明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜 第6話 姉様(11)
巣穴の奥から劈くような奇声と地を揺らす足音が響く。
ウグイスは、ランタンを地面に置き、両の手に水色の魔法陣を展開、無数の水滴が現れ、右手に槍が、左手に片刃の剣が現れ、ウグイスの手に握られる。
「大物ね」
巣穴の奥から現れたのは今までウグイス達が相手にしていたのとは比較にならない巨大な珪石蜥蜴であった。
形態こそ他の蜥蜴と変わらないがその表面には頑強な透明の殻が装備され、ランタンの光りを反射し、橙色に鈍く輝いている。
「相当、珪石を食べてるみたいね」
ウグイスは、乾いた唇を舌で舐める。
「これならわざわざ奥に行って珪石掘らなくてもこいつの殻を拝借するだけでよさそうね・・ってちょっと聞いてるの⁉︎」
巨大な珪石蜥蜴が現れてもナギは、呆然と下を俯いたままだ。刀を抜くどころか柄に手を掛けてすらいない。
「姉様・・・」
ナギは、小さく呟く。
そこに珪石蜥蜴の右足が横に大きく振られ、ナギの身体にぶつかる。
ナギの身体はデク人形のように吹き飛び、土壁に激突する。その衝撃で刀が抜け落ち、地面に転がる。
「馬鹿!」
ウグイスは、横目で力なく崩れ落ちるナギを確認するも駆け寄らない。
目を離したら自分も同じ目に合うからだ。
珪石蜥蜴は、ナギの刀をじっと見つめ。そのまま踏み潰す。刀は鈍い音を立てて真っ二つに折れる。
珪石蜥蜴の獰猛な目がウグイスを捉える。
ウグイスは、槍と剣を構える。
珪石蜥蜴が前足を振り下ろす。威力こそ桁違いだが小さい珪石蜥蜴と変わらない単調な攻撃。ウグイスは簡単に避け、水の槍を突き出す。しかし、槍の刃は殻に食い込んだだけで刺さらない。
「ちっ」
ウグイスは、地面を蹴って蜥蜴から距離を取る。
しかし、珪石蜥蜴は、逃すまいと前足を繰り出す。ウグイスは、身を反らして交わす。
緑色の羽毛が飛ぶ。
槍で突くのが駄目ならと左手に握る剣で首の関節部分を狙う。関節の節を抜け、肉に食い込む。だがそれだけだ。それ以上は刃が入っていかない。珪石蜥蜴は、猫のように首を振り上げ、ウグイスを反動で投げ飛ばす。
ウグイスは、水の剣を手放し、翼を広げて宙に止まる。そこに珪石蜥蜴が突進してくるも翼を縮めて落下し、激突を免れると同時に顎の下に潜り込んで水の槍を突き刺す。槍の刃が顎の節に食い込むが肉には届いていない。ウグイスは、槍を捨てて顎下から飛び出し、再び距離を取る。
「面倒くさいなあ」
ウグイスは、舌打ちする。
正直、珪石蜥蜴の戦闘力は大したことない。動きも単調だ。ペパーミントバードの方が遥かに強くて厄介だと思う。
しかし、固い。
遮蔽物のない地上なら上空に舞い上がり、落下速度を乗せて槍で突けば一撃だろう。
しかし、この巣穴の中でそれは無理だ。加えて空を飛ぶことに特化したハーピー の非力な腕では貫くこともできなければ斬ることも出来ない。
そうなると方法は一つだけ・・・。
ウグイスは、ため息を吐く。
「あんまやりたくなかったんだけどな・・」
ウグイスは、両腕を左右に伸ばして翼を広げる。
手の平を軸に巨大な水色の円が現れウグイスの身体を覆う。線が複雑に走り、魔法陣を書き上げる。
珪石蜥蜴が魔法陣を見た瞬間に身を低くして構える。
「君にお願いがあるんだけど・・・」
水色の魔法陣の表面が揺れ動く。
「死なないでね」
ウグイスの緑色の目が淡く光る。
赤い影が視界を過る。
幽鬼の如く、音も立てず、ウグイスの横を通り過ぎ、珪石蜥蜴の前に立つ。
ナギだ。
土壁に叩きつけられた衝撃で金色の髪は血で汚れ、赤い甲冑の所々が凹み、傷ついている。しかし、まるで痛みなど感じていないかのように悠然と立ち、その手にはウグイスの落とした水の剣が握られていた。
「君・・・」
ウグイスは、目を丸くして呼びかける。
しかし、ナギは返答しない。
全身の力が抜けたように両手を落とし、珪石蜥蜴と向かい合う姿勢からは何の気概も感じられなかった。
珪石蜥蜴がナギに顔を近づけ、鼻息を吹きかける。
生暖かい吐息に血に濡れた髪が濡れる。
ナギは、反応しない。
まるで立ったまま気を失っているかのようだ。
珪石蜥蜴の口が笑うように開く。
鋭く、太い爪で地面を裂きながら右の前足が持ち上がる。砂埃がナギに降りかかるも微動だにしない。
(まずい!)
ウグイスは、魔法陣を発動されようとする。
しかし、それよりも速く珪石蜥蜴の腕がナギに振り下ろされる。
刹那。
ナギの身体が陽炎のようにぼやけ、水の剣を握る剣が消える。
不可視。
右腕が現れ、握られた水の剣が赤く染まる。
振り上げられた珪石蜥蜴の右腕がスライドして地面に落ちる。それに続くように左前足が、後ろ足が、身体を覆う珪石の殻が剥がれ、いや切り落とされる。そして数秒の時間差を持って足を失い、丸裸にされた胴体が地面に落ちる。
「・・・うるさい」
怒りに震えた底冷えする声にウグイスは尾羽を震わせた。
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