エガオが笑う時 第10話 一緒に帰ろう(5)
次の瞬間、私の足は旋律を刻む。
武舞踏連弾
タッタッタッタッタッタッタッタッタァ!
私は、柄の振るい、石畳の上に散らばる大鉈と鎧の残骸を空中に打ち上げる。
異変に気づいたマナが猟獣の如く私を睨み、熱線を放出する。
しかし、私はもうそこにはいない。
大鉈と鎧の残骸と共に私も空中へと舞い上がる。
熱線が石畳を砕き、炭化させる。
戦乙女のプレートに爪先を当て、思い切り蹴り上げて落下する。
風圧が鎧のない私の身体を叩きつける。
私は、柄を振り上げ、僅かに残った刃でマナの身体を斬り付ける。
マナの口から醜い悲鳴が上がる。
青白い炎の体毛に包まれたマナの身体に傷ひとつない。
しかし、私は間違いなく斬った。
マナの身体を蠢くヌエの顔をした魔印を。
マナの爪が私を襲う。
しかし、もう私はそこにはいない。
再び空中へと舞い上がり、鎧の胸当てに爪先をぶつけ、再び高速で落下し、ヌエの魔印を斬り、そして再び上空へと飛ぶ。
それを繰り返す。
流星の如く。
風圧に殴りつけられようが、青白い炎に焼かれようが、右腕が千切れそうなくらい痛もうが関係ない。
足場として打ち上げた残骸が落ちる暇すらない程の速さで跳躍と落下を繰り返し、マナを斬る。
マナの身体から魔印が消え去るまで永遠に繰り返す。
旋律が激しくなる。
速度が上がれば上がるほど肺が痛み、身体中が砕けそうになる。
だからなんだ。
そんなものマナを救うことに比べれば大したことでも何でもない。
私は、縦横無尽に飛び交い、ヌエの魔印を潰していく。
マナの口から咆哮が迸る。
私達の周りを囲んでいた青白い炎が燃え盛り、渦を巻いて天高く昇る。
炎は、捲れ上がるようにその舌先を私に向け、触手のように私を襲う。
青白い炎が私を打ち据え、焼いてくる。
身を屈めたくなるくらいの激痛。
しかし、そんなものは攻撃をやめる理由にはならない。
私は、大鉈の柄を思いきり振って回転し、襲いくる炎の舌先を全て薙ぎ払う。
マナの表情に動揺と恐怖が走る。
私は、空中に浮かんだ大鉈の破片を爪先で思い切り蹴って落下し、マナの身体に浮かぶ魔印を斬り裂く。
変化が起きる。
マナの身体から青白い炎が消える。
白と黒の水玉模様に、墨を落としたような黒い鼻の一糸も纏わないマナの姿が現れる。
あまりにも細くか弱いマナの身体はふらつき、石畳に倒れそうになる。
私は、着地すると石畳を蹴り上げてマナの駆け寄り、その身体を左手で支える。
温かい。
私の知るマナの温もりがそこにあった。
マナの目がゆっくりと開く。
「エガオ・・様?」
その声、その目の光り、それは私の知るマナそのものであった。
私は、唇を噛み締め、マナの身体をぎゅっと抱きしめる。
「まだだ!」
カゲロウが叫ぶ。
上空に痛いくらいの嫌な気配を感じる。
私は、顔を上げる。
拳大にも満たない沢山の小さな魔印が羽虫のように集合して形を成していく。
それは醜く歪んだヌエの顔。
ヌエは、この世の怒り、憎しみを込めた表情で私を睨む。
その口から目から、青白い炎と紫電が迸る。
私は、マナをそっと石畳の上に寝かせる。
「マナ」
私は、マナの頬をそっと撫でる。
「もうすぐ帰るよ」
私は、大鉈の柄を構え旋律を取る。
ターンッターンッターンッターン!
青白い炎と紫電が放たれる。
私は、爪先で石畳を蹴り上げ、上空へと跳ぶ。
青白い炎と紫電が混ざり合い、私を襲う。
私は、大鉈の柄をそれに向かって叩きつける。
炎の紫電が砕けて飛び散る。
大鉈の柄の先端が破裂する。
私は、砕け散った青白い炎と紫電を抜け、巨大なヌエの顔をした魔印の集合体と向き合う。
ヌエは、この世の呪怨を全て縫い付けたような形相で私を睨む。
私は、目を細めてヌエを見て、先端の砕けた大鉈の柄を真横に構える。
「バイバイ」
私は、大鉈の柄を振るう。
縦に、横に、斜めに旋律に乗せた指揮棒のように振り回し、全ての魔印を叩き斬る。
魔印が消え去る。
ヌエの断末魔のような声が響き渡る。
大鉈の柄が音も立てずに砕け散る。
全身の力が抜ける。
私の身体は崩れ落ちるように落下する。
身体中に痛みが走って動けない。
私の身体はそのまま地面に落ちていく。
衝撃が走る。
しかし、それは石畳の硬い感触ではない。
逞しく、暖かな優しい感触。
「お疲れ」
私の目に鳥の巣のような髪が映る。
そして無精髭の生えた口元に浮かぶ優しい笑みも。
「頑張ったな。エガオ」
カゲロウの逞しい腕に抱かれた私は、唯一動く左手をカゲロウの首に回す。
「ただいま・・」
私は、カゲロウの耳に囁く。
カゲロウは、私を抱き抱えたままその手で私の後頭部を撫でる。
「お帰り。エガオ」
ようやく・・・長い戦いが終わった。
#長編小説
#ファンタジー
#ファンタジー小説
#笑顔
#エガオが笑う時
#ダンス
#マナ
#カゲロウ