明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第7話 青猿(8)
麻袋を破るように青猿が森の中から平野へと飛び出す。
空中を投石機から打ち上げられた岩のように勢いよく回転していると言うのに青猿の顔には笑みが浮かんでいる。
青猿は、巨大な右の腕で地面を殴りつける。拳が地面にめり込み、地面を削りながら速度を殺す。
青猿は、地面に足をつけ、顔を上げる。
森の木々を薙ぎ倒しながら黒狼と化したツキが突進してくるのが見える。
黄金の双眸は滾り、刃のような犬歯を剥き出して唸り声を上げる。
青猿は、地面にめり込んだ右腕抜くとそのままツキに向けて翳す。と、巨大な手のひらの前に重い深緑に輝く複雑な魔法陣が展開する。
魔法陣の表面が大きく波打ち、白色に輝く花弁や葉が無数に飛び出してくる。
「穿て」
青猿の声と共に白色に輝く花弁と葉が激しく渦を巻きながらツキへと向かっていく。
花弁と葉に触れた地面が音を上げて抉られ、砕かれていく。
しかし、それを見てもツキは、足を止めない。
ツキの身体の周りに小さい黄金の魔法陣が幾つも展開する。
「薙ぎ払え」
黄金の魔法陣から黒い鎖が放たれ、花弁と葉の渦へと放たれる。
花弁と葉の渦と黒い鎖がぶつかり合う。
花弁と葉の渦が黒い鎖を飲み込み、音を上げて砕いていく。しかし、鎖も腹を破るように渦を突き破り、花弁と葉を無惨に千切り捨てていく。
黒い鎖が霧散し、花弁と葉の渦が消え去る。
ツキが地面を大きく蹴り上げ、青猿との距離を縮めようとする。
青猿の左手に深緑の魔法陣が展開し、波打つ魔法陣の中から大木の根が絡み合ったような巨大な棍棒が現れる。青猿は、それを両手で握るとツキの胴体に向けて放つ。
しかし、それに合わせるかのようにツキの前に黄金の魔法陣が展開し、無数の黒い鎖が飛び出して重なり合いながら巨大な暗い壁を造り出して、棍棒の一撃を防いだ。
黒い鎖の壁紙大きくひしゃげ、木の根の棍棒がひび割れる。
ツキは、空中で体勢を整えて地面に降り立つ。
青猿は、ひび割れた棍棒を捨て、再び魔法陣を展開する。
深緑の魔法陣から木の枝が伸びる。
枝の先には小さな赤い実が付いており、段々と大きくなり、青猿の頭部くらいのりんごに似た姿へと変貌する。
ツキは、身体を低く身構える。
赤い木の実は、枝を離れて宙に浮かぶ。
その表面に亀裂のような顔が浮かぶ。
「爆ぜろ」
青猿が短く呟く。
赤い木の実は、紅く輝くとツキに向かって突進する。ツキは、右に飛んでぶつかるのを回避する。
しかし、それは意味のない行動であった。
赤い木の実は、ツキとの距離が縮まった瞬間、激しい光を放って爆発した。
劈くような轟音と豪炎が平野を包み込む。
地面と草花が焼ける臭い。
確実にツキは、豪炎の中にいる。
しかし、青猿は、戦闘体制を解かず深緑の双眸で炎を睨む。
炎の中で黄金の光が浮かぶ。
幾本もの黒い鎖が炎の壁を破って青猿に襲い掛かる。
青猿は、後ろに跳躍し、鎖の直撃を避ける。
鎖は、青猿のいた地面に突き刺さる。
炎が消え去り、ツキの姿が現れる。
爆発によりツキの表面を包む黒い毛が焦げ、至る所から赤い血が流れる。
しかし、黄金の双眸の力は衰えない。
激しく滾り、青猿を睨みつける。
青猿は、そんなツキを見て、大きく息を吐いた。
「お前・・・私を殺す気あるか?」
青猿の言葉にツキの動きが一瞬止まる。
青猿は、自分の腹を摩る。
「幼妻を助けるには私の腹の中にある白蛇の封印を取り出さないといけないんだぞ。つまり私を殺さないと幼妻を助けることは出来ないってことだ」
青猿は、深緑の目を細めてツキを見据える。
「まさか、この期に及んで私を殺さずに幼妻を救う方法はないかって考えてるのか?自分を犠牲にして」
ツキは、何も答えず黄金の双眸で青猿を睨む。
青猿は、その沈黙を答えと取った。
「数百年前から変わらねえな。お前は」
青猿は、大きな肩を竦める。
「そんなんだから白蛇に国を潰されて猫の額に封じられることになるんだ」
「・・・国を閉じたのは民と白蛇と合意の上だ」
ツキは、牙を剥き出し、身を低く構える。
青猿の悲しそうに口元に笑みを浮かべる。
「お前に災厄の名は似合わない」
青猿の足元に巨大な深緑の魔法陣が現れる。
ツキは、身体を低くして身構える。
魔法陣の表面が揺れ、巨大な木の根が幾つも現れ、宙に伸び、互いの身体を重ね合いながら形を形成していく。
そしてそれは青猿よりも遥かに大きな猿の姿へと変貌した。
青猿は、自分を模した木の形が完成するのを確認すると大きく跳躍し、木の猿の肩に乗る。
「これで終いだ」
青猿が大きく腕を持ち上げる。
それに連動して木の猿も腕を持ち上げる。
「あばよ。親友」
青猿は、腕を振り下ろす。
木の猿の巨大な腕がツキへと振り下ろされた。
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