平坂のカフェ 最終話 四季は太陽(終)
俺は、店の中央に並べられた4枚の絵に感嘆の息を漏らす。
「すっげ」
ありきたりな感想しか言えない自分が情けない。
お寺の屏風くらいの大きさの4枚のキャンパスに描かれたのは全て桜の木だ。
しかし、どれも趣旨が違う。
1つは春の桜の木。
桃色の花を絢爛に纏い、花びらを踊るように舞い上がらせ、これからやってくるであろう出来事全てを祝福するかのよう。
もう1つは夏の桜の木。
温かな闇の中に浮かぶ妖しくも美しい真円の月に照らされたその姿は慈愛に満ちた母親のように優しく見守ってくれているかのよう。
もう1つは秋の桜の木。
目が痛くなるような激しい夕日に焼かれた桜の木。そこから感じるのは儚い悲しみと挫けずに何度でも再生する力強さに溢れていた。
そして最後は冬の桜の木。
荘厳な雪の衣を纏った桜の木から感じるのは静けさ。しかし。それは終わりを意味する静けさではなく、これから起きるであろう出来事、希望、困難に立ち向かう生命を蓄え、解き放とうとする躍動があった。
俺は、4枚の桜の木から目を離すことが出来なかった。
何だろう?
初めて見るはずなのに酷く懐かしい。
心が・・・心が熱く、苦しく、優しく締め付けられる。
俺は、自分が涙を流していることすら気づかずに4枚の絵を見た。
「春は花びら・・・」
カナが俺の手を握る。
「夏は月・・・」
それはまるで祝詞のようだった。
「秋は夕暮れ・・・」
カナは、その身を俺の身体に寄せる。
「冬は雪・・・」
そこから先は俺が言わなければならない。
「花はいつか散る、月は欠けるし日は沈む、雪も溶けてしまう。時間だって戻らない」
俺は、カナの手を握り返す。
「でも四季は必ず巡る。花はまた実を結ぶ、月は姿を見せるし日は登るし、雪も降り注ぐ。決して無くならない」
俺は、もう片方の手を回してカナを抱きしめる。
「俺は決していなくならない。離れない。ずっとずっと一緒にいる。四季は巡る。だから・・・」
俺は、カナの黒と、白の目を見る。
「結婚しよう」
カナは、少し驚いた顔をしてそして微笑み、俺の胸に顔を埋める。
「はいっ」
俺は、カナをぎゅっと抱きしめた。
決して消えることのないこの想い。
俺は、カナと一緒に人生を歩む。
これからもずっと・・ずっと・・・。
「ところで・・・」
俺の声にカナは、顔を上げる。
「なに?」
「この4枚の絵のタイトルは、やっぱり春は花びらとか?」
俺の質問にカナは、首を横に振る。
そして4枚の絵と自分たちの立っているところを確認し、俺を数歩誘導する。
「これで完成」
「?」
俺は、訳が分からず眉を顰める。
「この絵はね、4枚の絵と私たちが入って完成なの」
俺は、意味が分からず4枚の絵を見回す。
4枚の絵が真ん中に立つ俺達を祝福するかのように鮮やかな色で俺たちを照らす。
「四季が巡るにはね。太陽が必要なの。空を、大地を、海を、人を、そして私を照らす太陽が・・・」
カナの手が俺の頬に触れる。
黒と白の目が涙に潤む。
「そして太陽は貴方・・・」
カナは、微笑む。
「四季は太陽」
カナは、愛しげにそう呟く。
「これがこの作品のタイトルよ」
そういってカナは、俺の唇に自分の唇を重ねた。
俺は、少し驚きながらもそっとカナの身体を抱きしめる。
四季は巡る。
いつまでもいつまでも巡る。
俺達は、最後の時まで一緒にいる。
俺は、俺達はそう心に誓った。
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