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ドレミファ・トランプ 第三話 化学反応(5)

「これで良し!」
 目元を黒く染めたままの夜空ないとは、いつもの和やかな笑みを浮かべて言う。
「……ありがとう」
 大愛は、固いソファに腹這いに寝そべり、頬を固いシートに付けたまま恥ずかしそうにお礼を言う。
 大愛と夜空がいるのはBEONがイベント参加者の為に用意した控え室だ。と、言っても夜空達だけでなく他のイベント参加者もしくはチームも使っているのだが出演及び準備の為に出ており、夜空とペスト医師も着替えの為に別室の更衣室に行っている。
 そして大愛と夜空はと言うと……。
「いやー派手に破けたな」
 夜空は、朗らかに笑いながら言う。
 大愛の両足は一階のドラッグストアで購入した包帯で丁寧に巻かれていた。しかも五本の指が使えるように小さく割いて巻かれ、ボクサーのテーピングのようになっている。空手をやっている夜空が自分の手に巻く時の容量でやったのだがあまりにも器用で見事な手技に大愛は舌を巻いた。
 固いスティックを力の限り振るい続けた大愛の足指の皮は見事に破れ、演奏を終わった時には皮が白くズタ袋のように裂け、剥き出しの肉から血が滲み出て歩くことも出来なかった。
 大愛は、歩くことも出来ず、それに気付いた夜空に抱えられて控え室まで来た訳だが……。
「ねえ」
 大愛は、ソファに腹這いに寝そべったまま夜空を見る。
「なんだ?」
 大愛の声に夜空は笑みを浮かべて聞き返す。
 あまりの穏やかな表情に大愛は頬を赤らめ、ムッとする。
「なんで……」
「なんで?」
「なんで……お姫様抱っこしたの?」
 大愛は、羞恥を堪えて言う。
 大愛が痛みのあまりに立ち上がることどころか動くことも出来ないと察した夜空はベースをペスト医師に預けて、大愛をお姫様抱っこして運んだのだ。
 当然、観客達もその光景を見て、ライブで興奮した心に更なる調味料スパイスが加えられてピンクの声を上げた。大愛はあまりの恥ずかしさに身体を丸めたかったが夜空にガッチリと抱えられてそれも出来ないままに控え室へ運ばれた。
「だって動けないんだからしょうがないだろ?」
 夜空は、唇を尖らせてブーブー言う。
「あれ以外の方法でどうやって運べって言うんだよ?」
「両脇から支えるとかだって出来たでしょう?」
「あんな生まれたたての子鹿を体現しといて何言ってるんだよ」
 夜空は、肩を竦めて言う。
「あんな状態のお前を何とか出来るのは俺くらいだろ」
「でも……」
「じゃあ、今立ってみろ」
 夜空は、半目になって言うと大愛は「ゔっ」と声を上げる。
「それは……」
「出来ないのか?包帯にガーゼも当ててるからさっきよりは歩きやすいはずだぞ」
「そうじゃなくて……」
 大愛は、消え入りそうな声で顔を真っ赤にする。
「じゃあなんだ?」
 夜空は、悪戯っぽい笑みを浮かべて大愛を問い詰める。
 その顔を見るだけで大愛の立てない原因が足の傷だけじゃないことが分かっていることが明白だった。
「……が痛くて」
 恥ずかしそうに小声で言う大愛。あまりにも小さ過ぎて肝心の部分が聞こえない。
「えっなんだって?」
 夜空は、わざとらしく聞き返す。
「……が痛いの……」
 大愛の顔はさらに真っ赤になる。
「あぁっ神山さん、あんだってぇ?」
 夜空は、テレビのコントに出る耳の遠い高齢者の真似をして耳に手を当てる。
 大愛のかおが羞恥に爆発しそうなくらい真っ赤になり、
そして……。
「お尻が痛くて立てないの!」
 羞恥と怒りの混じった大声を迸らせる。
 四葉に導かれるように打ち放ったドラム。
 たった一曲だけの……しかもスネアドラムだけをひたすらに打ち続けただけだと言うのに身体は……特に足はフルマラソンを走ったように疲弊し、筋の至るところが痛くなり、特に暴れ回る足と重心を支えたお尻は激痛でソファに座ることも出来ず、立ち上がると筋肉が千切れるように痛んで、腹這いに寝そべることしか出来なかった。
「特に腫れてるようには見えないけどな?」
 夜空は、顎に手を当ててじっと大愛の女性らしく膨らみ始めたお尻を見る。
さすってやろうか?」
「ドスケベッチ!」
 大愛は、顔を真っ赤にして包帯に包まれた足を振り上げて夜空の顔面を蹴る。
 意表を突かれた夜空は見事に顔面で蹴りを受けて鼻を抑え、大愛は無理に足を動かしたからお尻に電撃を浴びたような痛みが走り、悶える。
 そんな二人の様子を冷めた顔で見ている者がいた。
「仲良いいんだね」
 ソプラノのような高い声に大愛と夜空は顔を向ける。
 そこに立っていたのはペスト医師だった人物だ。
 今は、カラスのような仮面を外し、フードを下ろして素顔を晒していた。
(男の……子?)
 大愛は、ペスト医師の顔を見て戸惑う。
 それ程ペスト医師の顔は整いすぎるほど整い、そして中性的だった。
 肩に掛かるまで伸びた艶やかな黒髪、大きな切長の目に霞んだような薄く黒い瞳、流れるような鼻梁に形の良い唇、肌は白く、輪郭はラノベに登場する貴公子か貴婦人のように鋭利に浮き上がっている。ローブ越しで体型はわからないが身長は低く、むぎ出しの両手の形から華奢なのではないかと想像できるが、それだけでは男なのか女なのかまるで判別出来なかった。
 大愛は、あまりに綺麗な顔に、綺麗な霞のような瞳から目を反らすことが出来なかった。
「おうっお帰りこころ
 夜空は、和かに微笑んで右手を上げる。
 こころって言うのか……名前まで中性的過ぎて判別が出来ない。
「ただいま夜空」
 心は、ソプラノの声で無機質に言葉を返し、ソファに寝そべる大愛を、大愛の足を見る。
「治療は終わったの?」
「おうっ完璧だぜ」
 夜空は、腰に両手を当てて胸を張る。
「その割にはまだ寝たままだけど」
「シリが痛いんだって。膨らんじゃいないけど」
「おいっ」
 大愛は、殺意を込めて夜空を睨む。
 しかし、夜空はそんな大愛の殺意になど気づかず朗らかに笑っている。
「ふうんっ」
 心は、霞がかった黒目を大愛のお尻に向ける。
「揉んであげようか?」
「ドスケベッチ!」
 大愛は、顔を真っ赤にして反射的に叫び、蹴りを夜空に放つ。
「なんで俺⁉︎」
 夜空は、間一髪で避け、青ざめた顔で抗議の声を上げる。
「そこにいたからよ」
「小石があったから蹴り飛ばした風に言うな!」
 夜空は、叫ぶが大愛は再びお尻に走った電撃のような痛みに悶える。
 心は、興味なさそうに二人のやり取りを見る。
「やっぱ仲良しだ」
「「どこがだ!」」
 大愛と夜空は、綺麗にハモる。
 夜空がキッと睨むも心はまったくビビった様子を見せなかった。
 不思議な子だなぁ。
 大愛は、少年なのか少女なのかも分からない心と言う人物をじっと見た。
 心は、大愛に見られていることに気づき、形の良い眉を顰める。
「……どうしたの?」
 霞の黒目が大愛を映す。
「僕の顔に何か付いてる?」
「なっ何でもない!」
 大愛は、慌てて顔をソファの背もたれに向ける。
 心の霞のような綺麗な黒目に見られて何故か心臓がバクバクする。
(僕って言ったからやっぱり男の子?それとも僕っ娘?)
 大愛は、心臓をバクバクさせ、混乱した頭でそんなことを考えた。
 てか、なんで混乱してるの?私?
「ところで……」
 そんな大愛の気持ちになんて気づくはずもなく夜空は話し出す。
「四葉は?まさか置いてきたのか?」
「そんな訳ないでしょう?」
 心は、肩を竦める。
「ちゃんと後ろにいるよ」
 へっ?
 大愛は、首を再び心の方に向ける。
 四葉なんてどこにもいなかったような……。
 しかし……それは間違いだった。
 心の赤いローブがキュッキュッと引っ張られる。
 心の背後で何かがカタカタと震えているのを感じる。
「ほらっ四葉何してんの?」
 心は、ふうっと嘆息してため息を吐く。
「あの子のところに行くって大騒ぎしたのは四葉でしょ。僕、早く着替えたんだからさっさとしてよ」
 心は、何かを振り解くように身体をひるがえすとローブを必死に掴んで中腰になっていた四葉が釣られた魚のようにヨタヨタと姿を現す。
 四葉は、服装こそ舞台に上がっていた時の黒いタイトドレスに黒髪を下ろしていたが、赤いカラーコンタクトは外して眼鏡をし、腕や手足の炎のような刺青タトゥー模様に顔の化粧はすっかり落とされ、大愛の知るオドオドとした地味めのガリ勉女子に戻っていた。
「か、か、か、か、か、か、か、か、神山さん」
 四葉は、よく舌を噛まないな、と感心するほど声を吃らせ、舌を絡めながら大愛を呼ぶ。
「こっここここっここっこっ」
 ニワトリっ?
「この度は大変失礼致しましたぁ!」
 四葉は、心から離れて膝を床に付いて土下座する。
 四葉の突然の行動に大愛は唖然として口を丸くする。
 心は、興味無さそうに四葉の土下座を見つめ、夜空ははあっとため息を付いて額に手を当てる。
「こっこっこっこの度の神山さんに対するしょ、しょ、さょ所業、と、とと、とと、と、到底許されることではなく、く、く、く、せっせっせっ切腹に値するものでございますぅぅぅ」
 なんで舌を噛まないんだろう?
 大愛は、四葉の謝罪よりもそっちの方が気になってしまった。
「介錯しようか?」
 心が冷静に四葉に言う。
「……お願いします」
 四葉は、身体を起こしてお腹に手を当てる。
「なっなっなっなーちゃん、どこかに短刀ない?」
「あるか!」
 流石の夜空も思い切り突っ込む。
「心も乗せるな!」
 夜空は、キッと心を睨む。心はムッとした顔で唇を尖らす。どうやら感情はあるようだ。
「で……ででででも、このままじゃ大愛さんへの罪が……」
「生きて償え」
 夜空は、半眼で返す。
 意外だがこの集まりでは夜空が突っ込み役らしい。
「あ……あの……櫻井?」
 大愛は、おずおずと口を開く。
「なんだ?シリ摩って欲しいのか?」
「ドスケベッチ!……じゃなくて……アレなに?」
 大愛は、視線でひれ伏したままの四葉を指す。
「ああっアレね」
 そんなことかと言わんばかりに口元を緩める。
「四葉はな。化粧すると性格が変わるんだ」
「へっ?」
「ほらっ化粧って身体の内面にあるものを解き放ったり、守ったりするって言うだろう?四葉の場合は化粧することで身体の奥に眠った女王様気質が解き放たれるんだ」
 女王様……。
 大愛は、自分の頬が熱くなるのを感じる。
 確かにあの全てを虜にし、支配するような色気と狂気、そして目を惹くカリスマ性……アレは確かに女王様だ。
「そっそんなこと言わないで……恥ずかしい……」
 夜空の言葉が聞こえ、四葉は、真っ赤になった顔を両手で隠して蹲る。
「まあ、化粧してはっちゃける分、落とした後の反動がひどくてしばらくは羞恥で身悶えてるんだけどな」
 夜空は、愉快そうに笑う。
 心は、相変わらず面白いのか、つまらないのか分からない表情で身悶える四葉を見る。
「まあ、ライブの時限定だからな。見れてラッキーだったな」
 夜空は、そう言って和やかに笑う。

 ライブ……。

 大愛は、目を大きく見開き、四葉を、心を、そして夜空を見る。
「ねえ……さっきのって……なんなの?」
 あまりにも予想だにしなかった三人のライブ。
 そしていきなり舞台に引き上げられての即興演奏。
「部活動を見せてくれるんじゃなかったの?」
 大愛の言葉に夜空はキョトンとし、心も霞のような目を揺らし、四葉は弾けるように両手を顔から離す。
「なーちゃん」
 四葉は、信じられないと言った顔で夜空を見る。
「説明してくれてなかったの?」
「あーっ」
 夜空は、頬を掻いて気まずそうに笑う。
「サプライズの方が面白いかな?と思って」
 夜空は、ははっと引き気味に笑う。
 それを見て心は小さく嘆息する。
「まったく夜空は」
 心は、首を小さく振り、霞の瞳を大愛に向ける。
 大愛は、再び心臓がどきんっと鳴るのを感じる。
「部活だよ」
 心は、無機質に答える。
 大愛は、目を大きく見開き、心の言葉を胸中で反芻する。
 部活?部活と言ったのか?
 アレを?
「そっそうです」
 四葉が顔を赤らめたまま大愛を見る。
「あっああああああっあれが私達の部活。ビジュアル系バンド部"ドレミファ・トランプ"です」
 ビジュアル系バンド部⁉︎
 ドレミファ・トランプ⁉︎
「そう。これが俺たちの部活」
 夜空は、にこっと微笑んでウインクする。
「一緒にやろうぜ。部活」
 夜空は和かに笑って言う。
 その言葉に大愛の心臓が大きく高鳴る。
 止まっていた時計の針が、ゆっくりとゆっくりと動き始めるような奇妙な感覚が心から湧き上がってきて……。
 大愛は、唇を噛み締め、奥歯を鳴らす。
 右目からうっすらと涙が流れる。
「……るな……」
「えっ?」
 夜空は、聞き取れず思わず聞き返す。
 大愛は、怒りの籠った目で夜空を全員を睨みつけ、叫んだ。
「馬鹿にするなぁ!」
 大愛の血を吐くような叫びが控え室中に響き渡った。

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