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義翼の職人(5)

 イカロスは、作業台に腰を下ろし、酒を飲みながら元天使の話しを聞いていた。
 元天使は、語り終えてから疲れたのか、己の境遇を悲しんでか、俯いたまま動かなくなる。
 イカロスは、元々美味くない酒がさらに不味くなっていくのを感じた。
「つまりだ」
 イカロスは、瓶の底に残った最後の1滴を飲み干し、作業台に瓶を置く。
「その神たる父とやらは自分の意思を持って意見してきた天使達が気に入らなかったと言うことか」
 イカロスの言葉に元天使は、バネ人形が弾けるように顔を上げる。
「どう言う意味だ?」
 元天使の言葉にイカロスは、眉を顰める。
「言葉の通りよ。自分の思い通りに、言う通りに動いてきた天使が自分に逆らってきたのだ。腹が立って、自分で壊して捨てた。唯の癇癪かんしゃく起こした子どもと変わらない。実にくだらない」
 イカロスは、酒を飲もうとして中身がないことを思い出して、肩を落とす。どんなに不味くてもあると思ってきたものが無いのは悲しい。
 元天使の顔が溶岩のように赤くなる。
「神たる父は、偉大な方だ!そんなことするはずがない!」
 元天使は、怒り叫ぶ。
 しかし、イカロスは、そんな元天使の様を見て嘆息する。
「自分も捨てられた癖に何を言ってる」
 元天使の表情が固まる。
 捨てられた?
 誰が?
 私が?
 今の状況になってもその考えに至らなかった元天使は、イカロスの言葉に衝撃を受ける。
 身体が震えて冷たくなり、腕の痛みも遠のいていく。
「私は・・・捨てられたのか?」
 元天使の目から涙が一筋、二筋と流れる。
「捨てられたと思うか、自由になったと思うかはあんた次第よ」
 イカロスは、ゆっくりと立ち上がると新しい酒瓶を取りに棚に向かう。
「少なくてもあんたのお仲間達は捨てられたと思って立ち上がったわけだが」
 棚の戸を開けて未開封の酒瓶を取り出す。
「いや、飛び立ったの間違いか。まあ、どちらでもいいけど」
 イカロスは、口で酒瓶の封を切り、人差し指と中指の力だけで固い栓を抜く。
「私から言わせれば拾った命で戦に行く奴は馬鹿ばかりだから」
 そう言って酒瓶に口を付ける。
 元天使が睨みつける。
「彼らを焚き付けといて何を言う!」
「焚き付けてなんかいない」
 イカロスは、口を話し、手の甲で唇を拭う。
「私は、飛べなくなったお仲間達に義翼を作った。ただ、それだけだ」
 元天使は、苛立ち歯噛みする。
「だからそれが焚き付けと・・・」
「では、何もするな、と?」
 イカロスは、冷たく元天使を見据える。
 元天使は、失った片翼の根元が冷えるのを感じた。
「身体を失い、悲しみ叫ぶものを見て何もするな、とあんたは言うのか?ほっとけと言うのか?」
 イカロスの目は、相変わらず冷たい。しかし、それは冷淡ゆえの冷たさでなく、奥に秘めた憤りを抑えるための冷たさであると元天使は気づいた。
「腹を減らしているものに食事を与えるのは罪か?寝床のないものに毛布を与えるのは罪か?親の愛を受けていないものに無償の愛を注ぐのは罪なのか?」
 イカロスの静かな気迫に元天使は、狼狽える。
「それとこれと何の関係が・・?」
 元天使は、震えるのを抑えて声を出す。
 イカロスは、酒瓶に口を付けて喉を鳴らす。
「付いてきなさい」
 イカロスは、酒瓶を持ったまま椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
 元天使は、呆然としながらと立ち上がり、イカロスの後を追った。

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