ジャノメ食堂へようこそ!第3話 お薬飲めたね(3)
そこからのアケの行動は早かった。
小屋で燻していた鹿の肉を必要な分だけ切り取って運び、まな板の上に乗せてサイコロ状に切る。
昨日、使わなかった葉物の中から肉厚の物を選んで丁寧に微塵切りする。本当は玉葱がいいけど無いものは仕方ない。
そしてトマトの出番だ!
トマトのヘタを取り、お尻に十字の切れ目を入れて沸騰したお湯に浸けると切れ目の先が小さく捲れ上がる。それを抜き取ると用意しておいた冷水に浸し、切れ目から丁寧に剥いていく。
あまりにも綺麗に剥がれるので隣で見ていたオモチの赤目が大きく開き、ウグイスは蛙が内臓を吐き出したのを見たように青ざめる。
トマトの皮を全て剥がすと珊瑚のような輝きは失せ、その代わりに蝋燭の火を包んだ鬼灯のような艶やかな赤に変わり、思わず見惚れてしまい、料理するのが勿体無く感じる。
しかし、覚悟を決めなくては!
アケは、沢山ある鍋から小さく、底の浅いものを選ぶ。
「アズキお願い」
アケは、アズキの篝火のように燃える背中に置く。
アズキが小さく鳴くと火力が上がり、鍋が熱させる。
アケは、鍋の底が熱くなるのを感じ、白い塊を投げる。
鹿の皮の裏に付いていた脂だ。熱された鍋底に触れた瞬間に溶ける。
脂の焼ける甘い香りが鼻腔を打つ。
アケは、刻んだ葉物とサイコロ状にした鹿肉を鍋の中に放り込み、木べらを使ってかき回す。
それだけで匂いが香りに変わる。
ウグイスの顔が蕩け、オモチ、そして小鬼達の目が酔ったようになる。
肉に焼け目が付き、刃物がしんなりしてきたところに塩と胡椒を振る。そして・・。
「げっ!」
ウグイスは、悲鳴を上げる。
アケは、皮を剥いたトマト全てを鍋の中に入れ、あろうことか木べらで潰していった。
赤い汁が飛び散り、果肉が熱に溶けていく。
その悍ましい光景にウグイスと小鬼達だけでなく、楽しそうに見ていたオモチすらも恐怖に目を震わせる。
アケは、一心不乱に果肉を潰していく。
醤油を足し、お酒を足し、鹿の脂を溶かした物を足し、そして煌びやかな白い粉を足す。
変化が起きる。
血の塊の池ようだった鍋の中味が酸味の強い甘い香り漂う泉に変わる。気泡が登り、破裂する度に香りが増し、胃袋を刺激する。
それはトマトを好物とするオモチだけなくあれだけ嫌がっていたウグイスや小鬼達まで目が離せなくなる。
ここだ!
アケは、左手で羽釜の蓋を開く。
閉じ込められていた甘くてふっくらとした香りが宙を舞う。
羽釜の中には隙間なく埋まった白いご飯が輝いていた。
貢ぎ物の中に大量のお米を発見したアケがどうしても食べたくて朝から準備していたのだ。
最後にどうしても食べたくて。
そのふっくらと炊けた白いご飯が液体になったトマトの中に放り込まれる。
アケは、素早く、刀で切るように木べらを使い、ご飯とトマトの汁を混ぜていく。
白いご飯が赤く染まる。
白いご飯とトマトの汁が混ざり合って香りの甘さが破裂する。
ウグイス達は、胃袋が鳴り響いてもう目を離せなかった。
アケは、大皿を取り出し、鍋の中の料理を映す。
夕日に染まったお山のようなご飯が輝く。
「出来ましたあ!」
完成!
鹿肉と葉物のトマトご飯!
「どうぞ召し上がれ!」
アケの顔は、トマトのように真っ赤に輝いていた。