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エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(4)

「わあー!」
 青い傘のさした円卓に座った学生4人組が私を見た瞬間に感嘆の声を上げる。
 私は、恥ずかしさのあまり銀のトレイを持ったまま固まり、顔を背けてしまう。
 私が羞恥に襲われる原因、それは蜂蜜を洗い落とし、白いエプロンを括り付けた鎧の下に着た薄桃色ピンクの鎧下垂れのせいであった。
 お風呂上がり、待ち構えていたマダムによってばっちりと化粧され、髪をこれでもかと結い上げられた私の前に「プレゼントよ」と置かれたのがこの薄桃色ピンクの鎧下垂れだった。
 控えめだが洗練された可愛らしい花のような薄桃色、生地は柔らかく、見た目も綿毛のようにふわりっと柔らかそうなのに鎧の動きの邪魔にならないよう要所が引き締まっている。そして何より・・。
(スースーする)
 この鎧下垂れ、下の部分は膝丈までのスカートになっているのだ。しかも可愛らしく縦に折り目の付いた、まるで四人組の学生服のような・・・。
 正直、着るのを戸惑った。
 袖を通した瞬間、恥ずかしさのあまりこの世界から消滅してしまうのではないかと本気で思った。
 しかし、蜂蜜に塗れた鎧下垂れはもう2度と着ることが不可能なほどにべとついている為、決死の覚悟で袖を通した。
 その結果・・・。
「エガオちゃーん!」
 眼鏡のロングヘアの子、サヤが目を大きく輝かせて祈るように手を組んで私を見る。
「ステキー!」
 茶色の縞の猫の獣人の子、チャコが尖った瞳を大きく見開き、円卓で爪を研ぐ真似をする。
「悔しいが妖精みたいだ」
 銀髪、三白眼のエルフの少女、ディナが憮然とした顔で言う。
「お花みたい!」
 浅黒い肌のショートヘアの子、イリーナが大きく口を丸く開く。
「そうでしょう!」
 マダムが自慢げに胸を張って私の横に立ち、両肩に手を置く。
 私は、恥ずかしさのあまり顔を背けてしまう。
「本当、エガオちゃんって何着ても似合うからコーディネートのしがいがあるわ」
 マダムが頬を紅潮させて嬉々として言う。
「いやマジでそうだわ」
 イリーナが感心するように頷く。
「同じクラスにいたら絶対に着せ替え人形にしてるね」
 チャコが目をかがやかしながら怖い事を言う。
「今度、何か小物でも作ってきて飾ろうかな」
 ディナが三白眼を細めて言う。
 私は、話しを反らす為にも注文を取ろうとするとミナが私を見ながら手招きしている。
 流石、優等生っぽいミナ、私が困っているのに気づいてくれているのだ、とホッとして近寄る。
 しかし、その期待は恐ろしい角度で裏切られた。
「ねえ、どんな下着買ったの?」
 その瞬間、私の頭が音を上げて火を吹いた。
 ミナは、ニヤニヤとしながら私を見てくる。
 私は、混乱してしまって言葉を出すことも出来ない。
 すると、マダムに朗らかに笑いながら人差し指を立てる。
「ああっそれはね!」
 マダムが嬉しそうに話そうとするので、私は「わーわー!」と大声を上げる。
「おいっ!」
 後ろから怒りの声が上がる。
 振り返るとキッチン馬車の中で忙しく手を動かしてるカゲロウが目こそ見えないがこちらを睨んでるのが分かる。
「今、営業中だぞ!」
 周りを見ると他の円卓に座ったお客さんたちが面白そうに私たちを見ていた。
 カゲロウの怒りの声に私は思わず萎縮し、マダムと学生4人組も気まずそうに口を閉じる。
 普段、穏やかなカゲロウだけに怒ると迫力があるなと感じた。
 四人組は、私に一様に「ごめんね」と両手を合わせて謝り、各々好きな物を注文する。
 マダムも申し訳なさそうに半笑いしながら紅茶とチーズスコーンを注文する。
 私は、注文を受けるとカゲロウのいるキッチン馬車に向かう。
 そして注文を伝えるとカゲロウは、手を動かしながらぶっきらぼうに「ういっ」と答えた。
 まだ、怒ってる。
 そう思った私は、しゅんっと肩を縮め、小さく頭を下げる。
「お仕事中に騒いでごめんなさい」
 私が謝るとカゲロウは、手を動かしながら無精髭の生えた顎に皺を寄せてこちらを向く。
 てっきりまた怒られるのだと思ったがカゲロウの口から出たのは全く違うことだった。
「楽しかったか?」
「えっ?」
 私は、何を言われてるのか分からず首を傾げる。
「あの4人」
 カゲロウは、顎で4人組みの座る席を指す。
 4人組は、カゲロウに怒られたことなどなかったかのように楽しそうに話している。そこに何故かマダムと黒い犬も加わっていた。
「同い年だろ?話して楽しかったか?」
 楽しい・・・?
 私は、首を傾げる。
「楽しいとはどう言う・・?」
 カゲロウは、顎の皺を深くする。
「楽しくなかったのか?」
「マダムと彼女達が一方的に話していただけで特に会話に加わっていた訳ではないので・・」
「そうか・・」
 カゲロウは、短く答えて作業に目を戻す。
 カゲロウが何を言わんとしているのか分からなかった。
 マダムがくれた新しい鎧下垂れを可愛いと褒められたのがひたすらに恥ずかしく、話し声が怒られるくらい騒がしくて賑やかしく、そして何の悪意も嫌味もなく、親しみのこもった視線を向けられる。
 楽しいかどうかは分からない・・分からないけど・・。
「嫌な気分はしませんでした」
 私がぼそりっとそういうとカゲロウは、火を当てられたように顔を上げる。
 そして優しく口元を釣り上げた。
「これはマダムに」
 銀色のトレイの上に白い皿にチーズスコーン、そして白いポットと小皿に伏せられたカップが乗せられる。
「お客さんが少なくなったらまた話してきていいぞ。その変わり静かにな」
 そういうと再び調理に取り掛かり始める。
 カゲロウが何を言いたいのか正直分からなかった。分からなかったけど・・・嬉しかった。
 私は、料理を乗せた銀のトレイを持って料理を運ぼうとした。
 その時だ。
「エガオ様?」
 少し高い、可愛らしい声が私の耳に入ってくる。
 顔を向けると白と黒の水玉模様の浮かんだショートヘア
に垂れ下がった耳、ちょこんっと墨をつけたような黒い鼻
の犬の獣人の女の子が驚きに大きな目をさらに大きく開いて私を見ている。
「マナ?」
 私も驚きのあまり水色の目を大きく見開く。
 そこにいたのはメドレーに所属していた時、従者として私に付いていた少女、マナであった。

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