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冷血御君と竜頭尾の花嫁 第2話

 私は、ローブをぎゅっと握りしめる。
 やはり彼が冷血御君!
 私は、ローブの裾の中に手を入れる。
「御君……」
 私は、きっと彼を睨みつける。
「死んでください!」
 私は、隠し持った短剣ダガーを抜くと彼に向かって走る。
 絨毯の霜が薄い靴を貫き、冷気が皮膚を裂く。
 それでも私は速度を緩めず御君へと駆け寄り、短剣ダガーの切先を突き出した。
 彼は、逃げるどころか表情一つ変えずに眼鏡の奥の黒曜石のような目で私を見る。
 短剣ダガーの切先が御君の身体の中に吸い込まれた……ように見えた。

 パリンッ

 短剣ダガーの刃がガラスが割れるような音を立てて崩れ落ちる。
 私は、大きく目を見開く。
 崩れ落ちた刀身の残骸は白く染まって土塊のように崩れ、残った柄は握っていた私の手ごと凍りつく。
 私は、何が起きたのか分からず思考が一瞬止まる。
 冷血御君は、そんな私を見てふうっとため息を吐く。
「そんなもんじゃ僕は殺せないよ」
 御君は、思い切り肩を落として凍ったソファに座り込む。
「最初の冷気の爆発に逃げなかったから少しは期待したんだけどな」
 彼の黒曜石の目がきつく細まる。
「ガッカリだ」
 彼は、心底落胆したように言う。
 その侮蔑の含まれた言葉に私は唇を噛み締め、凍った両手を握りしめる。
「やめなさい」
 彼は、凍った私の手を見て窘めるように言う。
「下手に力を入れたら両手が砕けるか、一生使い物にならなくなるよ」
 彼は、人差し指を立てて開かれたままの扉を指差す。
「タロスケに言ってお湯を用意してもらいなさい。今ならゆっくりと溶かしていけば軽い凍傷ですむ」
 彼の言葉に私は目を大きく見開く。
「私を逃すのですか?」
 私は、寒さとは違う意味で声を震わせる。
「冷血御君が⁉︎」
「君を食べることなく……って?」
 彼は、馬鹿にするように鼻で笑う。
「あいにくと君のような痩せっぽちを食べる趣味は僕にはないよ」
 痩せっぽっち……。
「僕は、もっとグラマラスで大人の女性が好きなんだ」
 グラマラス……。
 大人の女性……。
「まったく叔父上も何を考えてるんだか。花嫁とうそぶいて刺客を送るなんてありきたりで古典的な手段を使うならせめて僕の趣味を調べてからにすればいいのに……なんでよりによってこんな貧相な娘を……」
 貧相……。
「せめてもっと胸かお尻が膨らんでれば油断してやれたのに……まったく……」
 御君は、大きく息を吐く。
「つまんな」
 私の頭の中で何かが破裂した。
 白いローブが波打つように激しく動き出す。
 冷血御君は黒曜石のような目を大きく見開く。
 白いローブが音を立てて破れ、私の身体の中で隠れていた相棒が姿を見て現す。
ドラゴン⁉︎」
 御君は、目を瞠る。
 ローブの下から飛び出したもの、それは赤い鱗に覆われた竜の頭部だった。
 怒れる双眸、凶暴な牙、鎧のような赤く硬い鱗、そして蛇のように長い胴体は……私の腰から伸びていた。
「キマイラ……」
 御君は、呆然と呟く。
 その言葉に私の怒りはさらに湧き立つ。
 竜の凶悪な顎が開き、口内に炎が生まれる。
 猛る炎の熱が凍った室内を溶かしていく。
 御君は、ソファから腰を浮かせる。
 何かアクションを起こす為に手を動かそうとする。
 遅い!
「タマちゃん!ファイア!」
 私が叫ぶと同時に竜の口から炎が迸る。
 巨大な豪炎は冷血御君の身体を飲み込み、凍った私の手を溶かし、部屋を燃やしていく。
 やった……。
 冷血御君を殺した。
 この私が……。
 生き残ることが出来た。
 私は、信じられぬ思いと歓喜に身体が震えた。
 しかし……。
「いやあ凄いなあ」
 炎の中から驚嘆の声が漏れる。
 そして次の瞬間、私の心臓は止まりそうになる。
 御君を飲み込んだはずの炎が音も立てずに凍っていったのだ。
 それだけではない。
 炎によって溶けて、燃え盛っていたはずの部屋の中が再び霜と氷に覆われ、銀世界に戻っていく。
 炎が音を立ててひび割れ、瓦礫のように崩れていく。
 その中から現れたのは火傷ひとつなく、平静に立つ冷血御君の姿だった。
竜の炎ドラゴン・ブレスなんて想像もしなかった」
 御君は、嬉しそうに言いながら着物についた氷の欠片を払う。
「でも、部屋を燃やすのは勘弁して欲しいな。ここが無くなったら僕たち住むとこ無くなっちゃうから」
 まるで世間話でもするように御君は言う。
 私は、膝が全身が震えるのを感じた。
 化け物……。
 この男は本当に化け物だ……。
 彼は、私にゆっくりと近寄ってくる。
 私は、恐怖する。
 竜頭尾が牙を剥いて彼に襲いかかる。
 竜の大きな顎が彼の肩に噛み付く。
 冷たい!
 竜の顎から白い冷気が上がり、牙を、口を凍らせていく。
「タマちゃん!」
 私は、思わず叫ぶ。
「タマちゃん?」
 彼は、眉を顰めて自分の肩の上で凍っていく竜頭尾……タマちゃんを見る。
 タマちゃんから伝わってくる猛烈な冷気に私は立っていることが出来ず、その場に座り込んでしまう。
「タマちゃんってこの竜のこと?」
 御君は、左手の人差し指を立ててタマちゃんの頭の鱗をなぞる。
 悍ましい感触と冷たさに私は身体を震わせる。
 彼は、タマちゃんを掴んで自分の肩から引き剥がすとゴミのように絨毯の上に放り投げる。
「もう終わりにする?」
 彼は、眼鏡越しに私を見下す。
 ああっやっぱりダメだった。
 私は、今日死ぬんだ……。
 この化け物に殺されてタマちゃんごとバリバリと音を立てて食われるんだ。
 まあ、別にいいや。
 どうせ、生きてたっていいことない人生だったし……。
 最後の最後に良くやったよね。私。
 ねっタマちゃん。
 私……私……私……。
「ふえっ」
 私の口から声が漏れる。
 冷血御君の黒曜石のような目が丸くなる。
「ふえええっふえええん」
 涙が溢れて霜の張った絨毯の上に落ちる。
 ずっと堪えていた悲しみが、不安が、恐怖が決壊して一気に襲ってくる。
「ふえええんっ嫌だよぉ!」
 私は、駄々っ子のように泣き叫ぶ。
「死にたくないよぉ!寒いよぉ!お腹空いたよぉ!」
 私は、自分から飛び出す言葉を止まることが出来なかった。
「お願いですぅ。殺さないでください!食べないでくださいっ!」
 冷血の御君は、動揺した表情で一所懸命何か声をかけてくれてるが感情の波に襲われて聞こえない。
「ふえええんっふえええんっ!」
 私は、凍った部屋の中でずっと泣き叫び続けた。
「ふえええんっ怖いよー。怖いよぉ」

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