冷たい男 第5話 親友悪友(9)
ショートの子は、恐怖に目を閉じる。
しかし、虫網はいつまで経っても振り下ろされない。
「・・・なんのつもりや?」
怒気のこもったハンターの震える声が耳に入る。
ショートの子が目を開けると彼女の前に冷たい男が両手を広げて立っていた。
彼女を守るように。
ハンターは、唇を噛み締める。
「何でそいつ守るんや?お前も殺されかけたやろが」
ハンターは、苛立ちを隠せずにいた。
獲物を狩るのを妨害されて切れない狩人はいない。
しかし、冷たい男は、目を反らすことなくハンターを見る。
「・・・オレに任せてくれないか?」
「ああん⁉︎」
しかし、冷たい男は、それ以上ハンターに何も言わずにショートの子の方を向き、しゃがんで視線を同じ高さにする。
ショートの子は、びくりっと身体を震わせる。
そんなショートの子に対し、冷たい男は・・・優しく微笑んだ。
ショートの子は、驚き目を見開く。
「オレに任せて」
冷たい男は、手袋を外す。
周囲の温度が下がる。
茶トラは、思わず身震いする。
冷たい男は、ショートの子の右頬に触れそうなくらいに手を近づける。
寒いのに、冷たいのに、ショートの子の頬は赤くなる。
「少し冷たいよ」
そう言うと冷たい男は、ショートの子の右耳の穴に小指を突っ込んだ。
悲鳴が上がる。
夜を劈くような醜い悲鳴。
しかし、それはショートの子が上げたものではなかった。
ショートの子の耳から黒く、長いモノが渦を巻きながら飛び出す。
ハンターの腰の鈴が激しく鳴り響く。
それはショートの子の耳から抜けると地面に落下する。
ショートの子は虚な目をしてフラフラと倒れそうになるが、冷たい男が手袋をした手で受け止める。
ショートの子の耳から飛び出したもの、それは裕に3メートルはありそうな長く、細く、腐った血よりも赤黒い身体をし、無数の節足を生やした百足であった。
百足は、醜いうめくやつな声を上げてその場から逃げようとする。
刹那。
空を裂く音が響く。
ハンターの虫網が百足の身体を獲られる。
百足は、ハンターの虫網の中に吸い込まれるように消える。
ハンターは、手首を返して網の口を塞ぐ。
網の中で百足が暴れる。
しかし、網はほつれもしない。
ハンターは、百足の入った網をじっと見る。
ショートの子の焦点が定まる。
「大丈夫?」
冷たい男が声を掛けるとショートの子は燃え上がりそうなくらいに頬を赤らめて飛び起きる。
その様を見て冷たい男は、笑う。
その反応は、ついさっきまでの冷酷な化け物のイメージからは程遠い見かけ通りの少女のモノだった。
匂いも甘く熟れた腐ったものから花の様な優しく、気持ちを擽る様な気持ちの良い香りに変わっている。
これが本来のショートの子の匂いなのだろう。
「あ・・・あの・・」
「お腹は?」
「えっ?」
「お腹はまだ空いてる?」
ショートの子は、少しも無駄な肉の付いてないぺったんこな自分のお腹を触る。
「・・・空いてない」
むしろお腹一杯だ。
あまりにも懐かしい満たされた感覚。
ショートの子の目から先ほどとは違う感情の涙が一筋流れる。
それは・・・喜び。
「良かった」
冷たい男は、優しく微笑む。
「良かったちゃうわ」
ハンターは、不機嫌そうに言う。
「こりゃどういうこっちゃ?」
「・・・オレも良く分からないけど・・」
冷たい男は、手袋をした手で頬を掻く。
「何から話しを聞いてるうちに思ったんだ。この子たち病気なんじゃないか、て」
「病気やと」
冷たい男は、頷く。
「多分、その百足に栄養を食われてたんじょないかな?それでいくら食べても満たされないから人を襲っちゃった。そんなところじゃないかな?」
ハンターは、網を見る。
百足は、今だ網の中から逃れようと暴れる。それに無性に腹が立ち、殴りつけると動かなくなる。
ハンターは、腰にぶら下げた籠を取ると蓋を開けてひっくり返す。
籠の中から小さな人形が落ちてきたと思うと瞬時に大きくなり、一糸纏わぬロングの子となる。
「お姉ちゃん!」
ショートの子は、慌てて駆けつける。
ロングの子は、少し頭がぼうっとしてるのか反応がない。
そしてハンターを鬼のように睨みつける。
「最後まではやってへんよ」
ハンターは、自分の着ていたジャケットを脱いでロングの子に掛ける。
「そいつもコレに取り憑かれてるはずや」
ハンターが籠にに虫網を近づけると、網から膨らみが消える。
「追い出したってや」
冷たい男は、ロングの子の耳に小指を入れる。
赤黒い百足が渦を巻いて飛び出す。
ハンターは、虫網を一閃し、捕まえる。
ハンターは、網の中で蠢く百足に目をやり、そして双子に視線を移す。
それに気づいたショートの子はロングの子を守るように抱きしめる。
「・・・この子達は、病気だったんだ。だからもう大丈夫のはずだよ」
冷たい男が諭すように言う。
ハンターは、何も言わずに百足を籠の中に入れる。
そして空になった虫網の先端を肩に乗せる。
「オレの用件はもう終わりや」
ハンターは、3人に背を向ける。
「後は頼むで」
そう言って振り返りもせず手だけを振ってハンターは去っていった。
そんな後ろ姿に茶トラは嘆息する。
「そう言う態度だから誤解されるにゃ」
「本当だね」
冷たい男も小さく笑って手袋を嵌める。
「さあ、君たちこれから・・・」
しかし、冷たい男は、これ以上先の言葉を続けられなかった。
ショートと目が完全に覚めたロングの双子がこちらを見ている。
先ほどまでの冷酷と空腹に飢えた化け物の目ではない。
頬を赤らめ、目を潤ませ、輝かせた憧れと愛しさの込められた目・・・。
冷たい男は思わずたじろぐ。
双子は、声を揃えて言う。
「「ありがとうございます。おにい様」」
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