは想像も出来ない力に冷たい男は、苦鳴を漏らす。
「貴方の血はアイスのように甘いのかしら?それともシャーベット?」
 ショートの子は小さな唇を割れるように大きく開く。
 刃のような二つの牙が街灯の光に鈍く光る。
「いただきます」
 ショートの子の牙が冷たい男の首に喰らいつく。
 濃厚な血の匂いが闇の中に広がった。
        
                つづく
#短編小説
#赤い目
#妖

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