ジャノメ食堂へようこそ プロローグ
あらすじ
ジャノメ食堂をやろうよ!
緑翼の少女ウグイスの言葉により額に異邦の地、猫の額で食堂をすることになったジャノメと名乗る蛇の目を持った少女アケ。
彼女はとある運命と使命を持って猫の額を訪れ、猫の額を治める王、黄金の黒狼の命を奪おうとしていた。
しかし、食堂を訪れる人以外の者たちと触れ合う内に固く閉ざされた心が解かされていき・・
嫌われ、蔑まれて生きてきた少女が他者と触れ合い、恋をして幸せを取り戻す話し
本編
なんでこんな事になったんだろう?
アケは、何度目になるか分からない自問自答を繰り返していた。
「うんっ可愛いよ。ジャノメ」
艶やかな反物を包帯のように細い身体に巻きつけ、両腕の変わりに大きな緑翼を持った少女、ウグイスはにっこりと微笑む。
自分には決してない可愛らしいさにアケは小さく嫉妬する。
アケは、昨日まで着ていた白無垢を脱ぎ、貢物として献上され、屋敷に保管されていた茜色の反物から急拵えで縫った着物に身体を包む白い前掛けを羽織る。本当は髪も三角巾を巻いた方がいいのだろうがそうすると額の目を塞いでしまって見えなくなる。
見目麗しいアケの顔の目がある部分は白い鱗のような布に覆われていた。そしてそれに変わるように小さな額に縦長の赤い瞳を携えた大きな目があった。
それはまさに蛇の目のようであった。
「準備はこんなもんでいいの?」
ウグイスは、興味津々に周りを見る。
家精が1番広くて大きいと提供してくれた部屋。
草原を出入りすることが出来る大きな窓。
光沢のある磨いたばかりのような木の板。
心を穏やかにする生成色の壁。
そして丸太を半分に切って並べた重みはあるが可愛らしい造りの大きなテーブル。椅子も同じよう削って造ったものが六つ並んでいる。
「テーブルもっと無くていいの?」
ウグイスが形の良い柳眉を顰めて訊いてくる。
「そんなにたくさんの方が来るわけではないと思うので・・」
アケは、躊躇いがちに言う。
そんな沢山の人に料理なんて作ったことないから来られても困る。
それに商売と言うわけでなく、あくまで料理の提供だし。
「準備出来たよー!」
窓の外から甲高い子どものような声が聞こえる。
外を見ると雪だるまのように大きな赤目の白兎、オモチがピョンピョン飛び跳ねている。その隣には背中から篝火のような炎を上げた大きな猪、アズキが地面に寝そべって「ぷぎい」と可愛らしく鳴いた。
アズキの周りには貢物として献上された大小様々な鍋やお玉、まな板、菜箸、包丁いった調理器具が小さな木のテーブルの上に所狭しと並べられている。そしてその横には大きな麻袋に入ったお塩や一升瓶に入ったお醤油やお酒、味醂もある。
まるで今日の為にお供えされた貢物にアケは唖然としたのを思い出す。
「よしっ!」
ウグイスは、アケの肩をバンっと叩く。
「ジャノメ食堂開店だね!」
ウグイスは、にこっと大きな笑みを浮かべる。
「・・・はいっ」
アケは、力なく小さく頷く。
「それじゃあさっそく!」
ウグイスは、窓の外に出ると緑翼を大きく広げる。
陽光に照らされたその姿は神社に祀られた像のように輝き、美しかった。
「お客さんっていうの?探してくるね!」
緑翼を大きく羽ばたかせてウグイスは、宙に浮かぶと一気に空の向こうに飛んでいった。
「僕は、食材採ってくる!」
オモチは、見かけからは想像も出来ない身軽さで文字通り兎のように飛び跳ねて森の方に向かう。
急に静かになった部屋の中。
アズキも草の上に寝そべったままうたた寝を始めている。
アケは、どっと疲れて丸太の椅子に座る。
なんでこんな事になったんだろう?
自分は、こんな"食堂ごっこ"をするためにここに来たんじゃ無いはずだ。
(私がここに来たのは・・・)
アケは、白い鱗の布に触れる。
暗い気持ちが小さく泡立つ。
「入っていいか?」
突然、聞こえてきた声にアケは抓られたように立ち上がる。
窓の外を見ると男が立っていた。
年はアケと同じくらいか?腰まで伸びた吸い込まれるような黒い髪に野生味のある整った顔立ち、細い長身に金の刺繍で花の絵が描かれた長衣を纏っている。
そしてその双眸は月のような金色であった。
(人間?)
この猫の額に自分以外の人間が?
それに何故か男からはどこかであったことがあるような既視感を感じた。
「入っていいか?」
男がもう一度訊く。
「はっはい!」
アケは、意識を戻して返事する。
男は、部屋の中に入る。
無駄のない優雅な歩き方でこちらに来る。
「どうぞこちらへ」
アケは、自分の座っていた椅子とは別の椅子を引く。
男は、無言で椅子に座る。
その姿も美しい。
アケは、思わず見惚れてしまう。
「こちらにはどう言ったご用件で?」
アケが訊くと男は黄金の双眸を大きく開いて驚く。
「食事を」
「えっ?」
「食事をしにきた」
男の言葉に今度はアケが驚く。
「食べにこられたのですか?」
「当たり前だろう。ここは食堂というやつなのだろう?」
アケの心臓がバクバクと高鳴る。
ウグイスかオモチが誰かしら連れてくるとは思っていたがこんなに早く、しかも一人で来るなんて思ってなかった。
「は・・はいっすいません!」
アケは、頭が取れてしまいそうな勢いで垂れる。
男は、黄金の双眸を細めて静かにアケを見た。
「ご・・ご注文は⁉︎」
アケは、そう言葉にしながら食堂を始めるきっかけとなったと昨夜のことを思い返していた。